SDGs 大学プロジェクト × Institute of Technologists -Part 2-

今回は、ものつくり大学とのSDGs 大学プロジェクトPart2です。

前回戸田教授にお話しいただいた株式会社桝徳(マストク)様とのコラボプロジェクトについて、桝徳の星野社長も交えて詳しくお話を伺いました。

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SDGs 大学プロジェクト × Institute of Technologists.

ものつくり大学建設学科・戸田研究室の紹介

「木造建築・環境デザイン研究室」という名称は、木造建築の構工法や計画とともに、環境配慮的デザインを追求したいという思いからつけました。主な専門は建築計画・環境心理行動学であり、これまで関西・関東・九州の各地で建築現場の管理、木造住宅の設計、地域づくり、建築教育などに取り組んできました。これらの経験を活かし、主に心理学的な観点から木造や木質化された「空間の使われ方」に着目して、広い意味での環境をデザイン・研究することに励んでいます。

高校卒業後、1995年の阪神淡路大震災で瓦礫や木の廃材を目にし、建築の道に進む決意をしました。木材の背景である森林は日本の国土の約7割を占めます。何十年以上かかり生育した樹木が木造建築として在るとすれば、私たち人間は樹齢に劣らない「ものつくり」を心得るべきではないでしょうか。

2010年には「公共建築物等」を、2021年には「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等」を対象に「木材の利用促進に関する法律」が施行されました。これにより、住宅だけでなく、多様な規模や用途の建築に対して戦後造林の木材を地域資源として利活用することで地球温暖化対策にもつながり、サスティナブル(持続可能)な社会の実現に向けて、木造や木質化の貢献が期待されています。

建築設計・環境デザインは、単に技術・技能を用いた形や色等の表現でなく、「もの・空間・場所」が人間や環境に及ぼす影響を踏まえた、社会の問題解決や問題提起につながる重要な役割を担います。

研究室では、未来を担う学生皆さんに、ハードな技術の修得に加えてソフトな人間関係の構築や多様な条件や意見をまとめる総合力を身につけてほしいと思っています。物理的な「もの」をつくる技術・技能だけでなく、地域社会の様々な「ひと」や「こと」をつなぐ力を養います。

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TODA Lab.IOT ものつくり大学 建設学科 戸田研究室 T.T

株式会社 桝徳(マストク)の紹介

マストクは明治38年に木材卸業として埼玉の大宮で創業しました。文明開化の明治期から好景気に沸いた大正期、昭和初期の大不況、そして戦後における民主化と高度経済成長を経験した日本で、マストクは「不易流行」を合言葉に、いつまでも変化しない本質を捉えながら、変化しつづけることを取り入れてきました。これは、明治期を経験した創業者の精神であり、これからのマストクの揺るぎない道標となるものです。

創業者初代星野徳次郎が当時、埼玉県浦和にあった「桝屋」という材木商で修行した後、大宮で開業するに当たって、修行した店の屋号と本名のそれぞれ一字を合わせて「桝徳」としたことが由来です。

現在の事業の軸は、地域工務店とのコラボレーションを基にした、木材・建材・住宅設備機器販売・サッシ・水廻り工事等です。「顔の見えるつくり手と共に時代に合った暮らしを創造する」ことをミッションにして、設計者、地域の木材生産者、建材メーカー各社との協業で家づくりを推進する地域密着企業です。

マストクの大切にしている3つの言葉「誠実」「責任」「向上心」、社員1人1人には、マストクという組織で働く前に1人の人として「夢」「志」を持つことを大切に仕事をしてほしいと望んでいます。そして、その「夢」「志」の実現のためにバックアップをします。 

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株式会社 桝徳

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リフォーム工房IINA マストク伊奈事務所

  

戸田教授に声をかけた理由とプロジェクトに発展した経緯

(星野社長)戸田先生とのご縁は「日本全国スギダラケ倶楽部」という場での出会いから始まりました。その後、弊社で例年開催している夏祭り(感謝祭)やもちつき大会等のイベントに、ものつくり大学戸田研究室の学生皆さんがお手伝いに駆けつけてくださるようになった頃から相互に連携を図りながら、お付き合いさせていただいています。

(戸田教授)桝徳さんの伊奈町の配送センターにある倉庫を地域の人々に活用してもらえるようにリニューアルするという話の中で、学生たちの卒業研究として、「地域の人たちが日常的に訪れたくなるような木質化された素敵な事務所」の改修が始まりました。

ちょうどその頃はコロナ禍でもあり、学生たちが大学や伊奈の現地に足を運ぶことが難しい状況でした。そのため、私たちはCADや3Dを使用して設計図を作成し、クラウド型のプレカットシステム(※1)を通じてパーツを依頼し、デジタルファブリケーション(※2)技術を試験的に活用するなど、新しいアプローチを取りました。

具体的には、事務所の入口に木製の枠で制作したゲート(暖簾掛け)を設置し、社員の皆さんが使用するスチール製の机の天板に無垢材を取り付けて木の温かみを加えたり、事務所内やイベントで利用できる木製のパーテーション(イベント時には屋台にも可変するもの)を制作するなど、桝徳さんの協力のもとでお役に立てる取り組みができたと思っています。

(戸田教授)「マストク」のカタカナの響きが「マスト(MUST)」だ! と言われているようで、~しなければならない、~する必要がある、というような。強制的な取組みでもないのに「絶対しなければ」とも聞こえ、戸田研究室なので「マストダ」、トクとトダは字面も似てるよなあ、と学生と笑い話しながら、どんどん盛り上がってしまったのです。

(※1)クラウド型のプレカットシステム…本プロジェクトで使用しているのは株式会社VUILDの提供するEMARFというクラウドサービス。木製ものづくりのデザインからパーツに加工するまでの工程をオンラインで視聴でき、ボタン1つでデジタル加工機で遠隔出力・組み立てるだけの状態にしてパーツが届く。

(※2)デジタルファブリケーション…デジタルデータをもとに3Dプリンタやレーザーカッターなどで創造物を制作する技術のこと

▼マストク伊奈の事務所木質化計画について詳しくはこちら
「リフォーム工房IINA マストク伊奈事務所」ホームページマストク伊奈の事務所木質化計画~2020年度編~その①
「リフォーム工房IINA マストク伊奈事務所」ホームページマストク伊奈の事務所木質化計画~2020年度編~その②

桝徳がSDGsを意識するようになったきっかけ

(星野社長)時代の流れも影響していますが、そもそもの話として桝徳が材木屋であるということもあり、木材の生育から伐採までのサイクルに60~70年という長期間が必要です。

この長期サイクルにおいて、木を植林して育てることが環境に与える影響、そして二酸化炭素の排出を抑制する意味合いなど、SDGsの目指す「気候変動に具体的な対策を」や「陸の豊かさも守ろう」にある「持続可能な森林経営」など、実は過去から応えてきた取り組みがあることを再認識いたしました。

このような背景から、数年前に示されたSDGsの17の目標は、私たちの活動と一致する側面が多く、特に生活や住宅づくりにも適合していることが明らかになりました。そのため、我々は、SDGsの理念に則った活動を広く知っていただく必要があり、ホームページなどを通じて積極的に広報を行っています。

(戸田教授)星野社長がおっしゃる通り、スギ等の樹木は長期間を経て木材という建材になり、木造建築等として生まれ変わるわけですが、世代を超えて、自然や環境について考えさせてくれるという意味でもSDGsの考えに通じる部分があると思っています。

地域産材の利用と環境配慮:星野社長の考え

(星野社長)今の日本においては、「住まいの教育」や「家づくりを学ぶ」という概念がないように感じます。昔の人々は、当たり前のように地域の木材を使い、地域の職人にお願いをして、家づくりをしていました。しかし、高度経済成長の波に乗り、1つ1つの家づくりを大切にするよりも、家を多く建て、経済成長が優先される傾向が強まりました。そのため、「住まいづくり」や「家づくり」に関する教育が軽視された印象を受けます。もし、適切な教育が行われていたなら、地域の材料を利用した伐採に対する誤解も生じなかったのではないかと思います。

最近では、地域産材の重要性が再評価されつつありますが、しばしば”補助金を受けるため”に地域産材を使用する選択が優先され、本当の意味での”地域貢献”という思いは少ない気がします。

また、木材需要の増大に伴い、国の政策として外国産材の輸入が増え、地域産材の存在感が薄れてしまいました。最近のウッドショックによって地産の木材が再評価される一方で、ウッドショックが鎮静化し、外国産材が以前のように市場に流入すれば、国産材が使われなくなる懸念もあり、頭を悩ませざるを得ない現実があります。

関東地域を例に挙げれば、東京、神奈川、埼玉などの人口密集地域は木材の需要が高く、対照的に茨城、栃木、群馬のような地域は生産が主体です。このような地域差を踏まえて、木材の供給と需要を調和させる必要があり、国や行政、そして私たちの材木企業としても、木材の利用と住宅づくりへのアプローチを見直す必要を感じています。

私の思いとしては、義務教育の中に、「住まい」や「木育(※3)」をキーワードとする学びを授業の中に組み入れて欲しいと思います。子ども達が、「家に住む」とか「家づくり」の意味を学べる機会があっても良いのではないでしょうか。

(戸田教授)もともと、建築が好きで入学してきた学生たちを見ても、その関心の度合いは人によって異なります。「衣食住」という言葉にあるように、「衣」「食」「住」、それぞれのバランスが大切なわけですが、世間一般では、「衣」の部分の「服装(ファッション・おしゃれ)」であったり、「食」の部分の「料理・グルメ」などを身近に感じる一方、「住」の部分の「住居・建築」に関してはハードルが高いと感じられることが多いようです。「住」を身近に感じるために、DIYやデジタルファブリケーション等の様々なアプローチを検討しており、特に木材は他素材と比べて柔らかく加工もしやすく、自然に還るサスティナブルな材料です。木造建築を通じて社会への貢献を拡大していきたいと考えています。

(※3)木育(もくいく)…2004年に北海道庁が主導で始まった「木育プロジェクト」によって提言された教育概念のこと。幼少期から木のおもちゃに触れたり、木工を楽しんだりするとともに、森林などを訪れて自然に触れ合い、親しみを感じる中で豊かな心を育むことを目的とする。

コラボプロジェクト「L-innovation Project」(リノベーションプロジェクト)」の進め方と現在の状況

(星野社長)プロジェクトの進め方については、コロナ禍の影響もありますが、慌てて進めるよりも、興味を持って楽しく取り組んで欲しいと思っています。最終的に、成果物として完成させることも必要ですが、期限を設定することにこだわりはありません。

(戸田教授)コロナ禍以前に、伊奈の事務所を訪問させていただき、現地を実際に見て動線を確認しながら、どこを木質化するのかなどを考えました。温かい雰囲気のオフィスに生まれ変わらせるための試行錯誤を重ねるとともに、現地の実測も行い、既存状態と改修案の模型を制作し、計画を進めました。

その後、先ずは部分的な木質化に取り組んでおり、今後は桝徳さんとの協議を重ねつつ、プロジェクトを少しずつ進展させる予定です。

▼「L-innovation Project」を行っているリフォーム工房IINA マストク伊奈事務所はこちら
リフォーム工房IINA マストク伊奈事務所

コラボプロジェクトを行ってみて感じたこと

(戸田教授)人材育成の観点から、桝徳さんと関係を築かせていただいたことは非常に大きな意味がありました。

建築を専攻する学生が就職を考える際、多くの大学では主に大手ハウスメーカーやゼネコンが選ばれることが少なくないです。一方で、本学の建設学科の学生は、大工になりたいというような思いを持っている学生が、他大学の理工系建築学科の学生と比べると多い方だと感じています。しかし、本学での地域の大工職の求人はあまり見当たらない状況であり、結果的には目につきやすい大手ハウスメーカーなどへの就職を選びがちな状況です。大手企業だけでなく、実直な地域の工務店等は地元に根付く若者を育て、継続的な大工の技術継承を望んでいます。

このような背景の中、桝徳さんのような地域の建材店や工務店が集い、勉強会や研修会を開催して共に人材育成を図り、地域を盛り上げて行こうとする姿は、企業間の競争でなく、協同(協働)であり、素晴らしいことだと思います。

地域の工務店で大工職や施工管理職等を希望する研究室の学生たちを、この勉強会や研修会を主催する「さいたま家づくりネットワーク」 のバーベキュー大会等に参加させてもらったところ、業界の社会人の方々と学生たちが気軽に楽しく話をすることができました。このようなことは就職活動の面接等と異なり、リラックスして本音で語れるため、貴重です。

その後、学生たちは自ら関わった地域の工務店へ積極的にアプローチし、昨年は大工と現場監督の職にそれぞれ1人ずつ内定を得ることができました。

少子高齢、人口減少時代へ本格的に突入する日本の住宅市場は、新築志向から既存住宅のリフォーム市場への転換が進んでいます。このため、今後の建築業界で求められる能力は、大工の技術に加えて電気工事や左官の技術など、幅広いスキルを持つことが重要です。

これにより、改修物件ならではの小さくとも特殊な工事へ柔軟に対応できる多能工が求められると予想されます。そのようなスキルは、小回りの利く地域の工務店だからこそ早く身につける機会があると思われ、個人的には学生たちの就職において地域の工務店の魅力を感じています。

このような状況の中で、桝徳さんを含む地域の工務店が連携し、スキルアップを図る活動をされていることは、大変ありがたいと思っています。

(星野社長)地域の大学と地域の企業が協力して人材育成を進めることは極めて重要だと考えます。住宅建築は地域にとって重要な産業であり、そのためにも地域企業との連携に価値があると認識しています。地域を活性化して、地域を守っていくためにも、ものつくり大学さんのような大学と一緒になって行うプロジェクトは、人づくりにも通じるものがありますし、私たち桝徳としても刺激を受ける良い機会となっています。

住宅業界における課題:職人不足に対する見解

(星野社長)現在の少子高齢時代において、大工などの職人不足は避けられない課題だと考えています。

しかし、一人前の大工になるには1年やそれ以上の時間がかかり、充分な経験と年数を積む必要があります。また、職場の環境に合わずに離れていく社員もいる中で、そのような人材の流出は非常にもったいない状況だと感じています。

そのような際に、地域の工務店同士が連携の下で次の就職先として受け入れられるようなネットワークがあれば、地域全体での人材不足に少しでも歯止めが効くし、同時に地域の活性化も促進できると考えています。

このような背景から、地域の工務店が連携し、人材育成の取り組みを共同で進め、情報の共有を強化する体制を構築することが急務です。これによって、課題に対処する一歩を踏み出し、地域全体の発展に寄与することができると信じています。

異なる立場からの交流がもたらす相乗効果

(星野社長)お互いの立場が違うところが、かえって良いのではと思います。

互いに様々な発想ができて、気付きももらえるし、より柔軟に物事を考えられるようになることも相乗効果が期待できます。

(戸田教授)星野社長とは、私が2016年に埼玉に赴任してから、スギダラケ倶楽部でお会いし、その後のお付き合いが始まりました。社長の立場にもかかわらず、星野社長は非常に気さくで、接しやすい方だと思います。

また、学生たちとも自然体で接してくださり、大変ありがたいと思っています。星野社長と桝徳の皆さんは学生たちにとっては大先輩でありながら、世代を超えて互いに近づく素晴らしい関係が築かれているように思います。

ほとんどの学生は、教員や社会人が真面目な話をいきなりするよりも、世間話のような脱線も期待しているように感じます。星野社長たちとスギダラケ倶楽部埼玉支部を立ち上げた時に、スギの形をロゴマークに取り入れました。その頃に私の髪型も三角形の杉の形にして「スギカット」と名付け、学生たちにも授業などで紹介すると面白がられました。環境配慮のためにも国産材・地域産材が良いので使おう、と若者にいきなり伝えても響きにくいので、大人が楽しく励んでいる中で興味関心の引き金になるような導入の創意工夫が必要と思っています。真面目に何かを伝えようとしスギない程度に(笑)。 

▼スギダラケ倶楽部 埼玉支部のHPはこちら
スギダラ埼玉

 

今後の展望

(星野社長)現在のプロジェクトの実現に向けて、少しずつでも打ち合わせをしながら、他方では、学生の皆さんは、私たち大人の視点とは異なる部分でいろいろな提案をしてくれるので、その提案を大切にしたいと思います。

また、学生の皆さんには、この貴重な機会を最大限に活かし、社会とのつながりを築きながら学生生活を送っていただき、将来も見据えたアクションも起こして欲しいです。

プロジェクトに限らず、学生の皆さんには多様なチャンスを提供したいと思います。地域の工務店との連携を通じて、さまざまな企業を知り、経験する機会を創出するためにも、ネットワークを構築していく予定であり、その中でインターンシップなどの実習も考えています。

(戸田教授)できることを少しずつでも、無理なく行うことが大事だと感じています。

また、プロジェクトを越えた部分では、住宅建築・リフォームの分野において職人不足を解消するのは若者への技術継承だけでは難しいので、デジタルファブリケーションのような新しい技術を取り入れた技能を持つ、新たな多能工としての職人像を目指した教育研究や人づくりも目指したいと思います。

これからも、桝徳さんとの絆を大切に、協働による「ものつくり」に取り組みたいです。