高石哲弥 教授の指南:モンテカルロ法の実践的な応用とビジネス分野での最新トレンド

高石哲弥 教授の経歴

広島経済大学 教養教育部 教授
広島大学大学院修了 博士(理学)
ハイデルベルグ大学理論物理学研究所DFG研究員、
チューリッヒ工科大学Swiss Center for Scientific Computing博士研究員等経て現職
専門は計算物理学、経済物理学、時系列解析

モンテカルロ法の紹介

モンテカルロ法とは乱数を利用してシミュレーションや数値計算を行う方法です。例えば解析的に計算できないある関数の積分計算がある場合、その定義域に含まれる値をランダムに生成して計算を行い、得た結果を統計的に処理して近似的に期待値として算出します。つまり、モンテカルロ法を使えば、解析が難しい事象や数式に対しても値として近似的なものを算出することができます。

モンテカルロ法の応用先

モンテカルロ法は金融の分野をはじめ多岐にわたる分野で利用されています。特に科学の分野では広く用いられています。例えば、モデル中の目的とするものがある確率分布に従っており、その期待値を計算したいのだが解析が困難な場合にモンテカルロ法を利用したりします。

モンテカルロ法を利用してその確率分布に従う乱数を多く生成し、結果を平均することで、求めたい値を近似値として算出します。確率分布に従う乱数を生成するモンテカルロ法はマルコフ連鎖モンテカルロ法と呼ばれ、金融の分野でも利用されています。

私の研究では、ある金融時系列データに最も合う確率的変動ボラティリティモデルのパラメータを推定したいときに、マルコフ連鎖モンテカルロ法を利用していました。

確率的変動ボラティリティモデルとは*:金融市場での価格変動のボラティリティを予測するためのモデルで、ボラティリティが時間依存し確率的に変動するモデルである。

マルコフ連鎖モンテカルロ法は形が複雑な確率分布で簡単に乱数が生成できないときに用いられ、順繰りに乱数を生成することで求めたい目的の確率分布に従う乱数を生成することができます。マルコフ連鎖の「連鎖」というのは、順繰りに生成していくという意味です。最終的に、生成した乱数を集めると、目的の確率分布になります。

つまり、マルコフ連鎖モンテカルロ法では、その知りたい確率分布を基に数値計算できるということです。確率分布ごとに最適な手法があるので、具体的にどのように乱数生成を行うかは対象とする確率分布ごとに変化しますが、基本的にそのような手法を選択して乱数を生成する方法がマルコフ連鎖モンテカルロ法と言えます。

他にも金融の分野では、オプションの計算にもモンテカルロ法が利用されています。オプションは満期日にあらかじめ決められた価格で株を購入する権利のことですが、満期日にあらかじめ決めた株価よりも高い価格だった場合、それに応じてもらえる額が増えることになります(コールオプションの場合)。このオプションの価格についていくらが一番適正であるかを調べるのにモンテカルロ法が利用されることがあります。

具体的には、株価が変動する確率のモデルを決め、そのモデルによって多くの株価のパスを作り、その時に、オプションによる利益の平均値が公平なオプションの価格として採用できます。また、リスク管理として、株価が今後下がったときに、ある確率で最大の損失がいくらになるか知りたい場合があります。

上がったり下がったりを繰り返す株価の価格の変動の大きさの収益率の分布は、一つの山のような形状ですが、完全に正規分布ではありません。過去のデータから株価ごとに設定された収益率の確率分布に従う乱数をモンテカルロ法によって生成し、ある特定の収益率より大きくなる確率や小さくなる確率を見積もることによって、リスク判断材料を見積もることも可能となります。

ビジネス分野における応用

ビジネスの現場では度々意思決定を求められる場面がありますが、意思決定の場においてデータの収集・分析は必要不可欠です。

さきほどの収益率の変動の場合も、リスク管理における意思決定を行うにあたっては変動のデータが必要であり、収集する量も少しだけだとあまりよくないかもしれません。変動の性質が少しずつ変わっていくような場合に、長期間取ることで変動の変化が埋もれてしまうという例外はありますが、一般的には、データが多ければ精度は良くなります。

自社の会社のデータがたくさんあれば、それを利用してもいいでしょうし、似たような会社で同じような性質を持っていると判断できるデータを利用する方法もあります。同じジャンルの会社であれば、似たような動きをするかもしれません。

データ収集においては、実際のデータは完全ではないというところに注意した方が良いです。時にはデータが取れていない場合や異常に大きな値や小さい値がある場合があります。その場合、あまりにも変なデータは削除したり、代替値で置き換えたりするデータクリアリングという作業が必要になったりもします。

データを収集した後は、集めたデータの記述方法(モデル)について考える必要があります。例えば収益率の場合の時間変動はどうやって表したらよいのか等、集めたデータの性質によって最適なモデルは変化するので、まずは、平均値や分散などデータの統計的性質を調べて、その性質に合うようにモデルを選択することが大切です。

金融の収益率時系列の場合は、GARCHモデルというノーベル賞の元にもなったモデルがよく使われます。収益率のデータの性質を見てみると、変動の大きい時期や小さい時期が続くボラティリティ・クラスタリングと呼ばれる性質が表れます。GARCHモデルは、この性質を捉えることができるので、金融の時系列解析でよく使われています。しかしこれは、収益率や金融の時系列に限った話ですので、他の意思決定であれば、それに合わせて最善のモデルを選んでいく必要があるかと思います。

ビジネス分野におけるモンテカルロ法のトレンド

現在はコンピュータの性能が上がり、昔は解析したくても少量のデータしか扱うことができなかった部分が、今では大量のデータを扱うことができるようになりました。そのため、精度のいい計算や複雑なモデルのシミュレーションができるようになっています。

例えば、金融の時系列データであれば、通常ある会社の株だけの一時系列だけに注目しますが、それまでできなかったいくつかの株を同時に解析して、複数の会社の株の相関も考慮しながら、より詳しく解析ができるようになりました。また、無料で使用できる解析ソフトの登場などにより、容易に解析に入りやすい環境も整ってきています。

有料無料を含めいろいろな解析ソフトがありますが、ソフトの選択については、そのソフトで、自分がやりたい時系列解析ができるのか、統計解析ができるのか、その中から、探していくということになるかと思います。

また、モンテカルロ法以外のアプローチも徐々に使用されるようになってきており、例としてAIの分野で深層学習を用いた時系列の予測があります。こういうデータの場合はこういう結果になるというデータを用意して、それらのデータからニューラルネットワークのパラメータを学習させた後、新たなデータを持ってきて、こういう場合はどうなるのかという、予測をさせることができるようになっています。

実際に金融の分野でも使われ始めているようではありますが、時系列のモデル化に深層学習が必ずしも適しているのかはわからないので、今後どちらかが主流になるというよりも、どちらも使われていく中で、モンテカルロ法や深層学習のメリット・デメリットを踏まえたうえで、こういうケースではこちらを使った方がいいといったように共存していくのではないかと考察します。

人に依存しない意思決定の強み

投資するかしないかといったビジネスの現場での意思決定において、人の知見や判断に依存した場合というのは、人それぞれが持つ知見の量や判断の仕方のバイアスなどが影響することで、人によって下す判断が異なってしまいます。その違いが大きな判断ミスに繋がり、大きなロスに繋がるといった悪循環に陥ってしまう可能性もあるかもしれません。

一方で過去のデータに基づいたモデルを一度設定すれば、判断の違いを生むような人のバイアスが入らないので、上記のような判断ミスが避けられるようになると思います。もちろん変なモデルを選ぶと変な結果になるという恐れもあり、モデルを慎重に選ぶ必要はありますが、モデルを決定することで、人によって意思決定が左右されるようなことは防ぐことができるのではないかと考えています。