
社会貢献活動 × The University of Fukuchiyama.
今回お話をお聞きしたのは、福知山公立大学 情報学部の倉本到 教授です。
倉本教授はコンピューターによる情報技術を活用し、人間を楽しませたり心地よく感じさせたりするためのシステムなどを研究しています。
福知山市が2023年にオープンした「福知山鉄道館フクレル」では、「なりきり!機関助士」という展示を監修。幅広い年齢層の利用者が楽しめる体験型のシステムを開発し、機関助士の仕事について発信することで地域に貢献しています。
福知山公立大学の紹介

福知山公立大学は、2016年4月に公立大学として開学しました。北近畿地域に本拠を置く四年制大学として、「学びの拠点」の役割を担っています。「市民の大学、地域のための大学、世界とともに歩む大学」の基本理念のもと、第2期中期計画がはじまる2022年度からは、北近畿地域を主なフィールドとしながら、社会貢献を教育研究活動全般が「そこから発想され、そこに向けて」行われる基本軸とする「福知山モデル」を構築し、持続可能な社会の形成に寄与することをめざします。
「なりきり!機関助士」プロジェクトの経緯
–どのような経緯で「なりきり!機関助士」プロジェクトに参画したのでしょうか?
日本海側と太平洋側のちょうど中間点に位置する福知山市は、交通の要所として鉄道とともに発展してきた背景があります。市ではその歴史や文化を発信する施設として「福知山鉄道館ポッポランド」を運営していました。
市民の寄付金をもとにこれをリニューアルしてオープンしたのが「福知山鉄道館フクレル」です。
ポッポランドのリニューアルが決まったのが、ちょうど本学の情報学部ができたばかりの頃でした。そこで、市から「施設の利用者が鉄道の歴史や文化を楽しみながら学べるような展示を学生たちに考えてほしい」との依頼が寄せられたのが発端です。ポッポランドでは実際に触れて楽しめるような展示が多かったので、同じように体験型の企画ができないかと検討し、機関助士プロジェクトが生まれました。
機関助士とは、蒸気機関車の火室(かしつ)に石炭をくべ、動力源となる蒸気を生み出す役割の人です。なぜ運転を担当する機関士ではなく機関助士を選んだかというと、他にない体験をしてもらえるユニークな出し物だと思ったからです。運転の体験だと、どうしてもただのトレインシミュレーターになってしまいますから。
さすがに実際の機関室の暑さは再現できませんが、スコップで石炭をくべるだけでもかなり大変な作業です。それを体験するだけでも、かつて現場で蒸気機関車を動かしていた人たちの仕事について理解を深められるのではないかと考えました。
キーワードは「体験」
–倉本教授は「コンピューターによる楽しさを地域社会の活性化に」という考えのもとで研究に取り組まれていますが、コンピューターによる技術は難しく捉えられてしまうことも多いと思います。その楽しさを伝えるために工夫されていることはありますか?
確かに、いかにも「コンピューター」という状態だと難しそうとか面倒くさそうなイメージを抱く人も多いでしょうね。しかしコンピューターとはそれだけではなく、楽しいことを実際にできるようにするためのものでもあります。だから、まさに「体験」が重要なキーワードとなります。
機関助士プロジェクトの展示は、目立たないですがコンピューターによる情報技術がふんだんに使われています。さまざまな技術を実際に体験できる形にすることで、コンピューターの知識がなくてもその面白さを肌で感じられるようにしました。
最近はVRやARのような技術が出てきたことで、コンピューターの面白さを体験するハードルはかなり下がってきました。こうした技術を地域にあるコンテンツとうまく組み合わせられれば、何か良いものができるのではないか。機関助士プロジェクトの背景には、そのような思いもあります。
実は、当初はもっとリアルな体験ができる展示を計画していました。機関助士の仕事はただ火室に石炭を投げ入れるのではなく、どの位置にどれだけの量の石炭を入れるか制御しなければなりません。そうしないと、きちんと機関車が走らないそうです。
企画を考える段階で国鉄のOBに石炭を入れる様子を再現してもらったのですが、全身運動でスコップの位置をかなり細かくコントロールしていました。それがとても興味深く、カメラで人体認識できるようなシステムまで作ったのですが、市からは「あまりリアル過ぎると子どもたちが遊ぶには難しい」とストップがかかりました。
ポッポランドは小さい子どもたちもよく見学に来る施設だったので、市としてはもっと子ども向けにしてほしい思いがあったようです。だから私たちも、大人だけでなく小さい子どもでも楽しみながら機関助士の大変さを体験できる企画となるように意識を切り替える必要がありました。そこのバランスを取るのに苦労した記憶があります。
私はそれまで、実際に使ってもらうためのシステムのデザインに関わった経験はあまりありませんでした。大学は研究者や学生たちがやりたいことをやる組織ですが、地域貢献活動を進める上では地域に何を求められているのか考えていく必要があります。その調整の部分を忘れてしまうと、お互いに要らないものが出来上がってしまう。その点ではとても勉強になりましたね。学生たちにとってもいい経験になったと思います。
現場との意識のすり合わせが重要
–機関助士プロジェクトを監修する上で、苦労されたことをお伺いできますでしょうか?
まず技術的な面で苦労したのが、学生が提案したシステムに対して協業した企業から「不安定すぎて使えない」と指摘があったことです。企業から助言いただいた仕組みは、自分たちの提案をきちんとカバーした上で安定する機構だったので、大変勉強になりました。
また、先ほども触れましたが、技術を実用段階に落とし込むためには実際に運用する現場との意識のすり合わせが大事だと痛感しました。私たち大学の人間は研究開発の段階のことだけを考えがちですが、それだと全く意識が向かなかった視点が多々ありました。
例えば、大学の研究室ではシステムを導入した場合のメンテナンスコストなどはほとんど問題に上がりません。私はロボットを使った研究もしていますが、実験期間中さえ正常に動いていればいいので、週何時間稼働すれば故障するというようなこともあまり考えたことがありませんでした。
しかし実際に現場で動かす場合はそういうわけにはいきません。システムのメンテナンスやアップグレードなどが必要になったときに、普段運用している人たちや予算だけできちんと回していけるかどうか。このような観点でも考える必要があるということを、私も学生たちも学ばせてもらいました。大学ではなかなか得られない気づきでしたね。
特にありがたかったのは、意思決定権を持っている市と、技術やアイデアを持っている私たちとの間を中継ぎしてくれる企業が入っていたことです。オンラインだけでなく対面でもコミュニケーションする機会が多く、お互いの意識のズレなどをしっかりと調整できました。もしも私が自分で研究している技術を使いたいと押し切っていたら、いいものができなかったかもしれません。
地域社会を活性化できる人材を
–このような地域資源を活用したプロジェクトに協力することで、どのように地域社会に貢献していると考えていますか?
情報技術を地域の方々の手に届くところで活用することは、本学が情報学部を持っていることへの一つの答えになっていると思います。その一翼を担えるプロジェクトの企画ができて感謝しています。
本学は市が設立した大学なので、最終的には卒業生に働き手として地元に定着してもらいたいという潜在的な狙いがあり、市民の方々もそれを承知でおられます。せっかく市の大学があるのだから、学生のような若い人たちが地域資源を生かした活動を通して地元に貢献できる仕組みを作れるよう、期待しているわけです。
基本的に、大学が出力できるものは人材です。地域について理解し、地域の人々とつながりを持ち、地域に貢献するにはどこに着眼すればいいか考えられる。なおかつ、専門的な知識や技術を持っている。そういう人材を送り出し、地域に残ってもらうことを本学としても目指しています。
学生たちには今回の機関助士プロジェクトのような具体的な活動で培った経験を、別のプロジェクトでも生かしていってほしいですね。そういう人材を育てることで、巡り巡って地域社会を活性化させるのに役に立つと考えています。
–大学で得た知識や経験をどうすれば地域に還元できるのかは、一番の投資者である市にとって関心が高い点ですよね。そういう意味では、今回の機関助士プロジェクトは分かりやすい形で市に貢献できた一つの例ということでしょうか?
そうですね。本学の学生たちが地域のためにできることを分かりやすく発信できたと思います。
地域貢献のプロセスの部分に専門技術をうまく提供できる人材を育てることが当面の目標ですね。ものすごく難しいことをやらなくても、世の中の役に立つことはたくさんあります。
例えば、先端技術を作ることはできなくても、実用レベルまで引っ張ってくる役割もありますよね。私はどちらかというとそちらの方が好きなので、学生たちには使える技術はどんどん使うように言っています。最近は先端技術も活用しやすくなっていますから。
機関助士プロジェクトで導入したシステムも、実は最先端なことは何もしていません。ずいぶん前に作られた技術を応用しています。
公立大学だからこそできる貢献
–今後、学生や教員による特別なイベントやワークショップなどをフクレルで開催する予定はありますか?
私たちのゼミでは今のところ具体的に計画していませんが、機会を見つけてやりたいという話はしています。
また、本学の鉄道サークルの学生たちが鉄道の魅力を語るトークショーのようなイベントは定期的に開催されているそうです。これは市から直接サークルに働きかけて実現したようですね。
–市の方もフットワークが軽いんですね。なかなか他では聞かない話なので驚きました。
福知山市が若い世代に大きな期待をしているのは間違いないですね。市だけでなく、商工会議所などでも若い人たちの挑戦を後押しできるようなプロジェクトを設けています。
また、本学には地域経営学部という学部があり、地方行政や地方自治などの専門家も多いです。その関係もあって学生と行政関係者が顔を合わせる機会が多く、距離が近いのではないでしょうか。
そういう意味では、私たちは本学がうまく敷いてくれたレールの上に乗って仕事ができたともいえます。情報技術をうまく活用し、本学が目指していることを実現できました。
機関助士の仕事を体験できるシステムを作ったからといって連日大繁盛というわけではないので、本当にちょっとした貢献です。しかし、そのちょっとした貢献を少しずつ積み上げていくのが、本学のような小さい大学らしいやり方だと考えています。
私は大阪大学で大企業との共同研究に関わっていた時期もありますが、やはり「世界と戦うためには」とか「日本全国で波及させるには」というスケールで話をしていました。一方、本学のプロジェクトでは、普段会っている地域の方々に喜んでもらえるために何ができるのかという話に着地するので、これはこれで身近でイメージしやすい良さがあると思います。
–最後に、今後の展望についてお聞かせいただけますか?
「なりきり!機関助士」については、たくさんの観光客が来るコンテンツになってほしいですね。展示を設置してそれでおしまいではなく、少しずつアップデートしながら関わっていきたいです。
また、小さなことでもいいので、今後も地域貢献につながるプロジェクトを進めていくつもりです。大きなことを成し遂げるのもいいですが、地域貢献活動ではちょっとした働きですごく喜んでもらえることがたくさんあります。そういう需要を汲み取りながら、まずは身近な地域の人たちに、本学の学生たちの活動力を知ってもらえればうれしいですね。
本学は新しくできたばかりの大学なので、大学の知名度はまだ低いのが現状です。本学がどういう大学で、学生たちにはどんなことができるのか、地域に知ってもらうことできちんと足場を固めていきたいです。