
パワー半導体と未来展望:岩室憲幸教授の視点
目次
岩室憲幸 教授の自己紹介
私は岩室憲幸と申します。かつては民間企業である富士電機㈱に勤務し、そこでパワー半導体デバイスの研究開発や事業運営に携わってまいりました。その後、国の研究機関である産業技術総合研究所に移り、現在の専門分野であるシリコンカーバイドという新しいパワー半導体材料を用いたパワー半導体デバイスの研究開発に携わりました。そして、2013年からは筑波大学において同研究を継続して行っております。
私の研究は主にシリコンカーバイドを応用したパワー半導体デバイスの設計や動作解析を中心に行っております。これにより、より効率的で高性能な電子機器の開発に貢献しております。
パワー半導体に興味を持ったきっかけ
私がパワー半導体に興味を持ったきっかけは、電気やエレクトロニクスに対する興味を持ち、早稲田の理工学部電気工学科に入学したことにあります。当初はパワー半導体という分野について知識がなく、他の研究テーマに取り組んでいました。
しかし、富士電機という会社に入社した後、興味深いテーマに接する機会があり、そこでパワー半導体に興味を持ち、再び学び直すことを決意しました。入社後、パワー半導体に関する知識を一から学び直し、現在に至っております。
パワー半導体に取り組むきっかけとして、当時はまだCO2削減がそれほど重要視されている時期ではありませんでしたが、電気の効率的な活用が将来的に重要になるだろうと考えていました。そのため、何か貢献したいという思いや会社内でこのテーマを追求したいという意欲があり、取り組みを始めたのです。
それから30年以上の歳月が経ちましたが、このテーマに取り組んでよかったと感じています。これまでの経験は非常に価値あるものであり、パワー半導体に対する情熱は今も変わらず持ち続けています。
パワー半導体の役割
パワー半導体は、大容量の電気を制御するための半導体デバイスであり、一般的なメモリーやCPUといったパソコンに搭載される半導体とは異なります。メモリーやCPUはデータの記憶や制御に特化しているのに対し、パワー半導体は主に物体の運動や血液の流れなど、人間の体で例えると筋肉や器官の動作に相当するものを制御するために用いられます。
そのため、パワー半導体は大きな物体を動かしたり持ち上げたりする際に多く利用され、扱う電気の量や電圧・電流も一般的な半導体よりも大きくなることが特徴です。これにより、「パワー半導体」と呼ばれる由来となっています。
パワー半導体は省エネルギーの実現に貢献する重要な役割を果たしています。省エネルギーを実現するための半導体として、私たちの生活に多くの利益をもたらしています。省エネの観点からもパワー半導体の重要性が伺えると思います。
パワー半導体の適用分野
簡単に言えば、ほぼすべての電気製品にパワー半導体が使用されているとお考えいただければいいと思います。例えば、ご家庭にある冷蔵庫や洗濯機、エアコンなどの家庭用電化製品はもちろんのこと、近年注目を集めている電気自動車やハイブリッドカーなどでも多くのパワー半導体が採用されています。また、山手線や新幹線などの電車でも使用されております。
さらに、大規模な分野でも、発電所から電気を発生させて家庭まで送る電力系統の一部にもパワー半導体が活用されています。つまり、日常生活から産業用途まで、さまざまな場所でパワー半導体が広く使われているのです。
特に近年、注目を集めているのは電気自動車です。環境への配慮やエネルギー効率の向上を求める中で、電気自動車におけるパワー半導体の役割は重要性を増しています。
技術の進歩によって革新がもたらされている業界・産業
現在、脱炭素化は地球全体の大きなテーマの1つとなっており、CO2の排出を抑える取り組みが活発に行われています。その中で、特に注目されているのは電気自動車の普及です。これは、排ガスを発生しないクリーンな車でもありCO2削減に大きく貢献している要因となっています。
また、再生可能エネルギーで発生した電気を効率的に利用するために、太陽電池や風力発電などの電気を変換する工程にも、実はパワー半導体が使われています。このような技術を活用することで、CO2削減や脱炭素化の推進に寄与しているのです。パワー半導体は最近、CO2削減を推進するために頻繁に活用されていると言えるでしょう。
なお、太陽電池や風力発電などで電気を生成する行為自体にはパワー半導体は関与していませんが、その後の電気の変換工程においてパワー半導体が重要な役割を果たしています。電気を無駄なく効率的に変換することが、脱炭素化の推進に向けた重要なキーワードとなっているのです。
パワー半導体の開発や製造における課題や技術的な難しさ
実は、より高性能なパワー半導体を実現するために、従来の半導体材料から新しい材料への切り替えが進んでいるタイミングにあります。この新しい半導体材料を用いて、高性能のパワー半導体をより使いやすく提供することは、非常に困難な課題となっています。
なぜなら、お手頃な価格で性能を向上させるという二つの要素を同時に兼ね備えることが、研究開発の中で最も難しいポイントとなるからです。新しい半導体材料をお手頃な価格で応用し、それでいて高性能を維持することが最も重要な鍵と言えるでしょう。
課題を解決するための取り組みや新たなトレンド
まず、手頃な価格と高性能の両立は、いわゆるトレードオフの関係にありますが、現在の人類にとって喫緊の課題はCO2の削減です。
そのため、価格が多少高くても高性能な半導体を使用し、効果を早く上げることが重要となります。まずは使える場所から導入していくことで、効果的なアプリケーションに活用し、技術を進化させてより多くの領域で利用しやすくしていき、その結果として価格を下げ、将来的には新しいパワー半導体が世界中に普及することを目指しています。このような流れで、現在研究や開発が進んでいると考えています。
パワー半導体市場の現状と将来の見通しについて
CO2削減と脱炭素社会の実現は、現在人類が直面する喫緊の課題です。その達成において、特に効果が期待される分野は車の電動化です。今後、電動車への移行に伴い、パワー半導体の需要が増加し、使用される領域も広がると予測されます。
現在のパワー半導体市場は、2023年時点で全世界で約3兆円程度ですが、調査会社によると10~12年後にはこの市場が約13兆円から14兆円へと成長するとされています。この十数年間で市場が大きく拡大することが予想され、特に電気自動車分野がその成長を牽引すると期待されています。世界的な動向として、ガソリン車から電動車への転換が進んでいるため、この分野でのパワー半導体の需要が急増すると見込まれています。
さらにもう一つ市場が拡大すると期待されている分野は、GoogleやAmazonなどのGAFA企業等が運営するデータセンターです。データセンター内のサーバーで電力消費がいま大きな課題となっており、より効率の良い電源を実現するパワー半導体の実現が強く求められています。データセンターの需要が今後も増加するとされることから、高性能パワー半導体の需要も伸びると予測されます。
まとめると、電気自動車の普及に伴い需要が拡大し、データセンターの成長によってもパワー半導体市場が発展することが予想されます。今後10年から20年先に向けて、パワー半導体市場は非常に明るい展望を持っていると個人的に考えています。
日本の技術力・競争力は
パワー半導体に関しては、日本の技術力は非常に高水準だと認識しております。世界のトップレベルに位置していると考えております。一般的に半導体には否定的な意見もあるかもしれませんが、パワー半導体の分野では、日本は非常に強みを持っています。
これは、パワー半導体の研究開発を行っている企業や国の研究機関、一部の大学が高いレベルで取り組んでいることが一因ですが、同時にパワー半導体を使用する産業界においても優秀な企業が多く存在しているためです。要するに、良質な顧客が多く存在するという点が非常に重要な要素であり、特に電気自動車の分野では、トヨタ自動車、日産、ホンダなどの大手自動車メーカーが存在します。
これらの企業がパワー半導体を活用していることもあり、日本はこの分野において高い技術レベルを維持できており、今後さらなる研究の進展が期待されると考えています。
技術の進歩がもたらす社会的な影響や持続可能性について
パワー半導体の拡大には、今まで電気エネルギーを使用していなかった用途やアプリケーションが電気を利用するようになるという要因が大きいと思われます。
例えば、自動車について言及しますと、従来はガソリンが使用されていましたが、電気を用いる電気自動車が増加しています。電気は扱いやすいエネルギーであり、電気を活用するアプリケーションが今後増えていくと予想されます。
このような状況下では、パワー半導体の需要が急増し、高性能なパワー半導体が活躍することになります。これによって、電気の効果的な活用が可能となり、結果としてCO2の削減や再生可能エネルギーの利用を促進し、サステイナブルな社会の実現に貢献できると考えられます。
これからの学生へのメッセージ
現在、ウェブ上や新聞で半導体という言葉を多く目にすることがあると思います。過去20年から30年の間において、日本の半導体産業はあまり好況ではないと言われてきましたが、私は半導体産業が今後10年や20年といった未来に向けて再び活気を取り戻すと確信しています。
特に、パワー半導体は過去20年や30年において、日本の半導体産業の中で非常に活気がありました。そして最近では、脱炭素化やCO2削減といった動きにより、パワー半導体がますます注目を集めています。このような背景から、パワー半導体やそれに関連する装置は、人類の危機に対処するために必要な重要な技術と言えるでしょう。したがって、この分野は非常に明るい未来を持つと考えています。
今後の20年や30年において、パワー半導体やその関連技術は非常に有望な分野だと確信しております。もしもパワー半導体やその関連技術に興味をお持ちでしたら、ぜひともこの分野に参加していただき、CO2削減やサステイナブルな社会の実現に向けて、若い力を発揮していただきたいと思っています。
▼取材にご協力いただいた岩室憲幸 教授の研究室はこちら 筑波大学パワーエレクトロニクス研究室