再生エネルギーの推進と経済学:諸富徹教授より学ぶ

諸富徹 教授の自己紹介

京都大学の大学院経済研究科で教授を務めている諸富と申します。
専門は環境経済学です。環境問題や環境政策について、経済学の視点から研究しています。

研究の主要なトピックについてお話ししますと、私の研究は元々「環境税」を出発点としています。具体的には気候変動問題に焦点を当て、CO2排出削減のために価格メカニズムを導入することを研究してきました。

最初は税制度の導入を研究していましたが、後に、CO2に価格を付けるもう1つの仕組みとして排出量取引制度も含めて研究するようになりました。また、東日本大震災以降は福島第一原発事故に衝撃を受けたこともあって、エネルギー問題に非常に関心をもつようになり、再生可能エネルギーに研究対象を広げました。

こうして問題意識が広がってきたため、経済成長と環境政策や気候変動政策との関係といった根本問題も検討せざるをえなくなりました。かつては環境対策が経済に悪影響を及ぼすとの見方もありましたが、近年では環境対策が企業の成長や経済の成長にとってむしろ、必要な前提条件となっていることがわかってきました。この新しい関係性についても研究を進めています。

環境経済学を中心に据えながら、温室効果ガス排出を削減する税のあり方、エネルギーのあり方 、そして経済そのもののあり方へと、関心領域を広げながら研究を進めてきました。

環境経済学で税制に興味を持ったきっかけ

–税制への興味が生まれたきっかけは何だったのでしょうか?

学部時代にゼミのテキストで環境税というものが取り扱われたことが、最初に税制に興味を持ったきっかけでした。また、同時に学部時代にドイツ留学をした際にも、環境税という考え方に触れる機会がありました。税をかけるだけではなく、取った税収を産業へ還元することで経済に打撃を与えないどころか、環境を守りつつ経済成長を促すことも可能とする環境税の考え方に触れたこと、それが強く関心を持ったきっかけですね。

ドイツ留学で得た”学び”

–国の在り方が異なる以上、環境税も制度が違うと思いますが、ドイツと日本ではどのような差異があるのでしょうか?

経済学は、文科系学部の中では比較的普遍的な理論枠組みが世界的に共通して講じられているといえます。したがって環境税を経済理論として勉強するだけなら、国や言語の違いを超えて、日本であろうとドイツであろうと共通の経済学的な視点でみることになります。

ただ、私が留学したドイツと日本の違いとして、日本はまだバブル期の余韻が残っていて環境問題に今ほど関心がもたれていなかった一方、ドイツでは学生に至るまで環境への意識が高く、日本とは異なる雰囲気が感じられました。

ドイツではリサイクルや廃棄物削減に対する意識が高く、例えばスーパーで牛乳を購入する際にはパックではなく、家庭から瓶を持参して、量り売りの要領で販売されるのが一般的でした。
また、町にはリサイクルステーションが多く設置され、積極的に分別が行われている姿が目立ちました。友人たちとの交流を通じて、ドイツの学生たちの環境意識の高さにも驚かされました。そのため、ドイツでは先端的な環境政策が経済に悪影響を与えるのではなく、むしろそれを経済に組み込む方法を模索する姿勢がありました。

日本と比較してもドイツは経済的に遅れを取っているわけではないと感じました。そのため、環境に対して積極的な政策を実施しても経済を損なわずに取り組める可能性に興味を持ったのがきっかけですね。

再生可能エネルギーの普及に伴う日本経済と環境への影響について

この章では、再生可能エネルギーの普及が進むことによる、日本の経済と環境への影響について触れていきます。

再生可能エネルギーはコストが高いという常識

再生可能エネルギーはコストが高く、特に東日本大震災の直後は再生可能エネルギーは本当に費用が高く、天候に左右されるという特性がありました。

いくつかの特性から、原子力発電や化石燃料の代替として再生可能エネルギーを考える際には難点があり、例えば福島第一原子力発電所事故の直後は再生可能エネルギーが原発の代替にはなり得ないという議論が非常に強かったことを覚えています。また、再生可能エネルギーの導入割合は現在でも20%を超えていますが、20%、30%、40%といった高い割合になることは非現実的だとされていました。

経済産業省は、福島第一原発事故の後ですら、原子力発電の復活を訴え、再生可能エネルギーに頼ることは、コスト高と電力供給の不安定さを招くというキャンペーンを展開していました。

たしかに、再生可能エネルギーは不安定で大量の発電を確保することが難しいという「常識」が、10年前までは存在していました。しかし、こうした常識はその後、各国で再生可能エネルギーが飛躍的に増えていくにつれて覆されていきました。最初こそ、再生可能エネルギーを増やすためのコストを全員が負担することにはなると思いますが、それが必ずしも経済活動の足枷にはならないという事実に今、我々は気づきつつあるのではないでしょうか。

経済学の観点から見た再生可能エネルギー

京都大学では「再生可能エネルギー経済学講座」という取り組みがあり、経済学の観点から再生可能エネルギーを研究しています。これを2013年に立ち上げたきっかけは、再生可能エネルギーが経済的に不利な要素だという一般的な見解に疑問を抱いたからです。

実際に再生可能エネルギーのコストは高いかもしれませんが、イノベーションによる技術革新や大量生産によってコストが低下する見通しが、すでに当時ありました。そのような見通しを裏付けるために、経済学の観点から再生可能エネルギーに焦点を当てた研究を行っているのです。

経済学の観点から見ると、世界全体では再生可能エネルギーのコストが著しく低下しており、特に太陽光発電は10年前の約10分の1以下にまで落ち込んでいます。風力発電や陸上風力も含めて、火力発電など既存電源のの電力コストを下回る水準に達していることから、経済的には再生可能エネルギーを導入することがむしろ、プラスになってきています。

ただ、日本はまだコストが完全に下がっているわけではなく、数年遅れで海外に追随している形です。しかし、日本も再生可能エネルギーの導入に遅ればせながら取り組んでおり、このトレンドに参加していると言えるでしょう。

私がデータを見ている限りでは、石炭やガスほどではないものの、もっともコスト高の石油火力発電が徐々に再生可能エネルギー発電によって置き換えられていく傾向が観察されます。これは、経済的には合理的で、自然な流れです。再生可能エネルギーが広く使われると、燃料費がかからないので他の電源よりも安く供給され、その分だけコスト高の石油火力発電が押し出される経済メカニズムが働いているわけです。これは結果として、発電部門のCO2排出を減らす効果を持っています。

再生可能エネルギーの普及が進むと、日本経済にはいくつかのメリットが期待されます。

  1. 再生可能エネルギー産業の成長によって雇用機会が増え、経済にプラスの影響を与える
  2. 再生可能エネルギーの導入によって電気料金が低下し、消費者にとっても経済的な利益が得られることが期待される
  3. 再生可能エネルギーの普及によって貿易収支が改善されることで、日本経済に好影響をもたらすと考えられる

中東から輸入している石油価格の高騰により、日本は大きな貿易赤字を抱えましたが、再生可能エネルギーに転換すれば、今後はこのような膨大な貿易赤字による海外への資金流出を減少させることができるでしょう。
日本にとって再生可能エネルギーの普及は、環境面だけでなく、経済面で非常に有益だと言えます。

カーボンニュートラル達成に向けてどのような施策が必要でしょうか?

この章では、再生可能エネルギーのシェアを拡大することによって、日本がカーボンニュートラルを実現する可能性が示唆されている中、その実現に向けて必要な施策について解説します。

自治体新電力への期待

2020年末から2021年初にかけて起きた電力市場の価格高騰により、自治体新電力はビジネス的な打撃を受け、撤退・倒産するケースも見られますね。にもかかわらず、私自身は自治体新電力に非常に大きな期待を寄せています。この取り組みには重要な意義があり、電力システムの旧弊を打破し、再生可能エネルギーの導入が進むことで地域の経済的自立性を高めると考えています。
従来の電力会社による地域独占から脱し、自らの電力を部分的に確保できる自治体が増えてきたことは、大きな変化です。

特に東日本大震災以降、災害時の電力供給の重要性が認識され、自治体は少なくとも避難所や病院などについては、自ら電力確保を実行する必要性を感じています。かつては手段が限られていましたが、いまは再生可能エネルギー(特に太陽光)の導入によって、自治体新電力が設立され、大きな設備や多数のスタッフを要さずに、小規模で比較的始めやすいビジネスモデルとして活用できるようになりました。しかし、現在は電力価格の高騰局面にあり、自治体新電力にとっては厳しい状況です。

これからの課題として、自治体新電力が自らの電源を確保する手段、契約の多様化、相対取引や先物市場を利用した電力調達戦略などを検討し、経営の多様化に取り組む必要があるでしょう。新電力が市場から電力を購入して顧客に供給するだけのビジネスモデルではなく、より戦略的な調達と運営を進めることで、持続的な成長を実現できると考えられます。

環境省が進めている「脱炭素先行地域」の評価委員会の座長を務めていて気づいたこととしては、全国の自治体は新電力の設立に積極的だということが挙げられます。脱炭素先行地域を目指す自治体が多く、既に新電力を創設したり、脱炭素先行地域の事業に取り組んでいる自治体も少なくありません。再生可能エネルギーを増やすだけでなく、それを通じたまちづくりと組み合わせた方針を固める自治体も見受けられました。

ドイツの「シュタットベルケ」(「自治体公社」と訳されることが多い。電力、ガス、熱などのエネルギー事業のほか、上下水道、廃棄物処理、公共交通などの地域インフラ事業を手掛ける公益事業体を指す)という考え方はわかりやすいと思いますが、電力事業で設けて、その富を地域に再投資をして地域を良くしていく、あるいは電力ビジネスに再投資してそれを少しずつ大きくすることで、地域の電力インフラを多様なものにするというビジョンをもっているところが多いです。

そのための一歩を自治体新電力に担わせようといろいろな自治体が考え始めているわけです。仕組みを作れば人も雇えるし、お金も循環していくし、使い道のある地域プラットフォームができるわけですね。ただし、最近は上述のような不透明な状況もあるため、一部の自治体では設立を保留しているケースも見受けられます。

自治体新電力の設立には、再生可能エネルギーの普及が背景にあります。再生可能エネルギーの増加に伴って、自治体が新電力を設立しやすくなりました。また制度的にも、電力システム改革のおかげで発電部門と小売部門で参入が自由化され、自治体が電力ビジネスに参入できるようになったことも追い風となりました。

再生エネルギーは日本の電力を賄えるか

アメリカのローレンス・バークレー国立研究所という研究所がありまして、ここで2035年には、再生可能エネルギーで日本の電力消費量の90%をまかなうことが可能になるというレポートの日本語版が出たんですよ。英語版は冬には完成していたので、そのセミナーを東京で開催し、多くの人が関心を示しました。

再生可能エネルギーのシェアが高まって90%に達すると、CO2排出量は現在よりも92%も削減され、石炭火力は完全に停止し、10%は天然ガス発電のみが残るという見通しです。このように、再生可能エネルギーで、化石燃料を代替することが可能になれば、カーボンニュートラルは達成できると考えています。

ただ、一部の人には信じがたいかもしれませんが、これは、電力の安定供給をつねに確保するという制約条件の下で、2035年までに温室効果ガスを最小費用で90%削減する経路について、シミュレーションを行ったところ、得られた結果なのです。

再生エネルギーの増加には課題もあります。例えば、メガソーラーの適地はもう枯渇をし始めていたり、陸上風力は様々な課題(低周波騒音やバードストライクなど)があり、法整備には時間がかかることが予想されるため、現実にはシミュレーション通り、2035年に90%削減の目標に到達するのは難しいかもしれません。

再生可能エネルギーの普及に向けては、法整備も重要です。アメリカのシミュレーション結果を元にしていることから、日本の法規制との違いを考慮する必要があります。
洋上風力の実装で注目を浴びている手法として、セントラル方式があります。風力開発の準備段階の(海底や海域の)調査や系統協議などを国が実施し、複数事業者が入札で買取価格を競うことで再生可能エネルギーのコストを低減する仕組みです。

また、先ほど述べたような支援策の整備や電力系統(出力抑制への研究)への投資、蓄電池の導入、カーボンプライシングの引き上げなど、様々な前提条件を整える必要があります。
一方で、再生可能エネルギーの大量導入のための条件を市日することにまだまだ電力会社は慎重で、しかもこれらの投資コストをだれが負担すべきなのか、投資の実行主体は誰なのか、という課題が山積みされている中で、スムーズな移行は容易ではありません。
そのため、国が旗振りをするべきなのか、研究者が率先して進めるべきなのか、推進力の担い手についても検討が必要です。

▼2035年日本レポートについてはこちら
2035年日本レポート: 電力脱炭素化に向けた戦略の概要についてはこちら

普及に向けた研究者、ジャーナリスト、政治家の役割

まだ誰か1人がやってやれるものでもなく、研究者やジャーナリストの役割は非常に大きいですね。問題がここにあるということを明確にし、それを説得力を持って、どうすればよいのかという指針を探している人たちや気づいていない人たちに伝える必要があります。同時に、合意形成も重要ですね。世論を動かして再生可能エネルギーに向かうように導いていく必要があるでしょう。ただ、既得権益を持つ人たちは反対してくるし、再生可能エネルギーの欠点を指摘してくることもあるでしょう。

メディアや研究者の役割は大事ですが、おそらく政治家の存在も非常に重要です。政治の世界では、電力会社と関係の近い人たちが多いので、それと対抗的に、再生可能エネルギーの未来に賭ける政治家が必要です。官僚たちも再生可能エネルギーに向かうことが大切で、経済産業省も、東日本大震災直後と比較すると、随分と変化してきたと感じます。

再生可能エネルギーへの転換は強い勢いや流れが必要であり、その形成には研究者や政治家などの後押しが重要な役割を果たすと思います。情報発信や意見の発表を通じて多くの人々に理解や納得を促すことが必要です。また、批判の声も大切にしつつ、確信を持って再生可能エネルギーへの期待を持ってもらえるような記事や情報発信が重要です。再生可能エネルギーの普及に期待を持てないと、既存のサービスからの乗り換えや技術の受け入れが進まないでしょう。

だからこそ、研究者、ジャーナリスト、政治家が協力して再生可能エネルギーの重要性を伝えていくことが大切です。

▼取材にご協力いただいた諸富徹 教授のHPはこちら
京都大学経済学部 諸富ゼミ