
SDGs 大学プロジェクト × Kyoto Arts and Crafts University.
目次
京都美術工芸大学の紹介

京都美術工芸大学は、2012(平成24)年に、日本の伝統美の新しい価値を創造し、世界へ発信できる人材育成をめざして、日本で唯一「工芸学部」を持つ大学として開学した私立大学です。
建学の理念として、「世界を代表する美術工芸文化が息づく京都で、我が国の伝統と文化を尊重し、その継承と文化の創造を担う有為な人材を育成するため、美術工芸に係る教育・研究を行い、併せて教養を身につけた専門職業人を育てることにより、国家・社会の発展に貢献する」ことを目的とし、建築学部と芸術学部の2学部において、建築と芸術に関する総合的な教育を通じ、さまざまなクリエイティブな領域を融合して学べる独自の教育システムを確立。学部をまたいで相互交流を深める一段階進んだ体制を築いています。
本学のキャンパスは伝統と先端が融合する文化都市「京都」の中心にあり、京都駅からも徒歩圏内で、近くには清水寺、三十三間堂、京都国立博物館など数々の歴史的建造物や文化施設にも恵まれた理想的な教育環境が整っています。本学では、その恵まれた立地を活かしたフィールドワークや地域・企業と連携したプロジェクトを多数実施するなど、京都にある大学だからできる学びを実践しています。
また、本学の特色の一つとして、グループ校の京都建築大学校とのWスクールシステムにより、両学部とも建築士試験(一級・二級・木造)の在学中合格が可能な独自のシステムを設けています。
建築学部生は実務で必要となる資格を取得することで就職を有利に、芸術学部生は進路の幅を広げることが可能であり、資格を得るための学びを通して、本学では建築とデザインの基礎力を養います。
他にも両学部ともに美術系大学ならではのデザイン思考を伸ばす演習が豊富。地域や企業・自治体と連携したプロジェクト活動などを通して、現場で求められる問題解決力を高めることが可能であり、社会で役立つ実践力を身につけることができます。2022年度卒業生の就職率は99.5%であり、専門職から一般職まで幅広い進路を選択することができます。
建築や芸術<デザイン・工芸>に関する知識・技能、社会に受け入れられる人間力、そして、建築や芸術の将来を思考する能力の3つの素養を身に付けることにより、専門的技術や知識に偏重することなく、社会的にも歓迎される人間性を兼ね備えた建築や芸術業界を牽引すべき社会人となるよう学生達と教職員一丸となって取り組んでいます。
今熊野学区における学生と地域住民による移住促進拠点づくりプロジェクトとは

このプロジェクトは、京都市東山区に位置する今熊野学区において、少子高齢化、空き家の増加、およびこれらの問題が原因で生じるコミュニティの衰退という地域課題に対処することを目的としています。その中で、地域で空き家再生活用事業に取り組むNPO法人泉山から空き家を提供していただきました。
これにより、学生が地域のまちづくり活動に参加しやすく、さらに移住のきっかけとなる活動拠点となるように、簡易な修繕やDIYを施し、活動ができる空間として再生を図るという、学生と地域住民が協働してつくり出していくプロジェクトになります。また、建築分野の専門性を活かした学生ならではの柔軟な発想による空き家活用の提案を地域住民に問いかけます。
場合によっては、学生自身が住む住宅を設計することも視野に入れ、地域活動の新たな担い手として学生が活躍できる地域を目指しています。
移住促進拠点づくりプロジェクトの背景にあるきっかけとは
本学のキャンパス(京都東山キャンパス)はJR京都駅から非常に近く、通学の利便性が高いこと、また京都という知名度も相まって、学生が親元を離れ全国各地から学生が集い、アパートやマンションを借りて一人暮らしをしているという特徴があります。
その結果、学生の多くは地域との”つながり”を持ちにくく、せっかく京都という特色のある街並みや建築を学べる場所に暮らしながら、日常生活が大学と住まいの往復に制約され、地域と縁のないまま大学4年間をキャンパス内での学びだけで終わらせるという非常にもったいない状況にありました。
学生達には、地域と実際に関わり合いを持ちながら、地域についてより掘り下げて学べる環境と機会を作り出し、その結果として京都にも思い入れを持ってもらいたいと考えています。
一方で、京都市立芸術大学が今年度(令和5年度)秋にJR京都駅東部エリアに移転したことにより、この地域は芸術を学べる大学・教育施設が集積され、「文化芸術都市・京都」の新しいシンボルゾーンとして、京都の芸術、デザイン、伝統工芸や伝統文化を学べる場所として注目され、期待が寄せられています。また、本学のキャンパスのある東山エリアは斜面が多いため、高齢者が暮らしにくいことや、子育て世代もベビーカーやバギーを利用する際に困難を抱えているという現実もあります。
そのような中で、若く健脚な学生に今熊野学区に住んでもらいたいという地域住民の願いと地域とのつながりを持ちたい大学(学生)側の望みがマッチングしたことにより、本学の学生が取り組むプロジェクトとして立ち上げることとなりました。地域の課題に寄り添い、学生にとっても意義ある活動となるよう取り組んでいく予定です。
学生達の地域との交流の方法とは
地域の人々の顔を見るために、学生が自由にフィールドワークに出向く「まち歩き」という活動が見受けられますが、単にまちを歩き回るだけでは、自身が興味を持つ場所だけを見てしまい、地域の抱える課題を見逃してしまう可能性が高く、本当の意味での学びにつながらないことが往々にしてあります。
従って、地域の住民と直接対話を交わす機会を設けることが、何よりも重要であると考えています。そのためには、学生と地域住民の間に一定の距離を縮め、少人数で深い関わりを築くことが重要です。
京都では、毎年町内会単位で消火器を使った消火訓練「消火実験会」等を10~20人程度の少人数で開催されています。そこに本学の学生も参加させていただくことで、地域と学生が繋がりを深める機会を設けています。
学生が入れ替わりで少しずつでも参加することで、地域住民との交流が図られ、お互いに気の合う者同士で繋がりが築かれ、中には仲良くなって差し入れをしてくれたりするようなつながりが築けたという話も聞いています。
普段見慣れた京都のまちと実際の京都のまちの違い
このプロジェクトについては、授業の中で全員が取り組んでいるわけではなく、関心を持った学生が手を上げて自らの意思で参加しています。そのため、普段の京都での生活との対比ではなく、これまで訪れたことのない地域、すなわち生活に密着した京都の街を知る機会として、学生にとっては貴重な機会となっています。
参加した学生たちは、地域社会に関連する事柄や課題に関心を持っており、それがプロジェクトに参加する動機となっています。
特に一人暮らしをしている学生が、プロジェクトに参加し、地域の高齢者と交流することで、ほっこりと笑顔になれているようで、意外な一面を感じました。おそらく、学生たちの中には地域への関心度が大きく異なり、無関心な学生もいれば、地域との繋がりを積極的に築きたいと考える学生もいるという、予想外の側面を垣間見ることができました。
建築分野での専門知識の活用方法


本学で学ぶ学生はものづくりに大きな関心を寄せ、また「家」や「住まい」というテーマは地域住民との共通のキーワードであり、課題でもあります。専門的な分野から一歩離れ、家の使い勝手や補修、日常の困りごとなどについて、地域住民との対話を通じて、授業での学びと実践経験を結びつける機会が増え、学生の成長に寄与できると考えます。
具体的な学びの内容として、例えば腐朽した家の基礎の構造を実際に目で見て理解できることがあり、これは学生にとって深い理解をもたらします。一方で住民からしてみれば、工務店等の専門家が訪問して営業をかける場合と異なり、学生なら安心して素直な話ができるということもあります。
このような結果として、学生は親身に地域の課題に取り組み、地域住民も困りごとを率直に相談できる関係を築くことができ、お互いにWin-Winの状況を築けるのではないでしょうか。
プロジェクトの継続性とは
学生がこのプロジェクトに取り組むために出向いているエリアは、大学から徒歩圏内(約20分)に位置しており、これが大きなメリットとなっています。したがって、大学から通いやすい地域との交流を積極的に図るように心がけています。
また、京都という地域の特性として、地元意識が強いことから、地域住民に声をかける際は慎重に行動する必要があります。そのため、教員が学生と地域住民のコミュニケーションと調整を担当する必要があると考えており、私の役目だと思っています。
特に注意しないといけないのが、学生が実地勉強のために地域に入り、やりたいことをやって地域を振り回して去っていくというものではないということを地域住民に十分理解してもらうことが大切だと思っています。この部分については、私が過去に地域のまちづくりに関連した仕事に従事していたことから、これまで築いてきたネットワークと信頼関係が役に立っている側面もあります。
学生と地域住民が関わり合い取り組むプロジェクトに継続性を持たせるためには、信頼関係の構築が何よりも大切であると考えます。さらに、学生には地域の御用聞きのようになることを避け、彼らが負担を感じないように気を付けるべきです。学生が地域の活動を義務的に行うのではなく、楽しみながら参加し、地域住民と感謝の気持ちを共有することがプロジェクトの継続につながると考えています。
なお、取り組みに当たっては、教員の私が一歩下がって、学生自らが考え、地域住民に説明できるようにしており、地域の皆さんに「何がやりたいですか?」と問うのではなく、「自分達はこれをやりたいのですが」という切り口で伝えることで地域の皆さんの考えや意見をお聞きするようにしています。大切なことは、何よりも関わっている双方が楽しめ、感謝の気持ちを持ち合うことでプロジェクトの継続につながるものだと認識しています。また、急いで結果を求めるのではなく、じっくりと取り組む姿勢も必要です。例えば、空き家問題については、なかなか結果が見えない難しい課題でもあるので、少しずつの積み重ねが継続の力になるのではないかと考えます。
現在、取り組みの第一段階として、DIYということに主眼を置くとともに、建築に関する知識や技術を学んでいます。また、プロとしての大工さんのような方々もいらっしゃるので、学生としての立場をわきまえた線引きを行うよう心掛けないといけないということを学生が自覚する必要があります。
学生ができることは解体作業のような基本的な部分に限られますが、大工の指導を受けながら実践し、経験を積み重ね、後輩にも伝えるようなまちづくりサークルの活動を今後も展開していく予定です。
今後の展望について

このプロジェクトに取り組むことで、実は学生個々がそれぞれ特技や技能を持っていることを知ることができました。さらに、学生の中には、そういった特技を発表したり、誰かに教えてあげたいという気持ちを強く持っている人もいるなど、プロジェクトに取り組むことで一人ひとりの個性を発見することができたように思います。
学生達には、学生個々が持つ能力や特技、考えや思いをブックレットとして一覧にまとめ、そのブックレットを地域に配布し、一般的な不動産情報の流れとは逆の方法で地域の人々からの空き家等の活用について、どの学生に任せようかという選択肢を提供し、地域住民からのアプローチを受けるような仕組みの構築を目指していきたいと考えています。
空き家対策のさらなる展開としては、ヤドカリ生活という意味合いで、ある程度までを学生が行い、その後、大工さん等のプロが完成させるというサイクルの中で、学生は次の空き家に移って取り組むという流れを作っていこうと考えています。
また、取り組みの頻度については、1年に1つの空き家に取り組めれば良いと考えており、スピードを求めるのではなく、1つの空き家について時間を費やして取り組むことで地域と様々な面での交流を図り、地域住民との繋がりを深めていければと思っています。
学生達には地域と密着した関係性を構築することで、京都に愛着を持つようになってもらい、第2の故郷のように感じてもらえればと幸いです。