
SDGs 大学プロジェクト × Shizuoka University of Art and Culture.
今、社会で注目されているSDGs。
その一環として、学生と教職員が一丸となってフェアトレードに取り組んでいる大学があります。
今回は、静岡文化芸術大学の文化政策学部国際文化学科で
持続可能な社会論・フェアトレード論などを担当されている武田淳先生に、お話を伺いました。
目次
静岡文化芸術大学の紹介


静岡文化芸術大学(SUAC)は、2000年に静岡県と浜松市、地元産業界が運営する「公設民営方式」の私立大学として開学。2010年4月に静岡県が設立する公立大学へと移行しました。
文化政策学部・デザイン学部の2学部からなり、学生たちは学部・学科の枠を越え、それぞれの専門分野を深めながら共に学びます。幅広い教養と独創的な感性を育むカリキュラムを学びの基礎とし、新しい価値や文化を創造する力を育みます。
文化政策学部では、「国際文化学科」「文化政策学科」「芸術文化学科」の3つの学科を設け、社会と文化の関わりを専門的に学びます。豊かな感受性と文化の創造・発展に必要な知識と、新たな時代を切り拓く力を身につけていきます。
「デザイン学科」の1学科で構成されるデザイン学部は、デザインによって誰もが快適に生活できる環境を提案することを目指し、実践的な知識を身につけます。「デザイン」を多角的に理解したうえで、より良いデザインの提案やそのためのスキルを習得し、社会の変化に対応できる柔軟なデザイン思考力を養っています。
座学と実践を行き来しながら「知と実践の力」を鍛えていくのがSUACでの学び。産官学民との協働をはじめとして、学生自らが課題を立てて取り組む活動など、学内にとどまらない活動のフィールドが充実しています。
フェアトレードに取り組まれたきっかけ

–大学としてフェアトレードに取り組まれたきっかけは?
本学にはもともと、フェアトレード活動を行う「りとるあーす」という学生団体があります。本学で国際協力の専門家である下澤嶽教授が2011年に立ち上げた、開発途上国が抱える問題を学ぶ団体で、身近な国際協力の切り口として活動の柱になっていたのがフェアトレードでした。
地域の企業と協力してフェアトレード商品の開発や販売を行ったり、浜松市との連携によってフェアトレードショップの情報をまとめたマップを作成したりするなど、地道な活動を着実に進めてまいりました。
これらの実績を重ねる中で、その取り組みが大学全体に波及し、2018年2月において、国内において初めての試みとして、本学がフェアトレード大学として認定されるに至りました。
大学におけるフェアトレードの実践
この章では、静岡文化芸術大学のフェアトレード活動について、詳しく紹介しています。
フェアトレード大学としての活動

–フェアトレード大学は大変珍しいと思うのですが、詳しく教えていただけますか?
フェアトレード大学とは、フェアトレード商品にフェアトレードラベルを貼るように、フェアトレード活動に熱心な大学を認定するという制度です。これは日本独自の制度ではなく、全世界で認定されている制度で、欧米を中心に170余りの大学がフェアトレード大学に認定されています。
日本では2014年に制度化され、本学が第1号目の大学になりました。「一般社団法人日本フェアトレード・フォーラム」がその認定を行っています。フェアトレード大学は一度認定されると永久的に認められるわけではなく、3年に1度更新の審査があります。認定と更新の審査基準には、以下のとおり5つの項目があります。
- 基準1 フェアトレードの普及を図る学生団体が存在する。
- 基準2 フェアトレードの普及活動、並びにフェアトレードに関する研究・教育活動がキャンパス内外で行われている。
- 基準3 大学当局がフェアトレード産品を購入し使用している。
- 基準4 複数のフェアトレード産品がキャンパス内で購入可能となっている。
- 基準5 フェアトレードの理念を支持し、その普及をうたったフェアトレード大学憲章を策定し、FT普及学生団体、学生自治会(ないし学友会などそれに準ずる組織)、大学当局の三者が同憲章に賛同している。
本学ではこれらの基準項目を強化するため、国際協力への理解を一層深める取り組みを進めています。その一環として、フェアトレードに特化した「フェアトレード論」という授業を新たに開講しました。これにより、学生が持続可能な国際協力の重要性を学び、その実践に向けた考えを深めていく機会を提供しています。
また、大学全体での取り組みとして、卒業証書のフォルダや教職員の名刺には、フェアトレードペーパーを使用しています。これにより、私たちの環境への配慮と共に、国際的な社会貢献の一環としてフェアトレード商品を広く紹介しています。
さらに、大学内でのフェアトレード商品の提供にも注力しており、大学生協との協力を得て、学内の売店においてフェアトレード商品や関連書籍の販売を行っています。売店は、学内の方も利用が可能です。これにより、学内関係者だけでなく地域の皆様にも、持続可能な消費の選択肢に触れる機会を提供しています。


また、大学学生委員のメンバーは、食品ロス削減への取り組みとして、「フードロスカフェ」という取り組みを開始し、余剰となったフェアトレードコーヒーの提供を行っています。
こうした取り組みを通じて、私たちは認定を受けた後も、高い基準に沿った活動を継続していくための体制整備を進めています。
–フェアトレード大学として、様々な活動をされていたのですね。
単に教職員が学生たちとフェアトレード活動をするだけなら、自分たちの裁量で行えばいいのですが、フェアトレード大学に認定されるとなると、5つの基準を満たさなければならないので、その条件に合わせながら活動を展開していくことになります。
–そうなると、ただのサークルとしてではなく、大学を背負って活動することになるのですね。
その通りです。私たちのサークルは、ただの一つのサークルに過ぎませんが、その存在が大学全体のフェアトレード活動の象徴となっています。実際、このサークルが存在しなければ、大学自体がフェアトレード大学としての特質を持たなくなると言えます。
要するに、我々のサークルは、大学全体のフェアトレード大学の看板を背負っている存在なのです。こうした背景から、学生たちはある程度の責任とプレッシャーを感じることもありますが、その一方で、この特別な看板を背負っていることで、多くの人々が我々のサークルに興味を持ち、参加してくれるようになりました。
初めは、国際協力に興味を持つ学生たちが中心でしたが、今ではこれまで縁のなかったデザイン学部の学生たちも参加し、商品パッケージのデザインなどに貢献しています。なかには、デザインの視点からフェアトレード活動に携わりたいと考える学生がおり、実際にそのためにこの大学を選択したという例もあります。
こうした学生のデザインを活用し、フェアトレードコットンバッグなどが制作され、ノベルティグッズとして提供されています。このように多様な学部・学科の学生たちがプロジェクトに参加するようになり、サークル全体が非常に活気づいています。
–フェアトレード大学に認定されたことで、より意識の高い学生が集まるようになったのですね。
そうですね。SDGsやフェアトレードというワードは浸透していて、高校の教科書にも登場するなど、かなりの学生はフェアトレードという言葉を知っています。
それによって、ただ単に大学で学ぶだけではなくて、実践を伴った経験をしたいというニーズが、学生たちの間で高まっていますのでサークル活動をして、実践の場があるというのは、学生たちにも響くところがあるのかもしれません。
具体的な活動内容と学生たちの変化


–実際の活動頻度はどのくらいですか?
「りとるあーす」は週に1回の活動を行っていますが、フェアトレード大学としての認定を受けた後は、様々な活動団体が増加し、大学全体で多様な活動が展開されている印象を受けています。その中には、地元の企業との連携を通じて、教員同士が協力して新たなフェアトレード商品を開発するプロジェクトがあり、学生たちも積極的に参加しています。また、企業と協力して製品開発を行い、商品を販売するという企業とのコラボレーション事例もあります。具体的には、うなぎパイを製造している地元企業との協業により、フェアトレードチョコレートを販売する活動も行われました。
–実際の活動によって、学生の変化はありましたか?
商品開発は、普段全く異なる分野を学ぶ学生たちにとって、フェアトレード活動を通じて学びが統合される機会になりました。自らの学びの実用性を実感できるようになったことが最も顕著な変化です。


–学びが直接実践に結びつく機会を提供しているのですね。その実践について、具体的なお話を聞かせていただけませんか?
ここ数年、私たちはコーヒーチェリーからお茶を作るプロジェクトを展開してきました。コーヒーの原料となるコーヒー豆は、果物の種にあたりますが、その周辺にある果肉であるコーヒーチェリーは、実は食べることができるものです。それにもかかわらず、これまでにその部分は廃棄物として取り扱われてきました。
このような状況から、コスタリカのコーヒー生産者から、このコーヒーチェリーをどのようにして商品化できるかのアイデアを求められました。地球温暖化の影響により、地域の収穫量が減少し、生産者の収入も低下している状況です。そのため、コーヒーの種以外の部分を有効活用できる方法を模索し、本学でプロジェクトとして取り組むことになりました。
プロジェクトによってコーヒーチェリーから作ったお茶が開発され、今も商品は静岡県内で販売されています。この時にさまざまな学生がプロジェクトに参加しました。国際系で語学に長けた学生が現地との交渉を担当し、経営学を学ぶ学生が地元企業と連携し、コーヒーチェリーからお茶への加工プロセスを支援しました。また、デザインを専攻する学生は商品パッケージのデザインを担当しました。
国際系の学生たちだけではできなかったようなことに、他の学部学科の学生が協力してくれることで、一つの商品という形になり、これが学生たちにとって大きな刺激になりました。自分だけでは達成できないことが、チームとしての協力を通じて実現されることで、学生たちの成長と学びが促されました。
武田准教授の考えるフェアトレードとは
–大学での学びが実際に役に立つことを実感できる機会があるのは素晴らしいことですね。学ぶ意欲も高まるし、それがよりフェアトレードを推進していく力になり、良い相乗効果になるのではないでしょうか。
確かに、一般的に大学で学ぶ内容は、実際の現場との関連が少ない場合が多いですよね。文化や社会に関する知識を得ても、それが直接的に収益を生み出す方法ではないことや、社会との連携を構築するのが難しい側面もあります。
特に文系の分野においては、学んだことが実生活でどのように役立つのか理解しづらいと感じる学生も多いでしょう。そのため、学習の意欲を引き出すためには、学んだ知識がどのように実用的であるかを視覚的に示す機会を提供することが大切です。こうした観点から、実践活動が意義深い役割を果たすと考えています。
–フィールドワークで実践ができる、そういう大学が全国に増えたらいいですね。
私もまったく同じ思いを抱いています。私自身、大学院を修了後に一般企業に就職し、国際協力の現場で実務経験を積んだ後、30歳を過ぎて再び大学に入学しましたが、一度現場に出たという実務経験が教育や研究に役立っています。
現場で求められるのは単なる知識だけでなく、その知識をどのように実際の現場に適用していくかという能力です。たとえば、ある地域の貧困を解決しようとする場合、その地域の人々に対して単に理由を説明するだけでは十分ではありません。むしろ、自身の知識をどのように活かし、具体的な行動を通じて助けていくかが問われることになります。
こうした「相手に合わせて知識を実践に転換する能力」は、文系の分野では、これまであまり意識されてこなかったように思います。そのため、文系は実用性が低いとの印象が持たれることもあるかもしれません。実践と学問を結びつけやすいフェアトレードは、このようなイメージを変えるのに有用であると思います。

–フェアトレード論の授業では、具体的にどのような内容を取り扱っているのでしょうか?
フェアトレードを通じて世界の課題に向き合うことを目指す授業です。
フェアトレードは社会運動の一環として位置づけられます。社会運動は、その時代に「不足」している社会課題を埋めようと出現するものです。
例えば、開発途上国の生産者には、十分な所得、教育、安全な労働環境などが「不足」している状態がありました。このような問題の解消を、「フェア」という言葉を用いて目指してきたのがフェアトレードです。
しかし、フェアトレードが提唱する「フェア」という概念も、時代とともに変遷しています。かつては、発展途上国の貧困削減を促すツールと見られていましたが、現在は環境保護や紛争解決など、様々な側面での役割を果たすようになっています。
また、近年では、先進国内の課題を解決するためにフェアトレードが使われはじめるなど、その射程も広がっています。このように、「フェア」が何を指してきたのか、という点に着目すると、世界の課題がどのように変化してきたのかが見えてきます。
–「フェア」という言葉は日本語で「公平性」と訳されますが、その意味は人や時代によって異なり、複雑な側面を持っています。それについても授業内で共に考えるのでしょうか。
そうです。私の授業では、単に知識を一方的に伝えるのではなく、学生たち自身に考える機会を提供することに重きを置いています。
講義というよりもワークショップのようなスタイルを取っており、毎回私から問いかけを行い、その答えを学生たちに考えてもらうという形で授業をしています。
学生たちにまず考えてもらって、学生たちが出した答えが、例えば国際教育の現場ではどのように語られてきたのか、あるいは、学問上でそれがどのように研究されてきたのか、ということを後からかぶせるように解説を加えるという授業スタイルをとっています。
高校生へのメッセージ

–自分で考えて答えを出すと、記憶にも残りやすいと感じますね。大学選びを控えた高校生が、今のうちからできること、簡単に取り組めることがあればお伺いできますか?
まず、大学選びを前にする高校生に対して、フェアトレードとは単なる問題解決の手段に過ぎないという視点を持つことが大切です。
例えば、発展途上国の貧困を減少させるためには、青年海外協力隊への参加や寄付募集など、多様なアプローチが存在します。こうした中の一つがフェアトレードであるという理解が必要です。フェアトレードは目的ではなく、手段だということです。
どこにいる、誰の、どんな課題を解決したいのか、ということに敏感になってほしい、それが高校生に伝えたいことです。それが見えたときに初めて、どういう手段をとるべきかなど、いろいろなものが見えてくるはずです。
フェアトレードに興味を持つことは非常に素晴らしいことですが、フェアトレードは単なる手段であることを忘れずに。フェアトレードを通じて、何を成し遂げたいのか、その先の目標を見つめることが、大学選びにおいて有益なヒントになると思います。
–高校生へのメッセージをいただけますか?
世界で起こる課題を理解し、その解決に向けて主体的に行動することが重要です。フェアトレードは、研究と実践を結びつける手段です。大学での学びを社会課題の解決に活かしたい皆さん、ぜひ力を貸してください。
今後の展望について
–大学における、フェアトレード活動の今後の展望についてお伺いできますか?
コーヒーのプロジェクトでは、新型コロナウイルスの流行がなければ学生たちを現地に連れていく予定でした。実際にコーヒーチェリーの果肉がどれだけ出ているのか、現場ではそれをどのように加工しようとしているのかなど、いろいろリサーチをしたうえで、我々として何ができるかを一緒に考えようとしていたのです。しかし、それが叶わなかったので、コロナ禍ではオンラインで現地の生産者とミーティングを行い、原料を送ってもらって、それをもとに商品開発をする、ということをやっていました。
今後挑戦したいことは、学生たちに現地の状況を見せることです。発展途上国というと一般的に貧困という印象がありますが、同時に急速な成長も特徴です。私も20年以上にわたり発展途上国と関わってきましたが、20年前に見た光景は既に存在しないほど変化しています。
社会の様相は逐次変遷し、携帯電話の普及も進み、電気やガスの利用も拡大しています。そんな中で、今この瞬間にしか見られない風景が、発展途上国には溢れていますので、学生たちには、いつか行きたいというのではなく、ぜひ今の風景を見てほしいと思っています。
–新たなフェアトレード活動のプロジェクトとして、何か動きはありますか?
フェアトレードはチョコレートやコーヒーなどの食品としてのイメージが強いかもしれませんが、実際にはその範囲が広がりつつあり、今ではフェアトレードコスメも多く出回っています。
特に女子学生が多い本学では、自分たちでバスボムや石鹸といったフェアトレードコスメを手作りしようという新しい試みが進行中です。
このように、フェアトレードは食品だけにとどまらず、広範な分野に展開していることを知っていただきたいです。また、今後の展開においては、生産地との直接的なつながりを強化することに力を注ぐ考えです。