神戸情報大学院大学

学び続ける力 リカレントストーリー – 土田教授に聞く、神戸情報大学院大学の新たな学び

神戸情報大学院大学(KIC)について

社会の加速度的な変化に伴う事象は、ChatGPTをはじめとする生成AIの誕生によって、経験や基礎知識だけでは対応できない時代となっています。近年、文部科学省では「総合的な探究の時間」を実施し、社会で求められる力の育成や、新たな技術である生成 AIを使いこなす「情報活用能力」の育成を求めています。

それらのニーズを先進的に取り入れ、2005年に開学した神戸情報大学院大学(KIC)は「Social Innovation by ICT and Yourself」を教育方針に、情報通信技術(ICT)の専門家として、社会に貢献できる探究型技術者の育成を目指している専門職大学院です。

世界的コンサルティングファーム「マッキンゼー·アンド·カンパニー」出身の炭谷俊樹学長が指導する「探究実践」を軸に、AIなどICT技術を活用しながら、国内外のIT業界や国際機関と連携した課題解決や価値創造が可能です。

2年の修学期間の中で、学生は、自らの強みを磨きながら、社会課題に対して具体的な解決策を立案し、実行するリーダーシップを発揮することが求められます。神戸情報大学院大学はこのような「探究型」人材の育成を使命とし、世界をより良い方向へ導くための一歩を、同じ志を持つ仲間と共に踏み出すことができる学生を育てています。

多様な学びを提供する神戸情報大学院大学のICT教育の歩み

― 「生涯学習」や「リスキリング」が少しずつ社会に広がっている中、貴学ではどのような方を対象に学びの機会を提供しているのでしょうか? 貴学の概要を教えてください。

土田雅之教授(以下、土田教授):KICは2年間の修士課程で、4月入学の日本語で授業を行う「ICTプロフェッショナルコース」(春入学)と、10月入学の英語で授業を行う「ICTイノベータコース」(秋入学)の2つのコースを提供しています。定員は110名と、比較的小規模な専門職大学院です。

特に日本人の学生は大学卒業直後に進学する人もいますが、多くは社会人経験者です。リカレント教育としての再学習を目的に入学している学生も多くいます。

たとえば、文系出身で営業職として働いていた方が、ITの時代に対応するための学び直しを目的に入学するケースなどがあります。また、日本人だけでなく海外からの留学生も多く、日本での就職に向けてICTスキルの習得を目指している学生もいます。

ICTイノベータコースには、独立行政法人国際協力機構(JICA)を通じて日本へ来た留学生も多く、彼らの多くは母国で公務員などの職に就いています。KICでICTを学び、日本文化に触れ、日本企業とのつながりを持ち帰り、母国で活躍する人も多くいます。留学生といっても一般企業や役所に勤務する公務員が多く、年齢は30歳前後が中心です。

― 貴学は早い時期からICT教育に注力されています。その背景や経緯について教えてください。

土田教授:KICの起源は1958年で、もともと高校卒業後にコンピュータを学べる、いわゆる専門学校形式の教育機関でした。現在は「神戸電子専門学校」として、関西一の生徒数を誇る比較的大規模な専門学校として拡大しています。

2005年、この専門学校を母体として、専門職大学院の制度が整った時期に「神戸情報大学院大学」が設立されました。専門学校を卒業した学生も将来的により高度な学びにも進むことができるように、という構想のもと開学しています。

当初は4月入学のコースのみでしたが、2013年からは10月入学で英語で履修するICTイノベータコースも開講し、現在の体制に至っています。

変化の時代に対応する視点と方法論を学ぶ「探究実践」のアプローチ

― ICTやITの分野は、特に変化や進化が激しい印象を受けます。教育の現場でも、教える内容や受講生の様子に変化はありますか?

土田教授:おっしゃる通りです。技術の変化が激しい時代において、KICの教育は最先端の技術だけを追うのではなく、我々が「探究実践」と呼んでいる、仕事の進め方などの基本的な考え方に重きを置いています。

受講生の多くは30代前後の社会人であるため、最新技術を深く学んで勝負するというよりも、これまで培った個々の知識や経験を活かしつつ、新たな視点や方法論を取り入れ、自らの仕事を進めていく力を身につけることを目的として学んでいます。

もちろんICTの最新技術もプラスアルファとして学んでいますが、教育の中心は物事のプロセスや方法論を身につけることです。卒業後も、自身の経験を活かしながら新たな技術に対応していけるような教育を目指しています。

― ICTやITと聞くと、非常に幅広い印象を受けます。貴学で学ぶことのできる研究テーマや、特に注力されている領域について教えてください。

土田教授:KICには、大きく二つの方向性があります。一つ目は、「ICT技術系人材」の育成です。最新技術に追随することは難しい面もありますが、クラウドやAIなどのトレンド技術についてスキルアップを図る社会人学生も多く、彼らはICT技術そのものに強い関心を持ち、再度基礎から学び直すことを目的にしています。

二つ目は「ICT応用系人材」として、既存の専門性にICTを取り入れて新たな価値を創出することを目指す人材の育成です。たとえば、自身がもつ営業職の経験を活かし、ICTで営業活動をより効率化する方法を模索する学生もいます。彼らはICTを主軸とするのではなく、あくまで自身の専門分野にICTを応用し、価値を高めることを目指しているのです。

KICは小規模な教育機関であるため、それぞれの学生のニーズに応じてきめ細かく対応できる点が強みです。学生が取り組むテーマに対しても、自らの専門力を活かしたICT活用法など、新しい視点から研究テーマを提案するなど、個別のアドバイスを通じて2年間の学びを充実させ、個々の価値を高めるためのスキルアップを支援しています。

協働と多様性が育む広い視野 「探究実践」で得られる豊かな学び

― 個別のニーズに応じた多様な研究テーマに取り組むことができるというお話でしたが、なにか特徴的な講義はありますか?

土田教授:やはり、大きな特徴はKICの教育の中心となっている「探究実践」です。春入学・秋入学を問わず、入学後最初に受講する授業がKICの炭谷学長による「探究実践」であり、これがKICの教育カリキュラムの中心となっています。

探究実践では、ICTそのものよりも、社会課題の解決や仕事を進める上での方法論について学びます。ここで基本的な考え方をしっかりと身につけた後、学生は自身の関心に応じた多様な講義を選択して受講し、学んでいくのです。1年目は授業中心となり、2年目からは研究活動が本格化します。

各指導教員がそれぞれの研究をサポートし、探究実践の方法論に沿って研究を進めていきます。入学初期に学んだ考え方を基盤に、各学生が自分のニーズやスキルに応じたテーマで1年間の研究に取り組むことができる点も、KICならではの特徴です。

▼神戸情報大学院大学HP
2024年度4月ICTプロフェッショナルコース入学生探究実践演習レポート

― 大学院での研究というと個々で学ぶイメージがあるのですが、受講生同士が協働する機会もありますか?

土田教授:授業を通じて知識を教える際は先生からの一方通行の形式もありますが、「探究実践」では、気づきや行動変容を促し、人間力(探究実践力)を伸ばすことを重視しています。ここでは、一方通行で授業を聞くだけでなく、先生や学生同士の対話を通じてさまざまな考え方に触れ、自らの視野を広げることができるのです。多様な視点に触れることで、より豊かな考え方を身につけられるのではないでしょうか。

このような学びの場では、グループワークやディスカッションも頻繁に行われます。年齢や性別、さらには国籍も異なる多様な学生同士が意見を交わすことで、価値観や考え方を学ぶ機会を得られるのです。

入学時のコースは2つに分かれていますが、単位取得に関しては双方のコースで授業を受講できるようになっています。そのため、英語の授業で外国人学生とグループディスカッションをしたり、異なるコースの学生が同じ研究室で活動したりと、さまざまな価値観に触れながら研究に取り組む環境が整っています。

― ICTやITに関する教育機関は数多くありますが、その中から貴学が選ばれている理由はどのような点にあると感じられますか?

土田教授:一つには、KICは小規模ではありますが、口コミで評判が広まっていることが挙げられます。また、専門職大学院であるため、企業で働く実務家教員が多く在籍しており、リアルな現場の話や実際の経験を授業の合間に聞ける点も魅力でしょう。受講生からの質問にも、実務の視点から丁寧に応えてくれる点は特に好評です。

実務家教員のバックグラウンドも多様です。企業出身者と一言でいっても、外務省やJICAで働いていた方、パナソニックなどのメーカー出身者、公務員など、さまざまな分野の専門家が集まっています。普段は別の職務を持ち、週2日~3日だけKICで教鞭を取る先生もおり、彼らのリアルな経験を直接聞けることも、KICならではの価値になっているのではないかと思います。

KIC×地域連携 リアルな課題解決で学ぶ実践的な教育

― 少人数だからこそ、細やかかつ柔軟な対応がなされてきたのではないかと思います。受講生の声から生まれた新たな取り組みなど、貴学ならではの事例はありますか?

土田教授:KICでは、「PBL(Project/Problem-Based Learning)」に力を入れています。これは、架空に作られた課題ではなく、地域の企業と連携し、彼らが実際に直面しているリアルな課題に対して解決策を提案し、取り組む学習方法です。企業にとっても、学生の新しい視点やアイデアを聞く機会として喜んでいただいています。

神戸大丸と協力したプロジェクトをはじめ、人口約1万人の兵庫県神河町の町長や役場とも連携し、人口減少など地域の課題に取り組む活動を行っています。

数名の学生が現地を訪れ、町長や役場の方々も協力的に連携をしてくださり、学生たちが「こういった課題にはICTを活用してこのように解決できるのではないか」とプロトタイプを作成して提案するなど、実践的な学びを深めています。

この3年近くは、年度末になると町長や地元議員の方々に対して、学生が提案を発表する会も開いており、現地との交流も一層深まっていると感じています。

▼神河町と神戸情報大学院大学の地域包括連携ポータルサイト
KAMIKAWA×KIC PROJECT

― 受講を終えて社会に戻られた方々が活躍されているエピソードがあれば、ぜひお聞かせください。

土田教授:約10年前の事例ですが、特に大きな事例としては、ルワンダから来た留学生がいらっしゃいました。ルワンダは、過去に内戦や大量虐殺といった悲しい歴史のある国です。和平が結ばれた後、豊かな天然資源も豊富ではない中で、国家としてどのように生き残るかが課題となり、当時の大統領が「ITやICTで国を立て直そう」と方針を掲げました。

一方で、日本でも当時の安倍首相が留学生を積極的に受け入れる方針を発表したことで、KICのイノベータコースにも多くの留学生が入学してこられたのです。

KICのルワンダ出身の学生も、母国に帰国後、現在はIT行政の中心的な役割を担っています。日本ではあまり知られていないかもしれませんが、ルワンダでKICの修士号を取得していることは高いステータスとして認識されています。以前、日本でアフリカ開発会議が開催された際には、ルワンダの大統領からご挨拶をいただいたほか、代表者が安倍元首相の晩餐会に招待を受けたこともあります。

日本人学生においても、国際的に活躍したいと考える方には修士号の取得が求められることが多くあります。KICでは、修士号の取得とともに国際的なネットワークも広げられます。ICTの知識を基盤として、グローバルなキャリアの形成を目指す方も増えていますね。

フルオンラインで修了できる リカレント教育の深化と学びやすい環境づくり

― 社会人にとって、学びたい気持ちを持ちながらも、さまざまな不安がつきものです。貴学には具体的なビジョンを持って入学される方が多いとは思うのですが、リカレント教育の広がりやハードルを下げるための取り組みはありますか?

土田教授:ハードルを下げるため、夜間授業の実施やオンライン形式の導入、録画配信でいつでも見直せる仕組みを整えました。日中は仕事があるため、夜間や休日しか通えない受講生も大勢います。オンライン受講が可能になったことで、「学びやすくなった」という声は実際に多く聞かれますね。

私がKICに赴任した6年ほど前は、夜間に校舎で授業を行っていました。仕事を終えてキャンパスに駆けつけ、夜10時頃まで受講するため、疲労している姿を見ることも多くありましたが、現在はグループワークも含めた全てをオンラインで実施できる制度を整えるなど、受講者の負担が軽減されています。

▼神戸情報大学院大学
フルオンライン履修制度の紹介

ビデオ録画も活用しているので、リアルタイムで受講できない方も録画を視聴し、オンラインで講師と議論し課題を提出することで単位を取得できるようにしています。これにより、日本全国だけでなく海外からも受講しやすくなりました。

また、KICはホームページや各種メディアを通じて情報発信も行っていますが、最も効果的な広報は、実際に入学して満足した方々の口コミだと感じています。

さらに、多様なバックグラウンドを持つ教員が揃っている点もKICの強みです。一般的に、大学では一つの研究室に所属すると特定の先生としか接点がないことが多いのですが、KICでは異なる分野の質問や相談があった場合は「あの先生に聞いてみよう」と他の教員に助言を求めることができますし、逆に他の研究室の学生が私のもとを訪れることもありますね。

他にも、「長期履修制度」を設けています。通常、大学院の修学期間は2年間ですが、仕事をしながら学ぶ際、2年間では負担が大きい場合もあります。そのため、修学期間を3年や4年に延ばし、ゆったりと学べる制度を設けているのです。

専門職大学院や社会人に開かれた大学院では、このような制度を導入しているところも多いです。KICでも、2年間で卒業される社会人学生もいる一方で、3年や4年をかけ、授業数を調整しながら無理なく学んでいる学生もいます。こうした制度を活用することで、無理なく知識を深め、学び続けられる環境が整っていると思います。

― 今後の展望について教えてください。

土田教授:現在進行形でリカレント教育そのものに力を入れているため、引き続き、教育の内容を充実させていきたいと考えています。内容だけでなく、オンライン受講の充実など、学びやすい環境づくりをさらに進めていきたいです。

また、学生の多様なニーズに応じた教育ができるよう、教員体制を含めた整備にも力を入れていきたいと考えています。すでに行っている探究実践的教育や、リカレント教育をさらに深め、学びの質を向上させていきたいです。