SDGs 大学プロジェクト × Nihon Pharmaceutical Univ.

日本薬科大学の紹介

日本薬科大学は、2004年に開学した薬学専門の私立大学です。埼玉県伊奈町の「さいたまキャンパス」と東京都の「お茶の水キャンパス」の2か所があり、さいたまキャンパス内には漢方資料館や薬用植物園も開設されています。

学科は「薬学科」と「医療ビジネス薬科学科」の2つ。薬学科では西洋医学と漢方医学を融合させた「統合医療」の実現を目標に掲げ、特色ある薬剤師の育成を目指します。

医療ビジネス薬科学科では、医薬品や医療の知識だけでなく、栄養やスポーツ、ヘルスケア関連、経営や経済など文理融合した学科で幅広い分野の学びを深めることができます。

「eスポーツ × 高齢者福祉」を研究

今回は薬学部薬学科の 大上哲也 教授にお話を聞きました。大上教授は認知症をテーマとした研究を専門としています。

大上教授は地域の高齢者を対象に認知機能の測定会などを開く他、eスポーツを取り入れた高齢者福祉にも着目。ゲームを楽しむことで高齢者の健康や認知機能にどのような効果をもたらすのか研究を進めています。

「健康教室」で認知機能を測定

-高齢者福祉にeスポーツを取り入れるために、どのような研究や活動をされているのか詳しく教えていただけますか?

高齢者の健康増進、特に認知機能の維持にeスポーツを活用することを考え、研究を進めています。私たちの研究室では、地域の高齢者を対象とした「いきいき脳健康教室」を定期的に開催しています。このイベントは、認知機能の測定や脳活性化トレーニング(脳トレ)を無償で提供するものです。

フレイルという言葉をご存知かもしれませんが、これは介護が必要な状態へと進行する前段階の状態を指します。高齢者を中心に、この状態が増加している実態があります。私たちは、eスポーツによる認知機能の向上がその予防につながると期待しています。

認知機能には、大きく分けると計画力、記憶力、注意力、見当識、空間認識力の5つの領域で構成されています。参加者にはタッチパネルを使った簡単なゲームをプレイしてもらい、各領域のレベルを測定します。

測定に使うのは、共同研究している企業が開発した「脳体力トレーナーCogEvo(コグエボ)」というツールです。例えば、ライトが光った順番を記憶したり、迷路をクリアする時間を計ったりするゲームがあります。

測定会を重ねる中で、認知機能が低下している状態で車の運転をしている高齢者が少なくないという現状が分かりました。そうした人には運転免許の返納を考えて頂いた結果、実際に返納につながった事例もあります。

eスポーツに参画する高齢者も協力

eスポーツが高齢者の認知機能に及ぼす影響を調べるため、実際にeスポーツを楽しむ高齢者に対して測定を行い、データの収集と解析を開始いたしました。

研究では、シニア(中高年)世代へのeスポーツの普及に取り組む「さいたま市民シルバーeスポーツ協会(SSeS)」に協力を仰ぎました。こちらの協会は、気軽に参加できるeスポーツを通じて、人生100年時代を生きるシニア世代の健康増進や脳機能の活性化を促進することを目指す団体です。

協会の事務総長を務める水野臣次さんは、脳卒中で入院した経験をお持ちです。左半身の麻痺に苦しみながらリハビリ生活を送っていた水野さんは、病室でテレビゲームを楽しむことで徐々に左手の運動能力が回復しました。この経験がeスポーツに注目するきっかけになったそうです。

協会では、月に1回の集まりで相撲ゲームや「太鼓の達人」のような音楽ゲームを楽しんでおり、地域のシニア世代が交流する場としても活用されています。また、本学の学生も時折参加し、イベントの盛り上げに協力しております。

さらに、秋田県においては、日本初の高齢者によるeスポーツプロチーム「マタギスナイパーズ」が誕生しました。1月には、このチームにおいても認知機能の測定に協力していただきました。

楽しさだけでなく健康へのアプローチも重要

-健康教室にはどれくらいの参加者が集まるのでしょうか?

定員を20人ほどとしておりますが、募集を開始するとすぐに予約が満席となります。地域住民の皆様の関心の高さを強く感じております。

以前に測定を行った方々を対象とし、1~2年後に生じる変化についても調査を開始いたしました。

-それだけ住民の関心が高いと、行政からのニーズも大きいのではないでしょうか?

そうですね。各地の行政関係者からも、高齢者を対象にしたeスポーツイベントに関する相談が多く寄せられるようになってきました。私はただゲームで遊ぶイベントにするのでなく、認知機能の測定なども組み合わせて実施することをおすすめしています。

高齢者が対象の場合、単にゲームをするだけではなかなか続きません。楽しさはもちろん大切ですが、健康に役立つかどうかも大切なポイントとなります。特に、高齢者の中には記憶力の維持や認知症予防に関心を寄せる方が多いですね。

老化に伴う脳機能の低下は、誰にでも起こりうることです。そのため、私たち大学を含む地域全体が意識を持って取り組むことは重要だと考えています。学生もこの取り組みに参加することで、実践的な教育を受ける機会が得られます。

学生と高齢者の交流も

-学生はどのような形で活動や研究に参加していますか?

学生たちは認知機能の測定・解析のサポート役を担います。他にも、例えば相撲ゲームのイベントでは行司役をして場を盛り上げるなど、にぎわいづくりにも一役買っています。

測定会は高齢者と学生の多世代交流の場になっていますよ。多くの参加者から「学生と交流ができて楽しかった」という感想をいただきます。学生たちも高齢者との触れ合いを楽しんでいるようです。

-大上先生の目から見て、高齢者との交流を通して学生たちにはどのような変化や成長がありましたか?

やはりコミュニケーション能力の向上が一番ですね。初めは高齢者とうまく接することができるか不安を感じる学生が多いようですが、測定会を通して大きく成長していると感じます。

eスポーツの授業を新たに開講

本学では、大学としてもeスポーツの可能性に注目し、2022年度には新たに「eスポーツ概論」という授業を開講しました。この授業は、全10回の講義を通じて、eスポーツと高齢者の健康や薬学との関連性について考えていきます。

eスポーツをカリキュラムに組み込んでいる大学は他にも存在しますが、その大部分は文科系大学が大半であり、授業内容は主にeスポーツの歴史やイベント運営に関するものが多いようです。

一方で、本学は薬学に特化した大学としての立場から、eスポーツに独自の視点を持つことにしました。しかしながら、新たに設けられたばかりのこの授業は、教員が単に知識を伝えるだけではなく、学生とともにeスポーツの理解を深めていく段階です。

2年目となる2023年度では、学生たち自身が実際にeスポーツを体験する機会を提供いたしました。さらに、先に紹介したさいたま市民シルバーeスポーツ協会の活動を、動画やオンラインで学ぶ機会も設けました。

老化とうまく付き合うために

-若者を中心に広がっていたeスポーツをシニア世代でも取り入れるなど、高齢者福祉のあり方が変わりつつあると感じますが、大上先生は今後の高齢者福祉についてどのようにお考えでしょうか?

特に懸念しているのは、家にこもりがちな高齢者の存在です。男性が多いと推測しておりますが、そのような方々にどのようにeスポーツに参加いただくか、どのように社会とのつながりを築いていただくかが今後の課題となります。そのためにはアプローチの方法も工夫していかなければなりません。

例えば、私たちが開催しているいきいき脳健康教室も、最初は「認知症予防教室」というネーミングでした。しかし、それではネガティブな印象を与えてしまうとのことで、名前を変更した結果、参加者数が増加しました。

また、当初いきいき脳健康教室の参加者は大半が女性でした。そのため、参加者を募るポスターや広告などで、「物忘れが気になる」「人の名前が思い出せない」といった内容に加えて、「運転免許の更新が心配」という文言を追加したところ、男性の参加者が急増しました。さらに、eスポーツを絡めて宣伝をしたところ、男性の参加者がいっきに増えました。

-最後に、今後の展望をお願いします。

シニア世代の方々には、eスポーツやテレビゲームを含め、健康に良いと思われる様々なチャレンジに積極的に取り組んでいただきたいと考えております。

今は高齢者の方々でもスマートフォンやタッチ決済などをスキルフルにお使いいただける時代となりました。今から5 ~ 10年後には、更なる変化が予想されます。しかし、この変化の裏には視力の低下など、高齢者に関連する課題も同様に変遷していくでしょう。

人間は生物であり、脳の老化を完全に防ぐことはできません。しかし、時代の変化に柔軟に対応し、eスポーツやテレビゲームなどを上手に取り入れ、老化とうまく付き合っていけたらいいですね。