AIが株式運用にもたらすメリットと幻想と実際:鈴木智也教授の考察

鈴木智也 教授の経歴

物理学で博士号を取得後、東京電機大学助手、同志社大学講師、茨城大学准教授を経て、2016年より同大学教授。

さらに2017年より大和アセットマネジメント特任主席研究員、
2018年よりCollabWiz代表取締役を兼務し、研究成果の社会還元に取り組む。

データサイエンスや機械学習によるビジネス利活用を研究テーマとし、
近年はAI運用アルゴリズムや運用支援システムの開発に従事。Sigma Xi 正会員。

AI(人工知能)への関心のきっかけとは

物理学の大学院に進学した頃より複雑系を研究対象としており、その一例として金融市場に関心を持っていました。以前は株価データの取得が非常に困難で、データもあまり公開されていない時代でしたが、約20年前ぐらいからデータの取得が容易になってきたことに感銘を受けました。これによりデータに基づく統計的かつ理論的なアプローチが可能になり、既存の物理学で用いられるフレームワークを金融市場の議論にも持ち込むことができるようになりました。

物理学者は、何にでも興味を持ちたがる気質があります。例えば、競馬のような分野にも研究対象を広げることができます。これに加えて、コンピュータ技術の発達もあり、データの記録容量の増大やデータ分析アルゴリズムの高度化により、データに基づく科学(データサイエンス)が一般的になりました。

さらに経済物理学なども登場し、私自身も物理学を専攻しつつ、金融や経済の領域に進んでいきました。この大学院時代においても、人工知能や機械学習はデータ分析を行うためのツールとして必要であったため、金融市場の理解というサイエンスを目的としつつも、手段としてエンジニアリングにも興味を持つようになりました。

常陽銀行と茨城大学の共同研究の目的

中間成果報告会(記者発表)の様子(左側が常陽銀行の皆様、右側が鈴木研究室の学生)

研究者は主に学術論文を出版することが最終目標になりがちですが、せいぜい数十人の専門家の目に触れる程度に終始するため、なかなか一般世間に対するインパクトを感じ難いと思います。それで良しとする硬派な研究者も多いですが、私は軟派なのかキャリアを積むにつれ、徐々に一般世間に距離が近い研究成果を望むようになりました。

そのため産学連携を強化し、具体的に誰が使用し、どのような人々に役立つのかを想像しながら研究・開発を進めることで、以前よりやり甲斐や達成感を得られるようになったと思います。常陽銀行との共同研究はこれまでの産学連携の一例ですが、実際の金融機関と共同研究することで世間のニーズから乖離する危険性を抑制できていると思います。

また、企業としてもDX(デジタル技術の導入)が重要視されており、若い学生の採用を含めて、デジタル技術による業務効率化・生産性向上が期待されています。現在、DXへの取組みは多くの企業で不可欠になっており、理系の人材だけではなく、非理系の人材もデジタル化への流れに適応する必要があります。

さらに金融機関においては、同じような金融サービスでは差別化できず、多様性が失われてしまう恐れがあるため、固定概念に囚われていない若い学生たちは、新しいアイデアを創出できる可能性が高いと考えられます。

–銀行業界は一般的に規律を重んじるイメージがありますが、柔軟性を持って取り組む姿勢が示されるのは新しい発見です。

もちろんリスクコントロールが重要です。リスクを把握しながら適切なチャレンジも行うことで、現代の複雑な環境変化にも柔軟に対応できると思います。

株式運用へのAI・機械学習を組み込むメリット

以前は、人間が中心で理論の積み重ねに基づいて運用手法を決めることが一般的でした。しかし、その方法では検討範囲に限界が生じるため、人間にとって認知しやすい結論に限定されがちです。一方で、AIはデータに基づいて試行錯誤的に広範な選択肢を模索できるため、人間が思いもよらない意外な結論を見つけ出せる可能性があります。

このように、AIの利点は、まず網を広げることができる点です。人間だけでは見つけにくい答えをAIが提示し、選択の幅を広げることが可能です。しかし、AIが見つけてくる答えは理解しにくい場合があり、特に金融業界では説明責任が重要です。損失が発生した際にはお客様に対してきちんと説明できることが求められます。

したがって金融機関との共同研究では、AIが提供するおすすめの回答を可視化し、それらを人間が理解した上で、最も有望な回答を人間が最終選択するための「支援システム」を開発しています。AIや機械学習はあくまで人間が与えた材料(データ)に基づいて、人間が与えた目標を達成するように動作します。

しかし狙い通り動作しない危険性も秘めており、AIは人間よりも賢い存在であるという期待は極めて危険です。特に人命やお金が関わる分野においては入念に、AIの回答が現実と整合するか、目標の達成に有効か、人間が最終的に注意深く確認する必要があります。

活用における課題とは

やはり、如何に説明責任を果たすかが課題です。
金融業界において、AI運用は人間の認知能力を超える目的を持つ一方で、人間が理解しづらい答えを出すこともあります。目的を達成する際に問題が発生するというパラドクスが存在するので、最終的な選択はやはり人間が行う必要があると感じます。

個人投資家の場合は自らリスクを取りトレーディングを行うので、AIを活用することは個人の責任内で行う分には問題ありませんが、金融業としてお客様にビジネスを提供する場合は使いづらさを感じるかもしれません。金融業界においては、AIが人間を超える分野は大量・高速処理が必要な業務に限られ、それ以外の知性を必要とする分野では人間の発想力とAIの探索力を効果的に組み合わせる方法が重要なテーマとなるでしょう。AIについては、絶対的なものではなく、使い方には慎重さが求められます。AIを導入することで、後で間違いに気がつけなくなるという問題が生じることもありますので、注意が必要です。

さらに、技術がコモディティ化(大衆化)していくという課題もあります。機械学習が広く利用されるようになると、多様性が減少し競争優位性が低下する可能性があります。AIの導入だけで特別なメリットが生まれるわけではなく、結局は人間のアイデアが他社との差別化に繋がると考えられます。

したがって、AIを効果的に活用するためには、量をこなすだけでなく、アイデアのブラッシュアップと差別化が重要です。適切な使い方を考え、AIと人間の協力によって最適な結果を生み出すことが必要ですね。

有効だと思われる運用領域について

有効か否かは、活用の時間スケールが重要です。
まず、短期のトレーディングにおいては、非常に有益です。資産運用業界やアセットマネジメント会社では中長期の運用が主流なのでAIの恩恵を受けにくいのですが、売買注文の執行業務やマーケットメイク業務、自己売買によるプロップトレーディングにおいてはAIを活用した短期トレードが効果的です。特に、株式市場における板情報を高速に分析することで、需要と供給の現状をリアルタイムで把握し、短期的な相場の動きを予測することができます。

次に、一般的な中長期の資産運用において、私が推奨しているのは異常検知です。価格の予測は難しいため、異常検知に注力しています。異常検知は、現在の価格が異常な状態にあるかを認識することに焦点を当てており、予測とは異なるアプローチです。予測は未来という外を埋める「外挿問題」であり、異常検知は現在という内を認識する「内挿問題」です。直感的にも、外より内の問題の方が難易度が低いと感じて頂けると思います。したがって、異常検知は説明責任を果たしやすく、そして異常を修正するように株式購入しますので、企業支援としても効果的なポートフォリオ運用となります。

さらに、異常検知は工場などでも活用されています。無人工場の普及やスマート工場の進化により、異常検知は盛んに利用されています。工作機器が全て機械化されており、異常が検知された場合には自動的にストップさせる仕組みが導入されています。予測だけでなく異常検知の可能性を広く認識することで、AIの運用をより多様な分野に展開することができると言えるでしょう。

以上のような理由から、AIの活用には、短期トレードに適した予測や、中長期運用に適した異常検知など、時間スケールの違いに応じた活用方法があり得ます。AIの機能を最大限に発揮するためにも、AIの原理をできるだけ理解し、それぞれの目的に応じた適切な活用方法を充分に検討することが重要です。

AIの透明性・信頼性との相性

先ほどの話にもありましたが、透明性や信頼性に関しては、AIとの相性は良くないです。信頼性については、実績を積むしかないでしょうね。たとえば飛行機のように、事故が無くなることで、我々は飛行機の原理が分からなくても大切な命を預けるのですから。しかしAIが完璧ではない分野、つまり事故が起こる範疇においては、ブラックボックスでは困ります。おそらく金融分野では無事故(つまり全戦全勝)は無理でしょうから、説明責任を果たせる透明性が望まれます。

したがって「最終判断は人間」という安全装置が必須となり、AIは人間の相棒として高速広域探索してくれる便利な道具として魅力的です。AIは経験的な妥当性を、人間は理論的な妥当性を担うことで、AIと人間の共創によって高い信頼性を実現できると考えています。

以上のように、透明性や信頼性の向上は課題が多いですが、経験的な妥当性と理論的な妥当性を組み合わせることや、実績に基づく判断を行うことが一つのアプローチとして考えられます。AI運用においては、引き続き様々な課題を克服していく必要があるでしょう。

読者の皆さんに伝えたいことは、AIに対して幻想を抱かず、冷静な判断をすることの重要性です。特に投資を検討する際は、軽々しく判断せず、AIの利点や活用目的を理解して深く納得した上で、最終決断することが大切です。

AIの幻想と実際の利用:限界と可能性

一般の読者にとっては、AIは何でも解決してくれる魔法のツールのようなイメージが先行しているかもしれません。特に、ChatGPTの登場により、自然言語でAIを動かすことが可能になりました。一般の人々がAIの能力を肌感覚で理解することが進み、ChatGPTもかなりの高いレベルまで答えを出してくれる点に驚嘆しているようです。

ただし、ChatGPTの能力には限界もあります。一般的な質問や文章の下書きには便利ですが、いわゆる「なぞなぞ」のように飛躍的な発想転換を要する問題には対応できません。したがって、ChatGPTは定型的な作業を効率化するための道具としつつ、人間はこれを活用してより高度かつ重要な意思判断を担えば良いと思います。

産学連携を通じて当研究室で開発しているAIシステムも同様です。AIは定型的な情報処理として運用モデルの最適化(広域検索)を担い、最終的に人間が最適な運用モデルを選択します。実際に運用現場で活用されるかは未知ですが、アイデアの有用性について具体的なシステムを作りながら仮説検証できる点にメリットを感じています。大学研究室としては実装も重要ですが、学生達の研究業績や教育効果も重視しつつ、産学連携を積極的に行っていく方針です。

▼取材にご協力いただいた鈴木智也 教授の研究室HPはこちら
茨城大 鈴木智也 のHP