
社会貢献活動 × Nishinippon Institute of Technology.
今回お話をお聞きしたのは、西日本工業大学工学部 総合システム工学科 電気情報工学系の武村泰範 教授です。
武村教授は、屋外の自然環境で作業できるロボットを開発する「フィールドロボティクス」などが専門です。
農業現場などで人とともに働けるロボットの開発を目指し、人工知能(AI)を活用してトマトの収穫作業を自動化できるロボットの研究などに取り組んでいます。
目次
西日本工業大学の紹介


西日本工業大学は、福岡県の北九州市と苅田町にキャンパスを擁する私立大学で、工学部とデザイン学部の二つを設置しています。
西日本工業大学は、地元工業界からの「より高度な知識と実践的な能力を持った人材が欲しい」という要望を受けて開学しました。キャンパス周辺には300以上のものづくり企業があり、企業や地域とタイアップした「チャレンジ授業」を積極的に実施しています。
また、工学とデザインの領域から地域課題に対応できる人材の育成に注力。工学とデザインの融合による研究プロジェクトやワークショップなどを通し、「地域の建築資源の再生と活用」「獣害対策」「小中高生へのものづくり教育」などさまざまな課題の解決に向けてアプローチしています。
ロボット×AIで「おもしろい世の中」を
-まず、フィールドロボティクスについて教えていただけますか?また、武村先生がこの分野に興味を持ったきっかけは何ですか?
フィールドロボティクスとは、屋外や自然環境での活動が可能なロボットに関する研究分野です。自然環境においてロボットがどのように行動できるか、その調査・研究が行われます。
当初、私はコンピューターに深い興味を持ち、大学に入学しました。しかし、プログラミングやロボットなどを学んでいく中で、ロボットが未知の環境で活動する難しさに直面しました。その結果、AI技術などの開発を通じて、これまでに達成できなかったことをロボットに実現させることを志すようになり、研究の道に進むことを決意いたしました。
現在でこそ AIの研究が注目されておりますが、私が学生であった頃はそれほど盛んではありませんでした。一方で、私が進学した大学院の学科は脳の研究に特化した専門的な学問であり、コンピューターやロボットだけでなく、人間や動物の脳のメカニズムについても学ぶことができました。
生理学、コンピューター学、ロボット工学など、多岐にわたる学問を習得する過程で、これまであまり注目されていなかったAI分野の潜在的な可能性に興味を持つようになりました。
これを使えば何か新しいことができるのではないか、「おもしろい世の中」ができるのではないかと考えたんです。
-先生の考える「おもしろい世の中」とは、どのようなことが実現されている世界なのでしょうか?
20年ほど前、私が学生だった頃のロボットと言えば産業用ロボットが主流でした。現在では、家庭用の掃除ロボットなども登場しましたが、日常生活でロボットが活躍する場面はまだまだ限られています。ロボットの存在が身近に感じられる社会を実現することが、学生時代からの大きなモチベーションとなっています。
この目標を達成するためには、ロボットがより賢くなり、さまざまなことを認識できるようになる必要があります。コンピューターを活用することで、人間や動物が進化する過程と同じようなことをロボットでもできるようになれば「おもしろい」と思いませんか?
キーワードは「社会に貢献できるロボット」
-武村先生の研究では社会貢献を一つのテーマとしているとのことですが、特に力を入れていきたいのはどのような社会課題でしょうか?
現在の日本において、人口減少と労働力不足は深刻な社会問題となっております。これらの課題に対処し、解決に向けた目標の一つが、ロボット技術の活用です。
本学は都市部から離れた場所に位置しておりますが、周辺の地域において、農業をはじめとする第一次産業における人手不足が深刻化しています。
しかし、ロボットにとっては自然環境下にあるものを扱うのが非常に困難です。例えば、農作物はひとつひとつ形が違いますし、植え方や成長パターンも異なります。そのため、農業などの現場においてロボットを導入することは容易ではありません。時間はかかりますが、そういう課題を少しずつクリアしながら、社会に貢献していきたいと考えています。
トマトの自動収穫ロボットを開発中
-農業用ロボットの研究もされているそうですが、特にトマトの収穫の自動化に関する研究について教えていただけますか?
農作物のような、自然界にあるデリケートなものを扱えるロボットを作ろうという試みですね。トマト農園を訪問し、どの作業や工程がロボットでも実行可能かを検討しました。
トマトの栽培が行われるハウス内では、気温が28~30度程度で湿度も高く設定されています。このような環境でのトマト収穫は、人間にとって非常に過酷な作業です。私たちの研究は、このような厳しい環境下でも活動できるロボットの開発に力をいれています。
ロボットによる自動収穫の導入により、作業効率の向上や人手不足の解決に大きな期待が寄せられています。ただし、このような話題では「”ロボット”が人間に取って代わる」と議論されることがありますが、私たちとしては人とロボットが協働する姿が理想です。
たとえば、昼間は人間が作業し、夜間にはロボットが活動することで、収穫量を倍増させることが可能です。私たちの目指すのは、人間の仕事を取り上げるのではなく、一緒に働くことでより良い社会を目指すことが一つのテーマです。
知恵を出し合うために、他の大学や高校、高専の学生も参加できる「トマトロボット競技会」というイベントを開催しています。この競技会は2023年で10周年を迎えました。
初回の競技会では、まだ遠隔操作が主流で、ロボットを遠隔操作しながら収穫するのが限界でしたね。しかし、10回目になる今では、ほぼ完全に自動化されました。ロボットが自己判断し、どのトマトを収穫するべきかを判断し、収穫作業を行えるまでの進化を遂げました。10年コツコツと積み上げてきた成果が少しずつ出てきていると感じます。
-収穫に適したトマトを判断するための情報はどのように蓄積しているのでしょうか?
例えば、果実の下部に「スターマーク」と呼ばれる白い放射状の線が現れると、それはおいしいトマトの目印であると言われています。さらに、果実の触感や硬さ、果実の色を出荷の目安とするなど、農家の方々はこれまでの経験と勘に基づいて、トマトの品質を判別してきました。
私たちの研究は、このような経験や勘をデータとして収集し、AIがおいしいトマトを判別できる仕組みを構築することを目指しています。品種による違いもあるため、今後もさらに多くのデータを収集し続ける予定です。
AIが広げるロボットの可能性
-ロボットがさまざまなフィールドで活躍するためには、安全性や環境認識などの技術的な課題があると思います。このような課題にはどのように取り組まれているのでしょうか?
ロボットと人がともに作業するために、安全性の確保は非常に大きな課題です。その一方で、実際に導入してみないとどれくらいのリスクがあるのかは分かりません。
そのリスクを見積もるために、ロボットがどれぐらいのスピードで走ったら人に危害を与えるかなどを分析する実験をしたこともあります。法律に基づく規則でも、ロボットが安全柵なしで人とともに作業する場合、基本的には最大動力の安全基準が設けられています。
安全性を確保する上で、環境を認識する技術も重要です。私の学生時代と比較すると、環境認識技術は大幅に進歩し、身近な技術となりつつあります。例えば、自動車の自動運転技術には、AIによる画像解析が活用されています。
このように、コンピューター技術の進歩により、環境解析の計算が簡単にできるようになってきました。それをうまく応用しながら安全性を向上させる取り組みが求められています。さらに、緊急的なリスクを事前に予測できるシステムをロボットに組み込むことも、必須だと考えています。
人を助けるパートナーのような存在に
-武村先生にとって、ロボットとは何でしょうか。ロボットに対して込めている思いや考え方を教えていただけますか?
ロボットという言葉の語源をご存じでしょうか? 実は、チェコ語の「奴隷」という言葉に由来しています。しかし、私はこの言葉があまり好きではありません。
私は、ロボットが人と協力して働いたり、ともに何かを達成したりする存在になれば良いと考えています。もしロボットという言葉をあえて再定義するなら、「パートナー」や「相方」というイメージが近いでしょうか。
もしかしたら、これは日本独特の考え方なのかもしれません。日本人にとって、ロボットは人を助けてくれる存在というイメージが非常に強いのです。例えば、日本のアニメや漫画では、ドラえもんやアトムのようなロボットが登場しますね。他の国と比較しても、子供たちにとってロボットは親しみやすい存在となっています。これは、ロボットが日本で発展している要因の一つかもしれません。
そのイメージを崩さないようにしながら、私たちはロボットを開発していきたいと考えています。ロボットが一緒にいると楽しい友達のような存在になれば、もっと世の中で受け入れられていくのではないでしょうか。
海洋・河川の保全や開発にも着目
-武村先生が現在注目しているキーワードや、今後研究をしてみたい分野はありますか?
海洋や河川といった水環境にも着目し、本学内に新しく「水環境C&D共生技術研究所」を立ち上げました。「C&D」とは「Conservation(保全)」と「Development(開発)」の頭文字で、この二つをともに推進できる研究をテーマとしています。
最近は、ロボットを活用したビーチクリーン活動に関心があります。海岸線ではプラスチックなどの漂着ゴミの問題がますます深刻化しており、その清掃作業にロボットを生かせないか検討中です。例えばマイクロプラスチックを回収する機構を作るなどの方法が考えられますね。
さらに、研究所では消波ブロックを活用した発電やサンゴ礁の保全などにも着目しています。土木関係など幅広い分野の専門家とも協力し、持続可能で豊かな社会の実現に向けた取り組みをスタートさせたところです。
地域とのコミュニケーションが課題解決の鍵

-他分野の専門家と研究を進める上で、お互いに理解や認識をすり合わせるために心がけていることはありますか?
なるべく専門用語を避け、わかりやすく伝えることに努めています。初めから多くの専門用語を使うと、相手にとって理解しにくい印象を与え、「この人と一緒にできるだろうか」という不安を招いてしまうことがあります。そのため、身近な例を交えた説明に心掛けています。
私たちが取り組んでいるフィールドロボティクスという分野では、実際に外に出てさまざまなことを勉強しないと課題の解決につなげられません。実をいうと、自分たちだけで考えた課題はあまり重要でないことがとても多いです。実際にフィールドに出てさまざまな人と対話することで、本当の問題点に気づくことはたくさんありました。
研究者はいつも研究室にこもっているというイメージがありますが、私のスタンスは異なります。外部とコミュニケーションを取りながら課題を解決していくことを重要視しています。その点からも、専門用語を使わずに相手に分かりやすく伝えることは大切だと感じています。
-ロボットに関心を持つ高校生に対し、メッセージをお願いします。
ロボットという分野は、機械、電気、情報など、幅広い知識が必要とされる分野です。大変な側面ももちろん存在しますが、社会に貢献できる技術も多く学ぶことができます。それを踏まえながら、ロボットに興味を持ってもらえるとうれしいですね。
また、先ほど説明したように、フィールドロボティクスという分野は社会とのつながりがとても大切です。そのため、理系の分野だけでなく、様々なニュースに触れながら社会の状況や課題にも目を向けていただきたいと思います。きっと、それも何かを作りたいという思いを抱くきっかけになりますよ。