
小川健先生に聞く 電力自由化や電気代高騰について
2016年の4月に始まった電力自由化や、市場の影響による電気代高騰などのエネルギーに関する情報を、専経済学部で資源・エネルギー論、国際経済論などの担当をされている小川健先生にお話を伺いました。
▼お話を伺った先生
電力自由化について
──電力自由化についてどう思われますか?
本来的には電力自由化の意義はあると思っています。1社独占だと、発電方法に対する選択ができないからです。
例えば、「原子力発電は大事だから採用してほしい」や「再生可能エネルギーで発電した電気が良い」など個人の想いがあると思います。しかし、地域独占の場合には様々な事情を考えますから必ずしも自分の考える発電方法が取られるとは限りません。仮に温室効果ガスを問題視して、発電時に温室効果ガスを出さない発電方法を選択したいと思っていても、地域独占の電力会社からしか買えなければ石炭火力発電は採用されているでしょう。仮に放射性廃棄物が出ない発電方法を選択したいと思っていても、原発を推進する地域独占の電力会社からしか買えなければ、放射性廃棄物を出す現在の(核分裂型)原子力発電は採用されているでしょう。
そこで、電力自由化です。自分の好きな発電方法の電力会社を自由に選べるというのは、電力自由化の強みだと思っています。
ただ、電力自由化は安定性という意味において崩れやすいと言われています。
1998年に電力自由化を導入していたカリフォルニア州で、2000年夏から翌年にかけて電力不足な状況ばかりになってしまったことで、大規模な停電が発生しました。
参考: 歴史に残る大事件!カリフォルニア電力危機とその教訓
そのため、日本が2016年の4月に電力自由化する際は、東京電力や中部電力などの旧一電(地域の大手電力会社)に不安定になった際の安定性を担保するための義務が課されました。
例えば、不安定な電気でも、不安定なものの方が安く発電できるのであれば、そういう電気を選択する事業者も出てくるでしょうし、地震など天候とかの事情で予定していたものが、うまく発生できないなどが起きうる可能性があります。
ただ、その安定性を旧来は旧一電が担うことになっていたのですが、2020年の発送電分離に伴い、旧一電から独立させられた「一般送配電事業者」がその調整の義務を負うことになりました。一般送配電事業者には東京電力パワーグリッドや関西電力送配電、東北電力ネットワークなどがあり、どの旧一電から独立させられたのかが実際には分かる形になっています。
参考:2020年に行われる“発送電分離”ってなに?
また、この一般送配電事業者には他にも暫定的ですが、大口の顧客(専門用語で高圧・特別高圧といいます)が新電力の倒産などで電力の契約が出来なくなったときについては、空白期間なく電力を供給させる義務が課せられています。これを「最終保障供給」といいます。
参考:最終保障供給とは? 制度の概要や料金、申し込み方法について解説
一方で、2016年の電力自由化以降、旧一電側の発電部門だけでなく、新電力にも計画した分の発電義務は課せられることになりました。
参考:供給能力確保義務
電力は同時同量の原則があって、電力は発電量が少なすぎるとブラックアウト(大手電力会社の管轄する地域のすべてで停電が起こること)するし、発生量が多すぎても、今度は別の意味でブラックアウトするんですね。
──なるほど。需要に合わせて発電しないとダメなんですね。
はい。地域の電力量はその地域、地域で差があります。それをどうやって電力会社・一般送配電事業者で調節しているかというと、主には揚水発電を使っているんです。
──揚水発電とはなんですか?
電力需要量が下がったときに、そのままの状態にしておくとブラックアウトしてしまうので、その余った部分を利用して水を押し上げます。
水を持ち上げると、後から落とすと水力発電として再度電力化することができます。
参考:揚水式水力発電
──へー!あまった電力を水力発電に利用して、また電力化するんですね。
そうですね。
電力が足りなくなったときに水を落として電力化します。そのために水をダムの上に上げておく仕組みを揚水発電と言います。電気は電気のまま貯めておけないためにこのような「他のエネルギーに変換して」調整する、ということをします。揚水発電の場合には水を高い所に持ち上げて位置エネルギーにして、次の電力が少し足りなくなるときに備えます。現状では大型の蓄電池・バッテリーに充電するよりロスが少ないと言われていて、地域全体での調整にはこの揚水発電は大事な仕組みといえます。
こうすることで、電力をうまく調節しています。
──どこの電力会社も対応しているんですか?
地域全体で対応しています。
例えば、(2020年の発送電分離以降は)東京電力から送配電部門が分離独立させられた東京電力パワーグリッド管轄内とかですね。2016年の電力自由化により旧一電だけでなく新電力と呼ばれる他の会社も発電で参入してくるのでそれに合わせて、最後の部分を揚水発電などで調整をすることになっています。
ちょうど水が空になっている時に電力が必要になることもあるといった危険性を考えて、ある程度(地域間で融通してもなお)足りなくなりそうな日に関しては、義務を負った一般送配電事業者による要請を受けて経済産業省・資源エネルギー庁など政府系機関から、例えば旧一電の発電部門などに(例えば休止中の火力発電所を動かす等して)発電量増加など調整してくださいという形が取られます。
参考:2022年度の電力需給対策について
カリフォルニア州で起こったような大規模な停電を避けられるようになっています。
──なるほど。カリフォルニア州では、日本の揚水発電やこうした義務のように最終的に安定性を保つ仕組みが弱くて、それぞれの電力会社で電気を作っていたから停電しちゃったってことですか?
そうですね。基本的にはそう思っていただいて大丈夫です。
カリフォルニア州では、そういった調整面を十分に用意できてなかったところがあったので、日本では調整面的な役割を2020年の発送電分離後は旧一電から独立させられた一般送配電事業者が担っています。
ただ、調整面の役割は将来的には変わるかもしれません。
電力自由化して、すぐに新電力がたくさん入ってくれるわけでもなければ、すぐに撤退するかもしれないからです。実際に2016年の電力自由化の直後で旧一電が送配電網を持っていたときには旧一電にその調整の義務が掛かっていましたが、2020年の発送電分離後は一般送配電事業者にその義務の担い手が代わっています。
とはいえ、一般送配電事業者は「自分達で発電する」訳ではありません。現状は(旧一電の発電部門も含め)各発電事業者に計画通りの発電をさせる義務が課せられている訳ですが、予定通りうまく行かない場合も有り得ます。その度合いが一般送配電事業者の調整能力を超えてしまう危険性も0ではありません。
また、現行は大口の顧客を想定した最終保障供給のような在り方が一般家庭などに無いままだと、例えば2022年のように新電力が大量に撤退してしまった場合、旧一電を含めた残りの発電業者が新電力の元顧客との代替契約を引き受けきれないとして断るという可能性もあります。実際に新電力に移った大口の顧客が、その新電力の倒産などで旧一電に戻そうとした際に断られ、セーフティーネットである最終保障供給に流れています。そうした事例を考えると、一般家庭も代替契約の必要軒数が余りにも増えてくる場合には、一般家庭向けにもこうしたセーフティーネットの整備も必要になる可能性があります。
ただし、現状この「最終保障供給」に関しては、通常契約するときの価格より高いからこそ「普段は使わない」セーフティーネットとして機能するのですが、2022年のように急激に通常契約するときの価格が跳ね上がってしまい、最終保障供給での設定価格を上回ってしまったという問題点が生まれていて、新規の契約停止なども起きていることから、仮に家庭用に入れるにしてもこの形のまま(とりわけ、最終保障需要での設定価格を固定にしておく点のまま)入れるということにはならないと思われます。
あくまでセーフティーネットであり、普段から使うためのものではありません。かといってこの背景には旧一電などの大手電力会社の中に「戻り需要」つまり一旦は旧一電などの大手電力会社を裏切って新電力を契約しておきながら、新電力が潰れたから旧一電と契約し直させてほしい、という要望を「断っている」事例への対策(燃料コストが上がり過ぎて旧一電側が既存顧客への電力供給を優先し、戻り需要に対応するだけの供給能力を増やし切れていない点も含めての対策)も含めて考えないといけませんので。
参考:「契約お断り」大手電力で相次ぐ受付停止の異常
そして、この義務があるからこそ、電力自由化後でも(発送電分離前の)2018年の北海道の地震での多くの発電所が同時にダメージを受けたことによる停電を除いては、日本では大きな停電は起きていないんです。
──そうなんですね。
電力が足りなくなる状況になることもありますが、その場合は地域間で融通してなんとかしています。
例えば、東京電力で電力が足りなくなりました。では東北電力で電力があまっていれば融通してください。などのかたちで対応しています。
参考:地域間連系線の増強について
ただ、それでも電力が足りなくなる時があるので、その場合は国で呼びかけたりしています。
去年の6月くらいに国の呼びかけがあったのを覚えていますか?
思ったよりも早く梅雨が明けたことで、それに想定した準備をしていなかったので、十分に対応することができませんでした。例えば梅雨が明けるころにメンテナンスが終わる想定でメンテナンスを入れていたら、梅雨が早く明けてしまえば間に合わなくなります。(注:梅雨明けの時期はその後訂正されましたが、電力ひっ迫の心配はこの段階でもありました。)
参考:【速報】千葉県内、過去最速の梅雨明け 電力逼迫注意報の発令も
──そうなったら、どうなるんでしょうか。
そうなったら基本的には経済産業省・資源エネルギー庁の管轄の方が節電要請をかけます。
特に(一般送配電事業者による要請・見通しを受けて)電力を沢山使う法人や工場を中心にまわります。
このように、経済産業省・資源エネルギー庁のホームページなどで呼びかけています。これでも足りないときは(ある程度大口を中心に)個別にお願いしてまわるといったかたちですね。
方法は色々あるのですが、単純に節電をお願いする場合以外に「ピークシフト」つまり電力としての使用を同じ時間に集中して起きるのを防ぎ、違う時間に分散させる、という方法もあることが知られています。
2011年の東日本大震災の後には、当時の東京電力管内の福島第一原発などが津波の事故で止まり、当時の中部電力管内の浜岡原発を政策判断で止め、他の原子力発電も緊急点検を早めに入れていく等、原子力発電による発電量を2010年頃より減らしていった時期があるのですが、火力発電を増やす他にもこの「ピークシフト」が大規模に推奨されたことがありました。
少し極端な策が必要だった例として聞いて頂きたいですが、当時のトヨタ自動車などは「平日に電力利用が集中する」のを緩和する策として、土・日休みで無く一時的に木・金休みに変更した、なんてこともありました。この背景には(政府の要請を受けた)「ピークシフト」という考え方があった訳です。
参考:トヨタ、木・金曜の休業で100万kW低減 中部電力管内
電気代が市場の影響に左右されているのは、エネルギーを自給できていないため
──ちなみに、市場の影響で電気代がかなり上がっていると思うのですが、それはどう思われますか。
基本的には輸入環境が悪くなれば電気代やガス代が上がるのは仕方のないことだと思います。
ただ、日本は電気を自給できていないことも要因の1つだと思います。日本は再生可能エネルギーの開発を十分にやってきたかって言われると、残念ながらやってきていないという認識の方が強いですね。
参考:日本の再生可能エネルギーの普及が遅れた理由と取り組み状況
──なるほど!再生可能エネルギーの発電をきちんとやってこなかったから、電力の高騰がもっと顕著になっているってことですかね。
はい、そうだと思います。日本の発電量の推移を見てみると、2011年を境にして、液化天然ガスという(メタンガスを主成分とした)ガスを利用した発電と、石炭火力の発電が重視されるようになりました。
参考:エネルギーミックスの重要性
メタンガスは基本的に大部分が輸入をしていて、日本だとメタンガスは輸入してガスとして供給する分と発電に使う分があります。
液化天然ガスについては、日本は島国なので大陸のように外国からパイプを通して運んでくることが難しいです。昔ロシアから千島列島やサハリン(樺太)など日本周辺の島を経由してパイプを引くなんて案も検討されたことはありましたが実現はしていません。
参考:パイプラインは日ロの架け橋となるか?両国にメリットがあるサハリンからの天然ガス輸送
そのため、日本だと冷やして液体にしてタンカーで運んでくるんですね。それを専門用語でLNG、液化天然ガスと呼びます。
液化天然ガスと石炭を利用して発電している部分があります。ただこの部分は輸入をベースに燃料を構成しているため、輸入する燃料の価格が上がってくれば、電気代も高くなりますよね。
新電力という話が出たときに、環境にやさしいと謳うでんき、例えばドコモの「ドコモでんき Green」などについて「再生可能エネルギーだから安い」などの選択はしたことありませんよね?
ドイツなどの再生可能エネルギーの開発に力を入れてきた国であれば、「再生可能エネルギーが安い」という認識があると思うのですが、日本であればそこまでの開発をしてきていないので、将来的に下がってくるのは見込まれていますが、今は再生可能エネルギーのコストが高いんですね。
2011年、東日本大震災のときに原子力発電を止めると選択したときに、再生可能エネルギーに力を入れていれば良かったのですが、開発に時間かかることを理由に後回しにして、ガスや石炭を輸入してなんとかしようとしたために、今の電力の構成割合になっていると思います。
──表を見ると、原子力発電に関しては25%から9%まで減っていますね。
そうですね。福島の原発事故を境に、懸念を示す声が上がったこともあり、それに伴って原子力発電の割合を一時的に減らしたようですね。これを一時的とするのか、永続的とするのかは重要なエネルギー政策の判断になります。
2011年の東日本大震災のときに福島第一原発も止めたので、他の浜岡原子力発電所も止めたのでその分減りましたね。一時的に全部止めたのですが、今少しずつ戻そうとしています。原子力発電は復活させようとする「揺り戻し」は(少なくとも旧一電の間では)起きています。後処理の費用を考えなくて良いなら、原子力発電は費用が安く、そこをコスト削減の柱にしてきた、という思いが(旧一電でとりわけ原子力発電に頼ってきた関西電力を中心に)旧一電の間では根強くあるからと思われます。原子力発電は(長期間の管理が必要で現状は外国に処理をお願いしなければならない)放射性廃棄物など後処理の費用が本来は高いのですが、そこを国など他に一部に委託できるなら旧一電などの大手電力会社としてはそこまでは負担をしなくても良いから、という訳です。
参考:原子力発電のメリット・デメリット
参考:未来の世代のために:放射性廃棄物の処分費用を考える
(注:電力自由化後、消費者負担にすべきとの議論も出ています。誰かが負担します。)
参考:なんでもかんでも託送料に入れて見えない形で国民負担?~審議の公開と慎重な審議を求める要望書を提出しました
旧一電の北海道電力を例に取ると、2023年には6月から34.87%値上げする申請をしている一方で、「2012年から停止している泊原発が再稼働すれば、電気料金を値下げする」という趣旨の発言が(一部では恫喝ではないか、との声も含めて)話題を呼んでいます。
参考:6月から約35%値上げ 北電の規制料金 「泊原発再稼働したら値下げする」
本来、再生可能エネルギーは太陽光発電にしろ風力発電にしろ地熱発電にしろ、そのエネルギー自体は日本国内にあるものを基にしていることから、パネルやブレード(羽根)などをどう用意するか、という問題は有りますが、エネルギーの自給という意味では再生可能エネルギーの方が自給に繋がります。
参考:中国、太陽光パネルの製造過程でシェア8割 IEA報告
参考:再生可能エネルギーとは
地熱発電は日本が火山大国だからこそ本来は潜在的な可能性のある筈の発電方法と言えます。風力発電や太陽光発電については、将来的には費用が(火力発電や原子力発電より)安くなることは外国の開発事例を基にした調査結果では知られていることから、輸入する化石燃料やウランの価格に振り回されるよりは自給のための再生可能エネルギーの開発を、という視点を持つことも大事と言えます。
参考:「再エネは安い」が世界の常識、なぜ日本は高いまま? 普及遅れれば企業に打撃も
──なるほど。電気を自給している割合が増えて、少しでも電気代ガス代が安くなると良いですね。
再生可能エネルギーについて
──再生可能エネルギーについて、これからどうなっていくと思われますか。
幸か不幸か、日本より再生可能エネルギーの技術開発の進んだ国が(例えば中国大陸やドイツなど)外国に出てきている以上、日本は明治時代のような「後発の利益」が使える立場にあります。後発の利益とは、途上国・後進国などが元々使ってきた手法で、先駆的な国はその開発を長い時間・費用をかけて試行錯誤して行う訳ですが、もう既に外国に優れた技術がある以上、それを輸入して自国に合うように適用させるだけで良く、費用や時間は先駆的な国ほどは掛からなくて済む、という発想です。
参考:後発性は途上国にとってプラスかマイナスか
明治時代の日本はそのようにして発展してきた歴史があります。高度経済成長期以降、日本は経済大国だからという意識が長かったこともあり、こうした視点は今だと弱いのかもしれませんが、しっかり遅れていることを認めて後発の利益を享受する、という方針を持てれば、もう少し再生可能エネルギーの開発はし易くなると思います。特にドイツとは日欧EPA(日本とEUヨーロッパ連合との間の経済連携協定)という貿易を自由にするための協定の中で先進国としての「価値観の共有」という発想があり、環境対策の名義で日本が本気で交渉をかければ(環境重視の緑の党がそれなりの勢力のある)ドイツもむげに断るということは本来し難いのではないかと思います。
参考:蜜月時代に入った日EU関係
そのためには日本にちゃんと再生可能エネルギーを重視していくという機運を高めていく必要はあります。残念ながら日本では再生可能エネルギーを重視していくという機運はまだ充分ではありません。導入の機運が高まらなければ、一部にあるだけ、という状況は変わらないのかもしれません。
例えば日本では再生可能エネルギーの1番手というと太陽光発電がまず挙がりますよね。でもそうした国はむしろ少数であり、(水力を除けば)欧米や中国大陸では(参考資料にあわせて2019年時点において、としておきますが)風力発電の方が太陽光発電より発電量が多いことが知られていて、太陽光発電の方が多い国の方が少数派なんですね。ということは重視をする順番をひょっとしたら間違えているかもしれないと。
参考:国内外の再生可能エネルギーの現状と今年度の調達価格等算定委員会の論点案
それに風力発電や太陽光発電には火力発電や原子力発電とは違う特性があります。例えば太陽光発電は晴れた昼が本来の発電の時間であり、夜暗い中や雨の日には充分な発電量は見込めません。風力発電は風の弱いときには発電量が少なくなりますし、暴風の場合には安全性確保のために止めることもあります。こうした「変動出力」の在り方にどう対応して行くか、という部分は本来重要な観点です。
とはいえ、需要側も別に同じ量だけ使い続けている訳では無く、例えば24時間の中でも使用量は動いていきます。単純に「出力が不安定」と片付けてしまうのではなく、それを活かした方法もまた大事になります。例えば先ほど「ピークシフト」というお話を出しましたが、出力が一定ならピークを抑えた方が良い反面、太陽光発電のように発電できる「時間」がある程度限られる発電方法なら、むしろ発電量が多い昼間のうちにお風呂のお湯を沸かすようお風呂を沸かす時間を早める、という方法なども有ります。
実際にこれはFIT(固定価格買取制度)と呼ばれる、再生可能エネルギーでの発電を促進するために「再エネで発電したら高い固定価格で買い取ります」という制度が終わるとき(専門用語で卒FITと言います)に「自宅に付けた太陽光パネルを活用して自家消費する」ための工夫の1つとして知られています。
こうした変動出力の発電方法を活用する際には蓄電池・バッテリーを用意して「電気を貯めておく」といった方法や、お湯にして貯めておくなど「熱源として使う」ために電気以外の方法で貯めておく、といった方法なども大事になります。
参考:電気温水器をソーラー(太陽光発電)で使いたい方へ
また、風力発電や太陽光発電は本来「分散型発電」と言って、1箇所で集中して発電するより「各地に分けて」発電をしていった方が良いのですが、どうしてもメガソーラーのような「1箇所に集めて」発電する意識が残ってしまっている場合があり、長期的にはそうした電力供給の経路を変える発想も必要になります。電線などを電気が通る間にも無駄になってしまう部分である送電ロスを考えても分散させた方が良いんですけれどもね。
参考:分散型電源とは?メリットやデメリットについてわかりやすく解説!
残念ながら日本だと再生可能エネルギーの政策が歪になっている部分があり、例えば太陽光パネルなどを大々的に設置するために山を切り崩して土砂崩れを起こすとか、太陽光パネルの反射で「光害」つまり周辺の家々にとって「まぶしい」という光の公害を与えているとかいう事例もあり、決して良い印象を持っている人ばかりではありません。風力発電でも音(騒音)を気にするなどの例もありますし、野放図な計画の場合には土砂崩れの心配の声が挙がることもあります。もっと向く所はあるのに作るだけなら安上がりの所を選んでしまう、などの指摘をしておきましょう。こうした印象のある人は電力料金が高くなってきている中で、電力料金明細の中に「再エネ賦課金」という再エネ促進のためのお金が入っていることに違和感を持つ人も出るかもしれません。
参考:傾斜地の太陽光パネル落下、土砂崩れなどで多発…規制強化へ
参考:太陽光発電のトラブル ~反射光問題とは?〜
参考:風力発電、各地で住民「待った」 適地減り土砂崩れなど懸念 計画撤回も
これは本来、政策的に対処つまり如何にして環境や周囲への影響と再エネ促進とを両立するための規制を入れていくことが大事な部分です。闇雲に促進だけすれば良いとしてしまったら他への影響を考えずに暴走する事業者は出てきてしまいます。
また、かつての日本の再エネ政策の一部のように「設備だけ用意して補助金だけ貰い、実際には発電しないから規模の経済が働かずコストも下がっていかない」という事態は避ける必要があると言えます。
参考:太陽光発電の「未稼働案件」問題をクリアする、新たな対応が決定
この部分では風力発電や太陽光発電などを中心に話してきましたが、本来は地熱発電も日本はもう少し活用すべき点だろうと思います。日本は4つのプレートに囲まれた火山大国であることもあり、地熱の埋蔵量は2016年6月時点で世界第3位なのですが、その活用度合い(地熱での発電量)は世界第10位と言われています。
参考:世界の地熱発電
この背景には、地熱発電が可能な火山周辺における温泉業者との関係や、地熱発電が可能な火山周辺における国立公園などの問題があります。温泉業者からすれば地熱発電の設備が作られ稼働することで「温泉に悪影響が出る」という心配をした場合には易々と承認することはしないでしょうし、本来は地熱発電だとその地域の温泉業者にも恩恵がある形にならないとなかなか地熱発電の開発は進みません。地熱発電を入れる地域の理解は大事です。
参考:【インタビュー】「地熱開発を進めていくためには、地域との共生が何より大切」—小椋 伸幸氏(後編)
また、国立公園・国定公園・自然公園などがあると地熱発電の開発が出来なかったこともありました。そして、地熱発電は「旧来の技術だと」マグマだまりの近くにたまたまあった熱水が水蒸気などとして漏れ出てくるものなどを活用する形が多いため、地熱発電1基あたりの発電量が少なく、それが理由で「地熱は主要な電力源にはなり得ない」と説明する方もいます。地熱発電は火山周辺に配置されるため、温泉などでも問題になることがある(腐卵臭のする)硫化水素などの毒ガスが地熱発電から出ることも少なくなく、それを基に「地熱発電は環境に優しくないのではないか」と指摘する人もいます。
参考:地熱発電
しかし、国立公園などの問題は法改正などにより、地熱発電における規制緩和は進んできました。日本より潜在的な地熱埋蔵量の少ないケニアの地熱発電の中には日本の技術による支援で行われているものもあります。
参考:国立・国定公園と再生可能エネルギー
参考:地熱発電:国を支える自然エネルギー ケニア
また、「漏れ出る」のを待つのではなく、マグマ発電と呼ばれる、マグマだまりの近くまで掘ってしまって直接マグマ近くの高温な熱水を取り出してしまおうという開発も世界では始まっています。
参考:マグマ発電とは その大きな可能性と将来性について
また、エネルギー保存法としても地熱を応用した方法は開発が始まっていて、例えば圧入と言って水などをマグマだまりなどの近くに閉じ込めてしまうことにより、開けばそのまま勢いでタービンを回して発電できる状態にしておく、という方法があります。現在ではこの閉じ込めてしまうものを水の代わりに二酸化炭素でやってしまおうという研究も始まっています。実現すれば蓄エネの新たな方法として注目を集める可能性があります。
参考:「カーボンリサイクルCO2地熱発電技術」の開発に着手
地熱発電は本来、一旦軌道に乗れば安定した発電量が見込みやすい特性があり、出力不安定な発電方法を懸念する人からすれば本来は大事な発電方法です。こうした1箇所で集中して安定的に発電して各地に送配電する方法は、旧来の火力発電や原子力発電での在り方に近いものであり、その意味では既存の送配電網などを活用し易い意味でも大事な方法です。
再生可能エネルギーはここで触れた風力・太陽光・地熱以外にもありますが、これだけの可能性が有りながら、日本はその開発を充分に行えてこなかった部分があります。エネルギーの自給が仮に輸入する化石燃料やウランの価格変動に耐えるために大事であるとするなら、再生可能エネルギーの開発は本来大事なことです。
小川先生から伝えておきたいこと
──最後に、伝えておきたいことはありますか。
旧一電の会社の中でが、地域独占していた時の風潮が消えていないことがあるんですね。
九州電力が例にあたるのですが、他の電力会社にどういう顧客がいるかなどの情報を盗み見していました。こうした部分は旧一電の色々な会社に根強くあります。
参考:NHK
参考:不正閲覧、電力大手全10社で 再生エネ企業の情報
その在り方は、もともと地域独占だったという意識が抜けないからだと思います。
──と言いますと?
加えて電力自由化をする前に何が起きたか説明しておきましょう。電力会社は電力、ガス会社はガスを、それぞれ地域独占の会社にする代わりに、供給は安定させて行って下さいというルールがありました。ところが東日本大震災の前あたりからオール電化という技術が登場して、ガスを解約してオール電化にすることで光熱費が抑えられると紹介したんですね。次の絵は当時の中部電力が「オール電化」とはどういうものかを紹介したCMを基にその光熱費を抑えられるという概略を再現した図になります。
そうなるとガス会社は怒りますよね。中部電力からここでターゲットにされたのは、同じように地域独占を当時法的に認められていたその地域の都市ガスの会社、例えば東邦ガスなどに当たりますし、もちろんプロパンガスの会社だって波にのまれます。
但しこのころは、(現在主流のガスコンバインド発電のような高効率なガス発電がまだ充実していなく、)ガスの発電効率が悪かったこともあり、ガス会社が電力会社に対抗できるような状況では無かったため、電力会社がガス会社の領域に侵入してくるようになったんですね。
ただ、東日本大震災で福島第一原子力発電所が停止し、電力不足になり、節電する流れになり、そんな中でオール電化のCMをするのは良くないとクレームが入り、オール電化のCMがなくなりました。ガス会社からすると、ある意味電力会社から攻められて無理に「ガスによる発電」と謳ってきた状況でしたので、ガス会社もオール電化への対抗策は一時的に宣伝しなくなりました。
ガス会社だって何もしていなかったのかといえばそうではなく、例えば現在では温室効果ガスが出る水素供給法である「ブラウン水素」「グレー水素」と非難される天然ガスを利用した燃料電池の仕組みですが、そこでの水素を「天然ガスにより」供給しようとして燃料電池・水素エネルギーの開発を日本で伝統的に担ってきたのはガス会社である、という点も触れておく必要があります。
参考:グリーン、ブルーにターコイズ…7色で表す水素は何が違う?
──なるほど。
そんな状況のあとの2016年4月の電力自由化だったので、ガス会社がガスも電気も売りますと乗り出したんですね。ガスの自由化は2017年4月から行われたのですが、ガスの自由化と比べて1年早い影響として、こうしたガス会社等による電力産業への参入という(かつてのオール電化への)「対抗措置」という点も指摘できるかと思います。先ほど取り上げた東邦ガスなど当時の地域独占だった都市ガスの会社の多くももちろん参入しています。新電力には色々な所が参入していますが、自前で発電できる方法を持つ会社の参入は大事な点です。ガス会社はもちろんタンカーで運んでくるLNGを持っていますので、それを利用した高効率なガスコンバインド発電が可能となり、少しずつ浸透してきた部分も有ります。
参考:東邦ガスグループの電気
その後、2020年に発送電分離が法的に義務付けられ、旧一電にあたる大手電力会社は送電網を持つ会社を名義上独立させました。送電網まで東京電力などの旧一電が持つとなったら(新電力に圧倒的に不利にされかねなく)困るので、送電網を持つ会社を分けることとなりました。
ただ、その後に新電力が潰れていくようになって、地域独占に戻ろうとしているのが今の状況ですね。もちろん電力が供給されなくなる状況は困る訳ですが、昔と違って「安定供給義務」が入る代わりに地域独占を法的に認めるという形から変わった訳なので、旧来の「法的に地域独占が認められていた頃の」意識から変える必要は有ろうかと存じます。
また、近年の原発回帰の流れに関して触れておくとすれば、特にウランは遠方から輸入してくるには警備費用も高く付くため、近い所からの輸入も欠かせませんが、日本から1番近いウランの主要輸出国というとあのロシアになりますし(注:ロシアの生産能力は世界有数である一方、日本はロシアからの輸入比率が欧米に比べて少なく、オーストラリアやカナダなどからも輸入しています)、日本はまだ放射性廃棄物の最終処分場は(北海道寿都町のように候補地として名乗り出た瞬間に町が二分した、という例はあっても)まだ確定していません。原発に対して昔よく揶揄された「トイレの無いマンション」の状況は今も続いています。他にも福島第一原発の事故後、(行き場を失った)処理水は今も(スピードはともかく)増え続けているという点も触れる必要があります。
参考:原発燃料の脱ロシア難航 米、ウラン調達2割依存
参考:「核のごみ」に揺れる 地元の選択は
かといって、では石炭火力発電に再び頼るのか、という問題はあります。石炭火力はエネルギー当たりの二酸化炭素比率が高いだけでなく、煤煙などによる大気汚染など公害の問題もあります。実際に石炭火力発電所の新設には訴訟なども起きています。
参考:神戸の石炭火力発電を考える会
日本における再生可能エネルギーの開発の遅れは電力・ガスなどの光熱費関連だけに留まりません。例えば日本で主力な輸出品として知られているガソリン車は、将来的にドイツや中国大陸では販売禁止になることが知られています。ドイツのこの動きはEU全域に広がろうとしています。そうすると次世代の自動車が必要になる訳ですが、日本は電気自動車(EV)が必ずしも強くないこともあり、日本ではトヨタのミライなどの水素自動車をはじめ色々なものが提案されていますが、欧米では電気自動車が勝つだろうと言われています。水素の技術は大事な点もあるのですが、少なくとも弱い部分を抱えるという理由を確認しましょう。
参考:EU、ガソリン車の新車販売禁止 35年までに
現在、水素は天然で埋蔵されているものを使っているというよりは「他から水素を取り出している」という部分が強く、それが天然ガスから水素を取り出すとか、化石燃料を燃やした「火力発電のエネルギー」で水を電気分解するとかしてしまえば、結局は温室効果を招く訳で、二酸化炭素を回収する技術と組み合わせた「ブルー水素」とかの可能性も模索することになります。それを避けるには再生可能エネルギーで「発電して」水を電気分解する「グリーン水素」にする必要があります。水素にするのは1つ手間が増えるんですね。
──そうなんですね。
しかも水素は体積を減らす液体にし難い特性があり、物凄く低温にするか圧力調整が必要になります。理科・科学の実験等で使う液体窒素で大体-196℃と言われますが、水素を液体にするのには-253℃位まで下げる必要があり、その温度をどうキープするのかだけでなく、事故の危険性も0ではありません。水素は物凄く可燃性のあるガスです。かつて子ども用にイベント等で配付していた風船のガスを水素からヘリウムに変えたのもこうした影響からなのですが、気体のままだとガソリン車に比べて馬力はどうなんだ、という指摘が出ることもあります。
参考:トヨタ クルーガーハイブリッド のみんなの質問
液体にし難い点は運搬でも支障が出るため、窒素をくっつけて比較的液体にし易いアンモニアにしてから運び、運んで来たアンモニアから水素を取り出そうとか、アンモニアの形で燃やそうとか、色々な提案がなされています。しかし、アンモニアの原料として水素があることを思えば更に手間が掛かります。また、アンモニアを燃やすとくっつけた窒素の影響で大気汚染や酸性雨などの原因になる窒素酸化物(NOx)が出るのですが、現在だと完全に除去というよりは「窒素酸化物(NOx)のうち何割かを他に変換」する形で濃度を薄めて放出、という可能性が捨てきれません。理科の実験で危険性のある薬品として登場してきた硝酸は窒素酸化物の1つ、二酸化窒素を水に溶かしたもの、と言えば、その量が溜まっていくことはあまり良いことではない、ということは伝わるように思います。また、アンモニア自身が臭いの強く毒性のあるガスでもあり、例えば昔は冷蔵庫の触媒にアンモニアが使われていたが今はそうでは無くなったことを思えば、その取り扱いには(少なくとも事故防止等の)慎重になる必要もあると言えるでしょう。
これだけのことを考えると、近未来で再生可能エネルギーが直接発電・電力自給できてしまうことが見込めるようになれば、電気自動車の方が手間は少ない、ということになり得ます。化石燃料を輸入して電気を作っている国からすれば、直接燃やした方がという論にはなる訳ですし、エネルギー保存方法としての水素の重要性はあるのですが、いつまでもそうした方法を取れる訳でもありません。まず再生可能エネルギーの開発の遅れは様々な方面へ影響しうる、ということを認識して進める必要があります。
短期の策として現状のものに頼らざるを得ない面は有ろうかと存じますが、目先だけではない対処策が求められる、という部分もまた有ろうかと存じます。
──なるほど。再生可能エネルギーの開発について、目先だけではない対処策が必要なんですね。
電力自由化や電気代高騰の背景について学ぶことができました。小川健先生、お忙しい中ありがとうございました。