
SDGs 大学プロジェクト × Nagasaki Univ.
目次
長崎大学の紹介

長崎大学は、1857年にオランダ人医師ポンペ・ファン・メールデルフォールトにより行われた日本初の医学伝習を創基とし、戦争被爆による壊滅の体験を経て、1949年各種専門教育機関を糾合し、5学部1研究所から構成される新制大学として構築されました。現在は10学部8研究科(学環含む)を有する総合大学に発展しています。
第4期中期計画・中期目標において「プラネタリーヘルスの実現」への貢献を大学の最重要項目と位置づけ、人類と地球の抱える多様で相互に連関する問題群の解決に向け、学際的にその知を結集・創造し、国内外の諸機関等との連携をはかりつつ、世界的“プラネタリーヘルス”教育研究拠点となるべく活動しています。
人間の健康は地球の健康であるということ
–プラネタリーヘルスとはどのような考え方でしょうか?
プラネタリーヘルスは元々2015年に発表された論文で打ち出された、地球と人間の健康の相互依存性を踏まえる重要な概念です。
基本は人間の健康と地球の健康と両方の健康を一緒に考えていくということで、二つの健康は別々に存在するのではなく、お互いに依存し合っていて、地球が健康でないと人間も健康でないし、今人間が健康なことをやっていかないと地球が壊れてしまう、そういうお互いの深い相互依存の仕方をよく考え、賢いやり方をしましょうというのがプラネタリーヘルスだと認識しています。
–長崎大学で取り組むことになったのは何かきっかけがあったのですか?
2020年1月に当時の学長であった河野先生が宣言された鶴の一言が直接的なきっかけですが、大学全体として取り組むべきものと考えた場合に、長崎大学は医学部が感染症などの研究でよく知られています。
河野先生ご自身も人の健康などの研究をやっておられた方なのですが、大学全体を学長として考えたときに、多様な専門性を持つ各組織の方向性をまとめていくという中で、今地球の健康を考えるといろんな複雑な問題があり、一つの学部や一つの研究科だけでやっているのでは多岐の分野にわたる複雑な問題の解決が困難であるので、地球の健康、プラネタリーヘルスを全学で力を合わせてやろうということになりました。
研究者は長く同じ研究を続ける人が多いのですが、プラネタリーヘルスは学部を問わず広くカバーができ、全学で取り組むテーマにも向いており、たくさんの先生に参入いただける分野かなと思っています。
SDGsとの違い
–なぜSDGsではなく、プラネタリーヘルスに挑戦するのでしょうか?
SDGsというのは過程における手段であって、最後のゴールがプラネタリーヘルスなのではないかと考えています。
そのゴールにたどり着く中にも実はいろいろな相互作用があります。SDGsの一つ一つのゴールを見ると結構トレードオフになることもあるのですが、私達は大学としてアカデミックにそういった複雑な問題にもちゃんと目を向け、本当のゴールを追求しないと本当の解決策を見出すことができません。
そのため大学としてはSDGsという言葉ではなく、広い視野を併せ持ったプラネタリーヘルスという言葉を掲げています。
みんなが幸せに暮らせることや多様性は大事で、言葉も人種も違う人達がこの地球の上で暮らすためには地球自身の健康が必要で、それをみんなで堅苦しくなく考えられたらいいなと思っていて、そこがSDGsとプラネタリーヘルスとの違いかもしれないですね。
長崎大学としての取り組み
この章では、長崎大学における社会への貢献を志す研究者や学生たちが、異なる学部や専門分野を超えて連携し、具体的な目標に向けて取り組んでいる取り組みを紹介します。
社会実践に向けての人材育成

–研究における具体的な目標や取り組みについて、お教えいただけますか。
医学部においては、公衆衛生学のデータと他学部のデータを統合し、例えば健康被害やアレルギー疾患と大気汚染のような要素と地球全体の健康との関係性を具体的に検討しています。この方針の下、離島でのヘルスケアやマイクロプラスチックを含む環境問題に焦点を当て、地球全体の健康に与える影響を明らかにすることを検討しています。これにより、我々の活動が地球全体の健康に貢献すると信じて、着実に取り組んでいます。
一方、工学部では再生可能エネルギーの活用に取り組む教員が多数存在しています。例えば蓄電池や潮流発電の開発など、再生可能エネルギーの実現に向けた装置や技術に関わる研究が行われています。このような技術導入が環境への影響をもたらす可能性や、自然破壊や他国の苦境を招く可能性にも配慮することも必要です。したがって、私たちは長崎大学として、これらの側面にも適切な注意を払いながら、地球への良好な技術貢献と最終的な目標であるプラネタリーヘルスの達成を両立させるべく研究に取り組んでいます。
プラネタリーヘルスにおける研究の重要性は言うまでもありませんが、同様に重要なのは、これまで蓄積してきた研究と教育の知識を如何に実践に活かすかです。現在、この点においてはまだ十分とは言えませんが、プラネタリーヘルス学環(超学際分野の大学院博士後期課程)では、知識を社会実践に繋げる専門家の育成に力を注いでいます。
研究者、学生、国内外との繋がり
–そういった様々な学部を跨いだ知見を情報共有や勉強するのはどういった機会で行うのでしょうか?
おっしゃるように大学って意外に隣の人達が何をしているのか、同じ学部でもわからないことが結構あるんです。
プラネタリーヘルスとしても異分野の研究者が繋がることは非常に重要で、大学内で研究者だけが入れるウェブサイトを設け、そこで日常の疑問や自分の知見や技術などの交流を行い、分野の垣根を越えて研究者同士で繋がることも行いました。こうした取り組みから研究費を獲得できる共同研究が出るなど少しずつではありますが形になってきています。
また多くの人を巻き込んでいくこともすごく重要な要素になってきます。長崎大学はプラネタリーヘルス・アライアンスに早くから加盟したり、Future Earthとも連携をしていきながらいろいろな人達と少しずつアクションを繋げているところで、ホームページも整備し、社会へ極力発信をしようとしています。
–プラネタリーヘルスプロジェクトと学生との関わりについてお話いただければと思います。
2022年度から新入生全員を対象とした必修科目としてプラネタリーヘルス入門という講義が始まり、先ほどお話したプラネタリーヘルス・アライアンスの人達が中心になって出版した本を長崎大学で翻訳し、この講義の教科書として使用したりしています。
また漂着したプラスチックゴミを拾うなどの活動を通じてそこから地球環境を考える学生サークルもあります。プラネタリーヘルス・レポートカードという国際的な医学部生のプロジェクトに日本で初めて長崎大の学生が参加しました。
これは大学がプラネタリーヘルスの考え方をどの程度、講義などの活動に組み込んでいるかを評価するものです。同じ考えを持った他大学の学生との交流もあります。こうした学生の活動から、私たちが刺激をもらうことも多々あります。
若者の方が自分達の問題により強く感じているところもあり、すごく柔軟性に富んでいますよね。
行政との連携
–逆に海外ではなく長崎大学から見るプラネタリーヘルスの視点では、現代社会や個人の健康に対する重要な課題についてどう捉えていらっしゃいますか?
長崎大学という意味でいくと、やはり2019年からパンデミックを起こしているCOVID-19が一つ挙げられると思っています。
感染症はプラネタリーヘルスという観点から見てもいろいろと考えるべき点があります。個々のワクチンや治療薬ももちろん重要ではあるのですが、社会的な対策としてのマスクをどうするかなどまで含めて、行政と上手に連携して個人の健康を守るというのも長崎大学ならではの取り組みであると考えています。
気候変動を見ても熱中症の患者が非常に増えていたり、避難所の衛生環境の問題などもありますし、長崎も豪雨や台風などの自然災害、また坂道も多いので、家屋やインフラの整備など地域の健康に関しても問題は独自にあって、我々が実際に向き合っている問題が、大きな目で見ると地球全体の出来事と繋がっているのかと思っています。
食生活を改善することは慢性の病気を予防できる観点から自分の健康にもいいのですが、同時に大気汚染や二酸化炭素排出の削減などにも関係があってー要するに肉牛の大量消費をやめようという話なのですがーそういう方向で食生活を変えることが地球にも人間にも優しいとされています。また車ではなく自転車や徒歩で通勤するのも地球にも人間にもいいですよね。そうしたいわゆる「コ・ベネフィット」もプラネタリーヘルスから提言されています。
ストックされた知見を実際に形にする
–では、持続可能な社会への貢献について教えてください。
長崎大学としてはどちらかというとアカデミックな視点における提言やプロジェクトに対する伴走みたいなところが大きいのですが、例えば医学部では特に五島列島を中心として医薬品をドローンで運んだりするプロジェクトを今始めています。
遠隔医療に関しても例えば五島で通院中の関節リウマチの患者さんと長崎大学病院の専門医をホログラム3D映像を用いたバーチャルリアリティで連携することで、関節の腫れた具合を実際に感覚として捉えることができたり、皮膚の赤みなどを実際にリアルで感じられるような取り組みも行っていて、ネットワーク環境なども含めて産学連携しながら進めています。
加えて手術の支援システムとしても今外科医がどんどん減っている一方、必要とする患者さんは多く、そういった意味でのアクセスの悪さも非常に問題になっており、手術の遠隔指導といった動きも少しずつ進んでいます。
特に離島や遠隔地では人口の減少、高齢化をはじめとして、持続可能性について多くの課題があります。解決の一つの手段として、ITなどの活用がもちろん考えられるでしょう。ただITで全部やれるものでもないので、それに加えて何を考えていくか。
持続可能性で考えると人口減少に関係してはいろいろな議論があります。例えば人口を分散させずに1ヶ所に集めてなるべくコンパクトな街を作っていくといった議論もありますが、これが本当にいいのか。あなたの住んでいるところはエネルギー的に効率が悪いからこっちに引っ越しなさいという世界がいいのかという議論になれば、社会科学の専門家の知見が必要になりますし、一方で、人口を集めてしまうことは、今ある生態系にも影響が及ぶこともかんがえなくてはなりません。
このように持続可能性について重要な課題にどう対処していくかというのは、やっぱり一つの専門の人だけが見るのではなく、いろいろな角度からの研究が必要だし、それを現実に行政が対応できるかという問題もあるので、広い視野とさまざまな社会の領域からの参加が必要になりますよね。
プラネタリーヘルスの未来と展望
–SDGsの「その先」を見据えた未来の社会とはどのようなものでしょうか?
答えがない課題について常に考え続けていくということかなと思います。プラネタリーヘルスは人間の健康のために人間中心の考え方を捨てるということ、そうしないと人間の未来は守れないんじゃないかと思います。そういう考えが「新しい当たり前」になってきたらプラネタリーヘルスが実現できるのではないでしょうか。
今食べたいものを食べて、いつでも電気を付ければ電気がある生活をしていて、それが地球の健康と結びつくと考えていない人も多いのではないかと思います。でもその生活は、電気を使っていない国の人達や生態系に大きな負担をかけています。こういうことを大学として発信することで、学生にも一般の方にも知ってもらい、今自分は人間中心主義の生活をしているんだなということにみんなが気づき、少しずつ生活を変えていってくれると、プラネタリーヘルスの実現が少し見えてくるのではないかと思っています。
要するに今僕らがこうやって生活できているのは、実はいろんなものを犠牲にして成り立っていて、そこをあまり見ていないんですよね。それは積極的に見ないようにしているところもあり、そこのところに少しずつ関心を持つことでプラネタリーヘルスの世界観ができてくるといいなと思います。
–プラネタリーヘルスの今後の活動の展望について教えていただけますか?
一番の鍵になるのはさまざまな連携ですね。ローカルな話一つ取ってもいろいろな分野の人が集まらないとできないということがあって、研究室だけではもちろんできないし、一つの大学だけでも難しい。そういう意味ではいくつもの大学が連携すること、国内だけでも足りなくて国外での事例についても情報共有していくことも重要ですし、研究コミュニティだけではなくて、それ以外の人ともどんどん繋がるということも大切です。
研究者は、自分達以外の人達が人間と地球の健康の問題についてどういう見方をしているのかも学びつつ、研究も進めていかないといけないと感じています。
大学としても、本学が進めるプラネタリーヘルスの活動が、個人の生活の幅や考え方が広がるような取り組みになるようにしたいですし、プラネタリーヘルスとは何かなどと聞かれないくらい、この言葉やマインドが浸透した未来にしていきたいですね。