
学び続ける力 リカレントストーリー – 富山大学が地域に開く“大学の知”
目次
富山大学の紹介


富山大学は、富山市内の五福キャンパス、杉谷キャンパス、高岡市内の高岡キャンパスの3つのキャンパスに、人文・教育(旧人間発達科学)・経済・理・工・医・薬・芸術文化・都市デザインの9学部を持つ全国有数の総合国立大学です。附属病院や和漢医薬総合研究所など複数の教育・研究組織を備え、約9300名の学生と約2400名の教職員が在籍しています。北は北海道から南は九州まで、富山県外出身者が約7割を占めます。国際交流も盛んで、留学生も多数在籍しています。
また、富山県の特色である高度差4,000mの自然、万葉集以来の豊富な文化資源、薬業三百年の歴史、低床式路面電車を整備したコンパクトシティ計画など、富山ならではの環境を活かした教育・研究を推進し、その成果を全国、そして世界に向けて発信しています。
富山大学は、多様な分野からなる総合大学のスケールメリットを活かして、地域社会が抱える多様な問題及び地域を越えたグローバルな課題に取り組み、「地域と国際社会に貢献する総合大学」を目指しています。そして社会を開拓する新しい学問を創出しながら、学生の皆さんと共に、世界レベルの先端研究を推進する『おもしろい大学』にしたいと考えています。
富山大学が推進する「生涯教育」とは
【富山大学地域連携推進機構生涯学習部門の成り立ち】
今回は富山大学が推進する「生涯教育」について、富山大学地域連携推進機構生涯学習部門の藤田公仁子教授にお話をお聞きしました。
―富山大学地域連携推進機構生涯学習部門の成り立ちについてお聞かせください。
藤田公仁子氏(以下:藤田氏):富山大学地域連携推進機構生涯学習部門は1996年5月、「富山大学生涯学習教育研究センター」の名称でスタートしました。「生涯学習に関する研究並びに教育を行うと共に、生涯学習に関し地域との交流の推進を図り、富山大学の研究並びに地域社会の発展・生涯学習の推進に資すること」を目的としてスタートしました。
生活のゆとり、あるいは職業上の必要性から多くの人が自発的に学ぶ時代となってきました。それと共に大学の役割が研究、教育から地域貢献へと拡大しています。
生涯学習とは、文字通り「一生涯を通じて行われる学習」のことです。
生涯学習・教育が国や地方自治体の政策として全世界的に普及し始めたのは、1960年代後半以降のことです。科学技術の革新に代表される急激な社会変化の時代の到来は、社会への適応という点において生涯学習・教育の重要性を明らかにしました。社会変化の速度がより速まっている状況のもとで、生涯学習・教育の重要性は一層増大していると言えます。
そして生涯学習・教育の重要性は社会への適応だけでなく、環境問題や地域福祉の問題の解決を目指す活動に代表されるように、社会の変革という点において認められるものです。また趣味の領域での学習活動に代表されるように、生きがいの創造という点においても注目されています。
1970年代に、先駆的にいくつかの国立大学に設立されたセンターの名称が“大学開放センター”であったように、生涯学習と大学の関係は、“大学開放”という側面から捉えられます。ここで言う大学開放とは、大学を20歳前後の青年のみの学習・教育の場とせず、高齢者も含めた成人一般の学習・教育の場としても機能させていくことです。
つまり大学の機能としてあらゆる世代に「学び」を提供することを目的としています。
そして大学の重要な理念の一つが、研究と教育を通しての社会貢献であることを踏まえれば、大学開放の概念も拡がりを持ちます。すなわち、大学と市民との双方向的な関係の形成という意味で、一般市民が大学を利用する「大学の知」の開放を目指します。そして「地域の声」を大学に届けることによって、より一層地域に開かれた研究と教育を通して、社会貢献へと繋げていくことができると考えます。
富山大学地域連携推進機構生涯学習部門は、生涯学習と大学の関係に関して以上のような考え方に基づき、生涯学習・教育の研究と実践を行い、地域のさまざまな機関・団体・人々とも連携・協力を図り、社会(地域社会)に貢献しています。
【1996年の開設時より、充実した生涯教育を提供】
―昨今、多くの大学で力を入れている「リカレント教育」についてはどうでしょうか。



藤田氏:「リカレント教育」も生涯教育の一部として以前から取り入れており、生涯学習部門で実施しています。本学では公開講座に加え、正規の授業(オープン・クラス)を公開しています。要するに誰でも聞けるような形式ではありますが、その授業はすべて有料講座になっています。
本学の「公開講座」は大学の教員を中心に、自らの研究成果等を市民に向けてわかりやすく公開しているものです。地域社会に「大学の知」を還元するための講座ですね。「教養講座」「語学講座」「体験講座」から構成されており、世の中の多様な学びのニーズに応えています。
「オープン・クラス(公開授業)」は大学の授業を市民向けに公開しているものです。本学の正規学生と一緒に授業を受講するので、現在の大学の授業を体感しながら、一般教養や専門分野の大学院の知識も得ることができます。
そして「生涯学習相談」があります。一般市民の方や県市町村、その他各種団体に対して、生涯学習や大学開放に関する相談事業を行っています。また学外での講座・講演などの依頼に応じることができる富山大学の教員を紹介しています。
【地域の生涯教育の核となるための取り組み】
―冒頭のお話で、国立大学が生涯教育の基盤になっていることが理解できました。日本全国に国立大学がある中で、富山大学の他大学とは違う点などがあればお聞かせください。
藤田氏:まず、他の国立大学にはない動きとして、富山大学は2005年に富山医科薬科大学、高岡短期大学と合併しました。県内3大学の再編・統合により、富山医科薬科大学は富山大学医学部に、高岡短期大学は富山大学芸術文化学部に移行し、総合大学としての規模が増大しました。
コンパクトな富山県の中に、この規模の総合大学が存在しているからには、教育分野においてより県民の期待に応えていかなければならない、そして更なる社会貢献を果たしていかなければならないという使命もまた大きく担っていると言えます。
そのような背景もあり、一時期はオープン・クラスも1000講座開講を目指していました。もちろん公開講座も全講座有料講座で数多く実施しています。これらの講座は本学の先生方による自主的な協力によって成り立っています。あらゆる分野において、多くの学生や一般市民が今知っておくべき最新情報や、より深い専門的な知識をわかりやすく学べる機会を提供していこうと講座を企画しています。これらの講座は各先生の情熱の賜物であり、その内容のユニークさや奥深さ、そして学習領域の幅の広さが、富山大学ならではの生涯学習の魅力となっています。

公開講座やオープン・クラスと並んで大切な役割を担っているのが「生涯学習相談」です。県や自治体の生涯学習プログラムや講座の運営サポートなどを行っています。中でも最近は能登半島地震を受け、災害に関するセミナーやワークショップを充実させています。3.11から災害に関するワークショップは継続していましたが、今また改めて地域住民と共に学び直し、防災への意識を高める必要性があります。防災、地質学などの専門分野の観点から能登半島地震や北陸地域の自然災害の特徴について学び、これからの防災対策やまちづくりについて考える機会を創出します。
このように本学の生涯学習部門では、何よりも生涯学習の推進に関して富山県の核となり、プラットフォームとしての機能を果たしていきたいと考えています。
総合大学ならではの開かれた、そしてユニークな「リカレント教育」
【リカレント教育は常にアップデートが必要】
藤田氏:富山大学では地域のニーズに対して、どのように“大学の知”を提供できるかを考え、あらゆる角度からコーディネートしています。
先に述べた通り、当然ながら昨今取り沙汰されている「リカレント教育」も進めています。富山大学地域連携推進機構生涯学習部門設立当時から取り組んできています。当時は公開講座の一部であったり、リカレントという言葉を敢えて使うことなく継続して実施してきています。全国の国立大学で本学と同じ「生涯学習系センター」の組織を有しているところは、互いに情報交換しながら実施してきました。
リカレント教育とはそもそも日進月歩、つまりどんどん絶え間なく進化するものです。特に医療系分野においては顕著であり、社会人のスキルアップの講座が必要不可欠だということで、医療関係者向けの講座を充実させてきたという歴史があります。「公認心理士」「臨床心理士」の有資格者のためのリカレント講座などもあります。今まさにその仕事に従事している人のためのもので、本学の教員が参加者の多様な臨床心理学的立場を尊重し、学びあいながら実践力を高める内容の講座で好評を得ています。

過去には中小企業同友会と連携を取りながら、企業の経営者に向けたプログラムも設けていました。経営学的な話だけでなく、現在の若者を対象とする社員教育のあり方から、従業員の健康経営(大人の発達障害についての考察など)に関わるものまで、多彩なテーマで実施しました。ひと言で経営者向けと言っても、さまざまな観点からの学びを提供できるのは、あらゆる学部が揃う総合大学ならではの利点だと思います。
2023年6月の国会で決まった教育振興計画(令和5年度~9年度)の中でも改めて「リカレント教育」について明記されています。文部科学省の方針として教育デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進も謳われています。本学含め国立大学は、今後もその方針に従って、リカレント教育も含めた生涯学習の更なる充実を図っていくことになるでしょう。そしてこれからも、国立大学には質の高い生涯学習が求められることに変わりはなく、本学はその努力を重ねています。
【富山の名店による和菓子講座や世界の火葬に関する講座も!】



―広く一般に開かれた、そして最新のリカレント教育を行なっているのですね。ちなみに参加者は県外の方もいらっしゃるのでしょうか。
藤田氏:はい。公開講座は県外から受講される方もいらっしゃいます。またお子様が本学を受験したいということで、親子で希望学部の先生が講師を担当している講座に参加されるケースもあります。
実質的に仕事につながる講座ばかりでなく、より人生を豊かに楽しむ、教養を深めるような講座もあります。過去に開講した事例では、富山県の和菓子の名店「引網香月堂」による和菓子講座が挙げられます。日本の和菓子の歴史や文化、そして和菓子職人の技術を学べるということで、女性雑誌などに掲載されたこともありました。職人と共に作ったあんことスーパのあんこを食べ比べてみるなど、身近な生活から学べることもあり、職人から直接指導していただけるという点も人気を博した理由の一つです。
―それはユニークですね!まさに富山大学の「地域と共におもしろい大学を」のテーマに則しているように感じます。
藤田氏:ホームページのメニューを見ていただくと、「これ何?」と思うような講座も結構あります。例えば「火葬」についての講座です。「情報」を専門にしている先生が、独自に調査・研究を続け公開講座を行なっています。2022年に逝去されたイギリスのエリザベス女王の国葬について考察するなど、国内外の「火葬」について多様な知識に触れることのできる内容です。葬祭の事業者の方々も受講されていました。他の国の風習についてなど、あまり情報に触れることのない分野だからこそ、深い「学びの時間」になりました。
【富山大学受験希望の高校生も公開講座に参加】

―先ほどお話されていた、親子で講座を受けられたケースというのは、なんの講座だったのでしょうか。
藤田氏:富山の自然に関わる講座・まちづくりに関わる講座などです。地質や生物に関する内容で、都市デザイン学部、理学部の教員が担当しています。受講した高校生は本学を目指していたんですね。専門分野の公開講座を受講したいということで参加されました。その生徒は合格を果たし、現在は本学の学生になっています。
入学前に自分が学びたい世界に触れることで、入学後の学びについてより理解が深まったと思います。
同じように、現在は地元の高校と連携して、高校生が校外授業の一環として、オープン・クラスとしての大学の授業を、現役大学生と一緒に受ける取り組みもあります。
大学の授業は難しい。でも、高校生でも聞いて分かることもあるし、興味深いこともあるんだということを、高校生には肌で感じ取ってもらっています。高校生が興味を持って自主的に参加してくれているのが嬉しいですし、きっと将来へ向けた大きな学びにつながっていると思います。
―自主的な学びがどんどん広がっているということは、とても素晴らしいですね。
藤田氏:私たちにとっては、やっとここまで辿り着いた、という印象です。例年多くの高校生が参加してくれていますが、最初はなかなか参加者を増やすことが難しかったですね。このような取り組みを行なっていることを周知させていくことが、やはり一番の課題だと感じます。生徒が自分にとって必要だと思うか思わないか、というところからのスタートになりますから。自分の将来について考えるとか、それこそリカレント・キャリア教育の一環と言えますが、まだまだ一部の生徒にしか伝わっていないというのが現状です。
とはいえSNSや口コミで生徒たちもアナウンスしてくれるようになり、少しずつその輪も広がってきているようですので、今後の発展に期待したいところです。
―受講生は若いところで言うと高校生、そしてその両親ときましたが、最年長はどのような年代の方々がいらっしゃいますか?
藤田氏:80代の方もいらっしゃいます。もう20年以上も本学の講座を受講されているリピータの受講生です。ジャンル問わずバラエティ豊かな学びを楽しんでいらっしゃいます。
富山大学が生涯教育にかける想い、そして伝えたいこと

―藤田先生はずっと生涯教育に携わってこられているわけですが、改めて生涯教育に対する想いをお聞かせいただけますか?
藤田氏:そもそもそ学びとは、一生のものだと思っています。ただの勉強と学び、つまりスタディとラーニングで捉えると、生涯学習はライフロングラーニングです。勉強だけのイメージが強い“学歴偏重社会”というものを一掃したいという流れがあって、世の中全体が生涯学習社会を目指す方向になってきたと思います。だからこそ社会人の学び直しを推進するリカレント教育も活発化しているのでしょう。
私自身、大学は3回利用できると言っています。最初は高校を卒業後に、大学に入学して学生として。次に仕事上必要とされる知識の再習得を目指して。そして最終的には退職後、どのように人生を豊かに過ごすか、を考えて再度何かに挑戦する機会を得るために。
日本には都道府県別に国立大学があり、同様に学習センターの有する放送大学があります。地方都市であっても学びたい時に学べる環境が限りなくあるのです。そしていつでも、一人でも多くの人たちを受け入れられるよう門戸を広げて待っています。
にも関わらず、日本は先進国の中でも社会人の大学院進学率はかなり低く、諸外国と比べて歴然とした差があります。
学び続けるということは、一人ひとりの生活や人生が豊かになっていくための手段の一つです。だからこそ、「自分は生涯学習者でいる」という意志を持ち続けることは、とても大切だと思っています。
―今回のお話を伺うまでは、国立大学って少し遠い存在というか、敷居が高いイメージを持ってしまっていました。けれど藤田先生のお言葉を聞いて、ぐっと身近なものになりました。「ずっとそこにいてくれていたんだ」というような、親近感や安心感を持てるようになりました。
藤田氏:もともと生涯学習教育研究センターというのは、「国立大学を象牙の塔にせず開放する(象牙の塔=俗世間から離れた孤高の境地・学者の生活や大学の研究室などの閉鎖社会)」ということが1番の目的だったわけです。そういう形でスタートしたという経緯がありますので、今の言葉を聞いて、やっぱりまだまだしっかり発信し、浸透させていかなければと感じます。これを機に、皆さんのそばにも、“開かれた学びの場”があるということを、まずは知ってほしいと思います。