
SDGs 大学プロジェクト × Tokyo Kasei Univ.
目次
東京家政大学の紹介


東京家政大学は、建学の精神である自主自律に基づき、変わりゆく社会の中でも臨機応変に活躍し続けられる女性を育成することを目指す、今年創立142周年を迎えた歴史ある大学です。6学部13学科、大学院7専攻、短期大学部2科を持つ総合女子大学で、板橋と狭山に、緑豊かで多様な施設を揃えたキャンパスを持っています。
生活信条「愛情・勤勉・聡明」は、本学に学ぶ学生の指針となっており、将来ビジョンとして「ひとの生(Life)を支える学」の構築をテーマに、教育・研究する大学として高い専門性としなやかな人間性を兼ね備えた社会に有為な人材育成を目指しています。
児童・保育から看護・リハビリテーション学まで「ひとの生(Life)を支える学」として、広範に包括する各分野が存在し、心理学、栄養学、福祉、環境など女性の充実した人生に欠かせない分野や、造形表現や服飾美術、英語コミュニケーションなど人生を豊かで文化的なものにする専門分野がそろっています。人の生〈Life〉を支えることを使命とした学問をあらゆる専門性で学び、共通教育・基礎教養では、語学力+情報活用力+人間力を磨いています。
東京家政大学は、多彩な専門分野を学び、生涯にわたる女性の生き方をサポートする場所として、自分自身の未来を描く学生たちを育成しています。
SDGsに取り組むことになったきっかけ
— SDGsに取り組む、あるいは意識されることになったきっかけをお聞かせいただけますか。
本学は創立から約140年の歴史をもつ、日本で最も古い女子大学のひとつです。私が在籍する「家政学部 環境教育学科」も長い間存在しており、1997年学科改組により「環境情報学科」という名で始まりましたが、その後2009年に「環境教育学科」に改称しました。2024年4月には「環境共生学科」という名称に変更される予定です。
「SDGs」は多くの方がすでにご存知の重要な概念となってきましたが、その前段として、2015年からはESD(Education for Sustainable Development:持続可能な開発のための教育)が推進されていました。それよりさらに前の2005年から2014年の間は、DESD(Decade of Education for Sustainable Development:持続可能な開発のための教育10年間)のプレ期間でした。
本学はその頃から「これからは環境でも環境情報でもなく、環境教育が主流になるだろう」と考え、先駆けて取り組んできたため、SDGsが提唱された際には、自然な流れでSDGsへの取り組みを行うことになりました。
私が本学に着任したのは、東日本大震災が起こった2011年です。その年は入学式もままならない中で新学期が始まったのですが、環境教育学科の先生として働いていた私にとって、「これをきっかけにSDGsに取り組んだ」という特定のイベントはなく、私自身も自然な流れで取り組んできたというのが正直なところです。
— DESDやESDが提唱された頃から本格的に取り組まれていたことは、極めて先進的だったのではないかと思います。当時、取り組みを始めようと決意されたのは学長さまですか?
そうですね。恐らく、本学の学長、理事会、そして経営陣の方です。当時、私は着任前でしたが、学科関係者からも環境情報から環境教育への変更は良い方向性だと考えて進めていたと聞いています。
環境教育学科では、中学校・高等学校の理科の教諭免許を取得することができます。現在に至るまで、自然科学をベースにして、ただ知識を蓄積するだけではなく、社会に役立てることを大切にしています。つまり、研究にただ没頭するのではなく、学生たちが自分自身の学びを深め、その知識を社会や企業、人間社会の暮らしへ応用・転用していくことを目指しています。
SDGsに対してどのような取り組みを行っていますか?
–SDGsの提唱が直接のきっかけではなかったとは思いますが、改めて、SDGsに対して行っている取り組みについてご紹介いただけますでしょうか?
上手くお伝えできるか甚だ不安ですが…SDGsが掲げている「飢餓をなくそう」や「ジェンダー平等」「海の豊かさを守ろう」といった各目標は、どれも悪いことは一つも言っていないんですよね。
「電気をこまめに消そうね」や「世界に困ってる子がいるから、みんなのお小遣いを少し寄付しよう」と伝えることは、未就学児や小学生などの小さな子どもたちにとっては良いスタートになると考えています。
ただ、大学が組織として取り組むべき「社会へのシステム作り」や「社会で活躍する人材の育成・輩出」の観点では、単に「電気を節約したり寄付をしたりすればいい」と言うだけでは十分ではないはずです。
飢餓の問題一つにしても、経済学や地政学、地球の気候などについての知識が必要です。これらを理解したうえで何かを実現する力がなければ、根本の解決には至りません。エネルギーに関しても、節電の意識だけでは解決できない側面があります。発電方法や燃料の供給源、送電線による電力のロスなど、さまざまな要素が絡み合っています。これらを理解した大人が育たなければ、表面的な取り組みになってしまうんです。
最近あまり見かけませんが、実はESDには、SDGsにも共通する「求めたい力」「能力態度」が明確に示されていて、これを学生に伝えています。社会に出てからも、職場やその周囲、または先生になった人々が次世代に向けて「本当は『電気を消そうね』ということだけではないんだよ」と伝えられる能力を身につけることにも注力しているんです。
話が少し逸れますが、例えば、小中学校の黒板の上に「いじめのないクラス」「明るいクラス」などの学級目標を掲示することはよくありますよね。しかし、先生が子どもたちに「いじめはだめだよ」と言うだけでいじめがなくなるとは、少し考えにくいです。いじめのない学校を目指すためには、先生の丁寧な学習指導や、登下校から家庭の様子まですべてが関係しているということは、想像しやすいのではないでしょうか。
ESDとSDGsもそのような関係になっていて、ESDが発表された時、ほとんどの人は内容や実行方法がよくわからなかったかもしれません。後からSDGsで17のゴールが示され、今はそれが一人歩きを始めたのではないかと、私は捉えています。ESDからも目を背けず、「ESDが示す視点や能力・態度が身に付けば、どの社会課題も理解して対応できますよね」というスタンスで進んでいきたいと思っています。
–大学は高等学校までの教育機関とは違い、自分はどうありたいのかを自分で考えることができる人間を育てる場所の一つだと思います。周りの状況に流されず、電気の節約や寄付活動といった行動の ”本質” をとらえることができる学生の育成について、まさしく仰るとおりだと感じました。
学生が主体となっている事例について
–学生が主体的になっている、あるいは能動的に行動を起こしている事例をおうかがいできますか?
本学は、キャンパス内の樹木数をホームページに載せているくらい広大なキャンパスを持っています。
樹木や芝生の手入れは大変ですが、樹木の種類や草花の開花時期を追えば、年々暑さが増していることもわかります。最近は、「これらの自然と附属幼稚園の子が親しんだり学ぶことができるようにしたい」という考えから、二次元バーコードなどのデータ技術を活用してキャンパス内で自然学習ができるようにするプロジェクトを、学内の後援会が用意している基金に採択いただき、学生達が進めました。
キャンパス内の樹木数って?:2023年8月1日時点の樹木数…板橋キャンパス:3,306本、狭山キャンパス:21,486本

ほかにも、フィールドワークの科目では、神奈川県の相模原市で「不耕起農法」を実践している方が長年協力してくださっています。学生たちはそこで田植え(手植え)、草取り、稲刈り(手刈り)の3回だけですが、作業させていただいています。
そもそも、同じ場所に3回行くことってなかなかありませんよね。しかし、同じ場所に3回行くだけでも、前回訪れた時からの変化や、電車を降りた時の空気の違いを感じることができます。自分が植えた稲の成長や、それに拮抗してくる植物の生え方、そこに生息する昆虫や鳥、季節ごとの移り変わりなどの成長サイクルにも気づくことができます。そして、これらが東京へ運ばれるまでにかかるコストや、茶碗一杯になるまでの価格など…そのようなことまで考えるようになります。
このようなことは、大学の中でプレゼンテーションを聞くだけでは理解しにくいかもしれません。実際に学生たちに手を動かしてもらうことで、理解を深めることができていると思います。このフィールドワークは私が着任した時にはすでに動いていたので、10年以上取り組まれている活動ですね。

このほかにも、さまざまな学科の学生が主体となり、企業と連携してリターナブルびんを展開しています。学内で販売されているびん飲料はキャップをし直して再度使用できる仕組みになっており、「ペットボトルゴミを出さないようにしよう」という思いが込められています。
また、購入者の数やリフィル(詰め替え)回数を測定し、経済的な効果や廃棄物の削減にどれだけ寄与できたかを確認しています。本学は1学年に約1,500人から1,600人の学生がいるため、多くの人がキャンパスで飲食し、ゴミを出しています。この取り組みが、学内での環境への意識を見直す機会にもなっているようです。


最後に、本学の敷地は板橋区と北区にまたがっています。どちらの区の環境課にも環境科学学習用の施設があるんです。本学の学生は、大学と区の施設の双方で学ぶことができ、得た知識を組み合わせて、実際に公募された市民の方向けの環境学習講座の実施・運営も行っています。
学生からは、他の人に教えるには自分が十分に理解していなければ伝えることができないため、教えることが自分自身の勉強になるという話を聞いています。また、学生たちが他の自治体の施設で市民の方に教えることで、大学の講義だけでは得られない反応や学びがあるようです。学生主体で実現させることは難しいかもしれませんが、このような学科指導も行っています。
–なるほど。ありがとうございます。学生の中におけるSDGsの認知度はどの程度だと感じられてますか?
家政学部でのSDGsの認知度は、もちろん100パーセントだと思います。どのような授業でも、ほとんどの先生がSDGsについて言及していると思いますから。家政学部の主眼は、自分の心や社会の豊かさを追求し、守り、高めることにあります。例えば布や洗剤の使用、造形作品の処分なども関わってくるため、家政学部の学生はほとんどがSDGsについて知識を持っているはずです。
本学は総務でもSDGsに関連したポスターを貼ったり、家政学部の学生が自らの活動を周知するのためのポスターを貼ったりしています。大学全体としても、SDGsを知らない学生は5パーセント程度ではないでしょうか、ほぼすべての学生が知っていると思います。
SDGsに向けた取り組みを通じて学生が得られるメリットとは
–先ほどお話しいただいたような、SDGsに向けた様々な取り組みを通じて学生の方々が得られるメリットを教えていただいてもよろしいでしょうか?
まず、本学は資格をとるための専門学校が前身だったこともあり、保育士や栄養士といった職業が主要な就職先として挙げられますが、家政学部の学生の就職先は多岐にわたります。これによって、学部の団結感が出にくいとも考えられていました。
しかし、SDGsやESDへの取り組みによって身につけた能力は、どのような会社や職種、業態においても活かせる大事なものです。家政学部の学生たちも、この能力は互いの共通点であると捉えてくれています。結果として、これが学部全体での共通の価値観やメリットになっていますね。
また、講義室で授業を聞くだけでなく、学生自らが地域や経済・社会に主体的に関わり、アクティブラーニングのように学べることが、もう一つのメリットではないかと思っています。実際に社会に出てからの職種や業種は多様ですが、身につけた能力は共通して活かせるという点は大きなメリットとなるでしょう。
— 「SDGs」というキーワードを組み込むことによる学生の行動の変化やモチベーションの向上、あるいは何か新しい取り組みへのきっかけになることはありますか?
私の印象ですが、就活の現場において企業の方々との面接の際、「家政大学の環境教育学科では何を学んでいるの?」と質問されることがあるようです。その際、学生は「SDGsって知ってますよね」というふうに環境に関する話題から入ると、採用側の方々も興味を示されることが多いようです。
学部の先生方も、例えば貝殻から吸着剤を作るなど、さまざまな珍しい卒業研究を行っています。先生の専門分野はそれぞれ異なりますが、SDGsを意識している方は多いです。その結果、「SDGs」が採用担当者と学生の間で共通の話題となり、接着剤のような役割を果たしていると感じています。どの業種や業態に進んでもSDGsは共通のキーワードとなっており、学生たちもそれを意識していると思っています。
今後の展望について
–最後に、今後の展望についてお尋ねさせてください。
学生たちがSDGsを意識することはもちろんなのですが、本質的には、ESDで提示されている「7つの能力・態度」を学生たちに身に付けてほしいと思っています。その力を活かして、相手や社会がSDGsをどのくらい理解しているのかを見極め、適切な対応をとってほしいです。相手に合わせてコミュニケーションを図り、環境を良くし、持続可能な社会を実現するために行動できるような底力を持つ学生を育て、輩出することが、重要な使命だと感じています。
少なくとも家政学部の学生たちには、SDGsの17の目標だけを知っていれば十分、とは言えません。ESDの「7つの能力・態度」が身に付くようなカリキュラムや課外活動を組み合わせ、地域への貢献などを含めた機会を提供しています。しかしさらに重要なのは、学生を育て、輩出し続けることです。
時間はかかるかもしれませんが、日本が世界に対して遅れを取っている現状を打破し、世界のトップクラスの考え方に追いついていけるよう、未来を見据え、しっかりとした教育を提供し、学生たちの成長を支援し続けることが重要だと考えています。
— 目指す人物像を作るためにいろいろと試行錯誤されてらっしゃるのではないかと思うのですが、試行錯誤をするにあたって、大事にしている考え方や意識していることがあれば、教えていただけますか?
まず、ESD・SDGsに至るまでの歴史的な経緯を伝える必要があります。かつては「子どもが野原で駆け回ってればいい」というような考え方でしたが、大きな変革が起き、ESDの考え方が明確になり、「6つの視点」と「7つの能力・態度」が提唱されています。小中高校生にはまだ伝えないことが多いですが、大学生にはまずこの内容を見せています。
これにはルーブリック的な意味もあるなと思っています。ただ闇雲に「ちょっと走ってきて」「数学と地学のペーパーテストをするぞ」といった目標の明確化がない方法よりも、具体的な「7つの能力・態度」という到達目標を見せることで、自分がどこまで進められるかを見直し、自覚を持つ必要があると考えています。
また、ひとつの学科のカリキュラムでは、どうしてもSDGsの17の目標すべてを網羅することはできないため、それらをいくつかのブロックに分けています。先生一人ひとりがそれぞれのブロックを念頭において、実験や講義を通じて社会で活かせる実践能力や報告能力を身に付けてもらうことを想定したカリキュラムを作っています。
私は、「7つの能力・態度」の1番目に据えられている「批判的に考える力」、つまり「クリティカルシンキング」ができることが非常に重要だと考えています。そして私自身も正しいことを伝えるために、クリティカルシンキングの研究にも着手しています。
研究による詳細な思考プロセスは教育者側が把握し整理しておき、学生へは実動して体得してもらうよう、工夫が必要です。授業では、まずは学生に1人で考える時間を与え、次に隣の人と2人で意見交換をして合意形成させます。その後は6人班で合意形成し、そのプロセスなどをクラスへ共有する機会を設けています。その際も班ごとにタイムキーパーがいたり、「今の発言はただの批判なのでだめです」「根拠を入れてもう一度説明して」と言うレフリーのような仕組みも取り入れてもらい、考えをよく練ることを促し、早々にノリで決めることは避けるようにと伝えています。
「クリティカルシンキングの獲得」については、共同研究者がじっくりと取り組んでおり、学生のタイプによっては、最初に読み書きそろばんが効果的な場合もあります。読み書きそろばんを取り入れた後に考える時間を与えるケースもあり、その指標も生まれつつありますので、心理学の先生とも共同研究をしながら、より効果的な教育方法を試行しているところです。
私はもともとはウニの行動学が専門で、博士論文はウニの行動に関するものなんです。当時、「歌う生物学」で有名な本川達雄先生がウニの本を書くということで、それを手伝ったこともありました。
最近ではNewtonからオファーがあり、昨今よく耳にする「バイアス」と呼ばれる、いわば「人の無意識の思い込み」に関する記事の監修もしています。思い込みがあることによって人間社会の問題や集団心理が生まれると考えられています。一緒に監修した池田まさみ先生、森津太子先生、高比良美詠子先生は、以前からクリティカルシンキングの領域で長く一緒に研究している仲間です。
話を戻すと、「宮本は心理学者なの?」と思われてしまうかもしれないのですが、ESDの「7つの能力・態度」の1番目に据えられているのは「批判的に考える力」であり、「バイアス」を研究することで、ESD研究・理解も進むものと考えています。
自分の下ごしらえとして、社会心理学や認知心理学を研究しています。学術的な側面から人が一生のうちに獲得する思考プロセスを抑えた上で、相手に対して、頭ごなしではない授業進行を行うよう心がけています。
学生に対する指導方法については一言で語り尽くせない部分もありますが、SDGsだけでなく、ESDについても多くの学生と対話しながら考え、微力ながら日々取り組んでいるところです。