SDGs 大学プロジェクト × Hokkaido University of Education.

北海道教育大学の紹介

北海道教育大学は、4つの師範学校を前身とし、1949年(昭和24年)に道内5都市(札幌、旭川、釧路、函館、岩見沢)に5つのキャンパスをもつ国立の教員養成大学(北海道学芸大学)として発足しました。その後、1966年(昭和41年)に「北海道教育大学」に改称し、2004年(平成16年)に国立大学法人北海道教育大学となりました。

その間、三四半世紀に渡り、小・中学校・特別支援学校の教員養成を中心に、道内5つのキャンパスで、それぞれ特色のある学びの環境を提供しています。

札幌校・旭川校・釧路校の「教員養成課程」では、地域に根ざすとともに実践的な指導力を持つ創造的な力を有する教員を養成しています。
函館校の「国際地域学科」では、国際的な視野を持ち、地域の課題解決と活性化を担う人材を育成しています。
そして、岩見沢校の「芸術・スポーツ文化学科」では、芸術・スポーツ文化を多角的に追求し、地域の活性化と文化振興に貢献できる人材を育成しています。

また、「自らの強み・特色を生かして果たす役割・機能」をミッション、「中長期的な方向性や目指す姿」をビジョンとして定め、地域社会の発展に貢献できる人材育成に注力しています。

加えて、釧路校には、全国で唯一の「へき地・小規模校教育研究センター(以下、へき研センター)」が設置されており、全国的に増加している過疎化地域や小規模校教育の研究施設として大きな期待がよせられています。

今回は、北海道教育大学副学長とへき研センター長を兼任されている玉井康之副学長(以下、玉井副学長)に、へき地・小規模校教育の現状や課題、研究成果などをお伺いしました。

へき地教育の人間関係づくりの研究とは?

ー玉井副学長は、へき地教育の研究がご専門ですが、研究のきっかけをお聞かせください。

玉井副学長:北海道に移転し、先生として勤務したことが、へき地教育に興味を持つきっかけとなりました。それまで私は出身地である香川県で育ちましたが、そこでは他の地域と同様に画一的な教育が行われていました。しかし、北海道の教育は香川とは異なり、非常に自由であると感じました。

例えば、どの小学校も服装は自由であり、地域の人々も学校に自由に出入りしていました。地方の学校では、地域全体で子どもたちを支え、先生も地域に助けを求めながら教育活動を共に行うという雰囲気が強くありました。このような違いに非常に興味を持ち、なぜこれほど異なるのかを考えるようになりました。

その結果、地域が学校に関与することの意義を再考する必要があると感じ、学校と地域の連携についての研究を始めることにしました。

ー具体的には、どのような研究をされているのでしょうか?

玉井副学長:私は、人と人とのつながりの重要性について研究しています。特に、地方の学校における先生と地域住民の連携や教育活動への協力に注目しています。大人たちの姿を子どもたちが見ながら成長することの意義を探る研究です。

子どもたちにとって、言葉で教えられるよりも、実際に見て感じることの方が教育効果が高いと考えています。子ども同士の人間関係の構築も重要ですが、大人同士の連携や学校と地域の協力、親ではない地域住民と子どもとの関わりも人間関係づくりに非常に重要であると感じています。これらの観点から、研究を進めています。

日本の教育の現状 都市とへき地

ーでは、日本の教育の現状や課題を教えてください。

玉井副学長:高度成長期以降、大規模であることや都市であることが有意義とされてきました。
その一方で、地方では人口減少と過疎化が進行し、都市部との経済格差が拡大しています。現在も根強いですが、都会が優れていて地方が遅れているという認識は非常に強いものがあります。

都市部では、子どもの人数が多く、どうしても画一的な一斉指導が中心です。一斉指導では、基本的な人間の信頼関係はどうしても弱くなる傾向にあります。子ども達は、先生によく従っているように見えますが、内心では「話なんて聞いても仕方ない」「友達とは仲の良いふりをしよう」「人は信用できない」などと斜に構えている子どもも増えています。

先生も、一人ひとりの子どもに対する時間が不足しています。授業中に「みなさん、分かりましたか?」と尋ねても、「全員が理解していることはあり得ない」と最も感じているのは先生自身です。授業はある程度できる子どもを対象に進められ、できない子や手のかかる子に時間をかけられなくなってしまいます。そのため、統制をとるために校則を厳しくし、子どもたちの自由を抑制する方法が取られることもあります。

都市は格差社会です。都会の方が学力の平均点が高いとされていますが、非常に優れた子どもと非常に成績が振るわない子どもの差が激しい傾向にあります。学力格差だけでなく、問題行動の格差やその延長線上に経済格差も広がっています。これは、大人数の中で一人ひとりに合わせた指導が難しいことも原因の一つです。

ー一方、地方ではどういう傾向があるのでしょうか?

玉井副学長:人に無関心の都会では、倒れている人がいても、多くの人は通り過ぎていくと聞いたことがあると思います。これは、地方ではありえないことです。

心理学の法則によれば、少人数であるほど人は他者に関心を持つ傾向があるとされています。したがって、少人数で教育を行う地域では、人への関心が非常に強まり、先生と子ども、子ども同士の間に強い信頼関係が生まれます。これは教育において非常に重要な要素です。これはへき地、小規模校における教育上のメリットと考えています。

少人数教育の利点はさらにあります。ひとりひとりの子どもの特性を細かく把握し、それに応じた指導が可能です。標準偏差の観点から言うと、成績が真ん中に集まりやすく、極端に優れた子どもや、逆に苦手な子どもが少なくなります。このように、個別の学習指導を通じて全体の成績を底上げすることが可能です。校則も、生徒と先生が話し合いの上で納得して決めるため、比較的柔軟に運用されています。

現在、子どもの人数が減少した学校を統廃合する傾向がありますが、小規模校化はむしろ新しい教育の可能性を見出す機会であると考えます。欧米並みに少人数教育を推進することが、現代日本の教育にとって極めて重要ではないかと考えています。

教育のカギを握る「へき地・小規模校教育」

ーでは、へき地・小規模校教育の特徴についてお聞かせください。

玉井副学長:へき地・小規模教育は、少人数であるがゆえに、一人ひとりに対して手厚く対応できるという利点があります。そのため、人間関係や信頼関係を築きやすく、問題行動を防ぐ環境が整いやすい特徴があります。

また、体験的な活動を取り入れやすく、議論や作業、自然体験や社会体験などを頻繁に行うことができます。例えば、40人のクラスに実験器具・用具等の教具が15台しかない場合、3人に1台しか行き渡りませんが、へき地校では5台しかなくても一人1台の利用が可能です。

さらに、議論を中心とした授業も少人数の方が指導しやすいと言えます。人数が多くなると、教員の目が行き届かず、子ども達の議論が脱線しやすくなります。その結果、「こういう結論を導く討論にしましょう」といった枠にはめた指導になりがちです。一方、少人数の場合、教員が子ども達一人ひとりに目を配ることができ、「議論から逸れているよ」や「ここをもう少し深く話し合ってみたら」などと、適切に修正や導きを行うことが可能です。

現在、教育現場ではファシリテーションの考え方が取り入れられています。これは、子ども達主体で先生がその活動を支援し、促進するという考え方です。この点においても、少人数教育の方が有利であると言えるでしょう。子どもの人数の多寡により、授業形態や教師の関与の仕方が変わることは確かです。

ー先生の在り方や、先生方が学ばなければならないことも変わってくるのでしょうか?

玉井副学長:そうですね。知識伝授型から子どもの思考や討論を中心とした授業へと変わりつつあります。
これまでの授業は、先生の持っている知識を切り売りして与えるために、質問し誘導して結論に導く方法が主流でした。しかし、現在はタブレットで検索すれば簡単に情報を得ることができます。知識を与えるだけの授業は子ども達にとって魅力的ではないため、子ども主体の授業の進め方が求められています。

北海道教育大学の様々な研究室では、へき地や小規模校教育を典型とした新しい学級経営・学習指導の実践力を高める授業を行っています。また、小規模校での体験実習も1年生から行います。体験実習を行った学生は、子ども達との信頼関係を築くことができ、小規模校での教職が非常に有意義であると感じています。教えることで子ども達が応えてくれる喜びや、子ども達の成長を実感できることも魅力です。このような体験を通じて、先生になりたいという意欲が高くなるようです。

少人数のクラスでは、子ども達のつまずいている箇所や課題が把握しやすくなります。そのため、「わかりましたか?」と一斉に問いかけるような授業が教育の本質ではないことに気づくのです。「一人ひとりの子どもに応じた教育」という合言葉は、どんな先生も知っています。しかし、少人数校で実際に体験すると、「知ってはいたけれど、今までは一人ひとりに対応できていなかった」と反省を意識できるのがすごく大事だということです。このプログラムに参加した学生の中には、へき地校での勤務をあえて希望する人が増えており、教育効果を実感しています。

未来を担う「へき地・小規模校教育研究センター」

ーへき研センターについてお聞かせいただけますか?

玉井副学長:いま、大阪や名古屋などの大都市圏でも人口は減り、大規模校はほとんどなくなっています。このような状況を受けて、へき研センターは小規模校をモデルにした教育の重要性を考え、設立されました。このセンターは国からの予算補助を受け、北海道教育大学で運営されており、全国の研究協力者を含めて約200名の教員が研究に取り組んでいます。研究のテーマは、小規模の利点を活かしたへき地教育方法の開発とへき地校の発展です。今後、特に注目されているのは、情報通信技術を活用した遠隔双方向教育です。

少人数のクラスでは、人間関係が固定されてしまうのが課題とされ、この問題を解消するために、遠隔で相互に授業をしたり、専門の先生に授業を配信してもらったりという取り組みをしています。これにより、へき地でも高度な情報や専門性が得られ、全国どこでも同様の教育が受けられることが目指されています。

もう一つ、「地域の探究」という大きな課題があります。へき地に住む子ども達は、都会には大きな商業施設や公共交通網、遊園地などがあり、自分たちの地域には誇りに思えるものが何もないというマイナスの発想になりがちです。その発想は、人間の意欲を下げてしまいます。自分の住む地域や学校の魅力を発見し、いかに誇りを持たせるかが大きな課題で、「地域探究学習」がとても大切な役割を果たします。

例えば、日本全体の食料自給率が低い中、北海道だけで約200%という高い自給率を誇っています。「食べるものがないと生きられない。食料の生産はすごく大事だ」「地球温暖化問題の解決に、二酸化炭素を出さない地域が優秀なんだ」というような、地域の良さを子ども達が認識できるようにすることが大切です。

「タンチョウヅルを呼んで餌をあげられるおじいさん」のような、他愛ないけれど地域の人達が持っている知恵や生き方の中に良さがあるという発想を持つことが、子ども達の生きる勇気に繋がっていくのではないかと思います。このような未来志向の教育を広く普及させるために、へき研センターでは書籍の出版も行っており、各大学の教科書にも採用されています。

へき地のマイナス面ばかり見ずに、小規模校のむしろ良い部分を生かした教育、本当の意味での子ども主体の教育が、へき地の教育活動の 新しい可能性だと考えています。

日本中へ広げ、連携し、SDGs目標達成を目指す!

ー今後、小規模校の教育はもっと周知されるようになるでしょうか?

玉井副学長:全国で小規模校教育のニーズは高まっています。特に、離島の多い鹿児島・長崎・沖縄、そして南四国・山陰・北東北地方などはへき地の課題を抱えており、情報交換や研修の開催が求められています。このため、日本全体で小規模校の新しい展開が必要とされる時代だと考えますので、このネットワークを積極的に拡大していきたいと考えています。

また、昨今はSDGsを推進する企業が増えています。企業は、SDGsの観点から、日本全国どこでも同じものを手に入れられることを推進していますし、私たちも同様に一貫した教育の提供を目指しています。教育と生活の水準を均一化することが重要視されており、SDGsの目標達成を目指す意義を共有し、経済界でも認識されるようになっています。

さらに、地域づくりと学校づくりは切り離せないものと考えています。地域の形成は自治体が主導しますが、私たちはその一環として、学校だけでなく地域全体で教育に取り組み、地域を発展させる教育活動を広める取り組みが重要だと考えています。

ーSDGsに関しては、他に何か考えていらっしゃいますか?

玉井副学長:先ほども述べた通り、へき地や小規模校の教育自体がSDGsに貢献する考え方であり、それを推進することが、目標達成につながると考えています。また、へき地教育研究の成果を活かして発展途上国の教育発展に協力することは非常に重要であり、へき研センターの柱の一つとして位置づけるべきだと思います。

4年前にラオスに行きましたが、ラオスはほぼ全土がへき地であり、日本では当たり前のことがまだ実現されていません。日本のへき地教育に大きな関心を持っており、提案すると国中に情報が広がります。例えば本学が刊行しているへき地教育の本を紹介すると、翻訳して全国の教育委員会に配信されます。先進国の成果を紹介するだけでも、教育効果が飛躍的に向上することがあります。

近年では、JICA(国際協力機構)などでも、教育投資に力を入れている傾向があります。日本の教育を学びたいという国のニーズはますます増加しており、その観点からも日本が果たすべき大きな役割があると考えます。

ーでは、最後にこれからどのように研究を進めるのか、展望をお聞かせください。

玉井副学長:技術開発は重要ですが、これまでの社会では技術開発とお金だけにしか目がいっていなかったと考えています。この考え方を、教育と人材育成を基盤にした長期的な社会発展に繋げる発想に転換することが、社会全体の重要な課題であると信じています。

従来からの価値基準が急速に崩れつつある現在、都市教育とは対照的なへき地や小規模校の教育について学ぶことで、今後の日本全体の教育の価値観や方向性を再検討できると考えます。小規模校の教育を積極的に推進することで、都市の新しい在り方もまた見えてくると思うので、そこに注力していきたいと考えています。