
三井秀俊 教授の金融教育に関する洞察とアドバイス
目次
三井秀俊 教授の自己紹介
東京都立大学助手、日本大学経済学部専任講師・助教授・准教授を経て、2015年より同大学経済学部教授。
この間、千葉大学大学院・一橋大学大学院・筑波大学大学院・上智大学大学院非常勤講師、
埼玉大学大学院客員准教授・客員教授、デューク大学客員研究員を歴任。博士(経済学)。
株式市場・デリバティブ市場・外国為替市場の計量分析を専門としています。
著書に『オプション価格の計量分析』, 『ARCH型モデルによる金融資産分析』(以上 税務経理協会)があります。
金融教育が重要と言われる理由
NISA(少額投資非課税制度)は、日本政府が経済政策の一環として導入した仕組みです。
この制度は、個人投資家 (国民) が株式投資をしやすく、その恩恵を享受しやすくなることを目的としています。一定の金額以下の投資に関しては、キャピタルゲインや配当に税金がかからない特典があります。政府は、このNISAを通じて株式投資を奨励していますが、初めての方にとっては、「株って何?」「株式投資って本当に収益があるの?」といった基本的な疑問が生じます。政府がNISAを推進している一方で、投資に関する基礎的な知識やスキルの提供は行われていないため、投資のスタート方法が分かりづらい状況です。
株式投資やFX(外国為替証拠金取引)などにおいても、専門的な知識を持たずに単に安易な情報収集だけで投資を始めることは成功への道ではありません。どの分野においても、個人が本当に収益を上げるためには、基礎的な学習から始め、専門的な知識を身につける必要があります。株式投資、FX、不動産投資、暗号通貨など、どの分野においても、利益を出すためには十分な学習が不可欠です。
政府は積極的にNISAを進めていますが、適当に株を購入し保有しているだけで利益が得られるわけではありません。同様に、FXや暗号通貨においても同じです。投資を行う際には、その分野に特化した知識の習得が欠かせません。株式投資においては株の知識を、FXにおいてはFXの知識を、暗号通貨においては暗号通貨の知識を身につける必要があります。収益をコンスタントに上げるためには、十分な学習が必要です。
実際のところ、株式投資やFXなどの個人投資家の大半は収益を上げておらず、逆に損失を被っているケースが多いと言われています。投資において成功するためには、継続した学習が不可欠であり、それなしでは成功は難しいのが現実です。投資に関する基本的な知識から応用まで、幅広く学ぶことが求められます。
多くの方々は、学校教育や大学で金融についての授業を受ける機会が限られているかもしれません。しかし、NISAなどの国の制度を利用して投資をする際にも、金融教育が不可欠です。自身で書籍を読んだりセミナーに参加したりして、基本的な知識を身につけることが必要です。投資は知識とスキルを備えた者にとってのみ、成功の道が開かれる分野であると言えるでしょう。
学生(新社会人)にとって、金融の基礎知識は何が重要か
「資本主義とは?」という基本的な疑問から学び始めることが重要です。現実的に私たちが接する金融は、資本主義社会の中で機能しています。まず、資本主義の本質を理解することなく金融について理解することは難しいでしょう。したがって、まずは資本主義について学ぶ必要があります。資本主義が基盤となっていることを前提にして、その上で金融を理解していくことが大切です。
また、「お金」について考える際、簡潔に説明するのは難しいでしょう。一般的に「お金」と言われているものが、実際にはどのようなものか、どのようなシステムや構造によって存在し、動いているのかを理解するのは容易ではありません。お金の流れを正確に把握している人は少ないと言えるでしょう。実際には、私たちが「お金」と呼んでいるものは、その本質を把握するには至っていない可能性があります。「お金」がどのように生み出されているか考えてみてください。
「お金」とは、どのように捉えるべきか
「お金」という概念の捉え方については、非常に難しいです。一般の方々にとっては、労働に対する報酬や仕事の対価としての給与など、お金は手に入るものとして捉えられています。このような考え方が一般的です。
しかし、実際には「企業」という視点から考えると、お金の捉え方は異なります。企業同士の取引などでは、お金の流れ方も異なっています。例えば、企業間の取引では、お金そのものがあまり動かない場合が多く見られます。
一方、個人の視点では、お金は非常に重要な役割を果たします。ただし、企業や政府、大きな経済主体の視点からお金の流れを考えると、実際の取引においては、小切手、手形などが使用されることが一般的です。こうした要素を考えると、「お金とは何か」という問いに突き当たることがあります。
個人の視点だけでなく、企業や政府の視点からも、取引・決済方法について学ぶことが重要です。お金の流れ方や取引・決済のメカニズムを理解することが、深い意味での「お金」の捉え方につながると考えられます。
金融教育の一環として、実際の取引やシミュレーションを行うことのメリット
何かを行うとき、本を読んでそれだけで実際に行動を起こすことはありません。例えば、テニスの本を読んだからといって、即座にテニスが上手になることは期待できません。同様に、株式投資、FX、暗号通貨などに関しても、理論だけを学んで直ちに実践するのは適切ではありません。
これらの投資の分野では、何故か本を読んですぐに実践を試みることがあります。しかしこのようなアプローチは他の分野には見られません。
例えばテニスを取り上げれば、まずは基本的な技術やルールを学び、実際にプレイしてみます。しかし、これだけでは試合ができるレベルに達するには、まだまだ時間がかかります。また、車の運転の場合は、教習所へ行き、交通法規を学び、運転技術を習得して教習所内で練習し、最後に公道で実地練習を行います。
同様に、株式やFXにおいても、まずは基本的な取引方法や市場の動きを理解し、シュミレーションを通じて経験を積むことが大切です。その後、実践です。
大学で行われる株式ゲームも同じ発想です。学生は理論を学び、株式市場についての知識を得ます。しかし、実際の取引で儲けるタイミングや損をする状況を理解するためには、まずは現実と同様のシュミレーションを行う必要があります。株価や為替レートの動きを日々追うことは重要であり、初めにこれを習得することが必要です。急に投資を始めるのではなく、シュミレーションを通じて経験を積むことが肝要です。
シュミレーションを行うことで、本に書かれている理論と現実の動きのギャップを実際に体験できます。これにより、株価や為替レート、暗号通貨に関するこれまでの自分の考えと実際の現象との違いに気付くことができます。TVやネット、YouTubeなどで語られる情報と実際の経験とのギャップに学生たちは気付くことでしょう。
一般の人は株式ゲームのことをパソコンゲームなどの遊ぶゲームを連想すると思いますが、ここでの「ゲーム」はそういう意味ではありません。現実の状況と同じような想定をして、その中で疑似で行うゲームです。株式ゲームの場合は、例えば架空の資金で最初に1000万が与えられます。パソコンゲームや盤上のゲームではなく、東京証券取引所で実際に取り引きされているそのものの価格で売買を行い、利益を得たり損をしてしまうということを体験します。銘柄の選択も実在する株式会社の中から自分で考えて行います。
シュミレーションゲームのデメリット
デメリットもあります。まず、ゲームはあくまでゲームです。実際の株取引やFXでは、自分の本当のお金を投じる現実が伴います。架空の取引と実際の取引では、意思決定の方法や脳の働き、人間の反応の違いがあります。自身の資金が関わる際の意思決定や脳の使い方、そして精神状態は、架空の取引時とは大きく異なることを理解しておくべきです。
もちろん、シミュレーションゲームにはメリットも存在します。しかし、株式投資に必要なスキルをすべて網羅しているわけではありません。現実の株式投資に進む前には、さらなる段階での学びが必要です。シミュレーションゲームをしたからOKではない、この点を理解することが重要です。
信頼性の高い情報源を見極めるためのアドバイス
これは難しいですね。株やFX、暗号通貨に関する情報は、書籍やDVD、TV、ネット、YouTube、個人のSNSなど多様なメディアから提供されています。しかし、その中で信頼性の高い情報を見極めることは非常に困難です。初心者や情報の乏しい人は、混乱してしまうこともあるでしょう。
信頼性を確保するためには、株式投資やFXで実際に成功している人から学ぶことが有益です。書籍やネットの情報の中で、大部分は有益なものではない可能性が高いです。情報を見極めるのは難しいですが、確実な情報は、実際に利益を上げている経験豊富な投資家から得ることが重要です。
また、自身で株式ゲームを行うことも肝要です。多くの証券会社や日本経済新聞社が投資シミュレーションを提供しています。最初にこれを体験し、株価の変動や利益を出す要因、損失を被る状況などを理解することが大切です。投資シミュレーションを通じて、現実的な経験を積むことで、情報の優劣を判断できるようになります。
他人の話やネットの記事を読むだけでは、「これは聞いた話と違う」と気づくことができません。実際の体験を通じて、何が重要であるかが明確になります。その後、適切な勉強と情報収集を進めていくことが大切です。
学生が金融リテラシーを向上させるための自己学習や自己啓発の方法
最初は本を読んで勉強をした方が良いと思います。ネットで手軽に入手できる情報は、事実と異なる情報や主観的な意見も含まれており、正確な知識を得るのは難しいことがあります。おすすめの本は調べればすぐに見つかると思います。株式や投資に関する基本から高度な知識まで、多くの本を読み込むことが大切です。株式投資の場合では、「株とは何か」から始まり、「株の売買とは何か」といった基本を理解し、段階的に応用的な知識を積み重ねていくことが必要です。
一方で、ネット上には「1日5分で儲かる方法」や「ラクラク投資法」などの情報が存在しますが、これらは現実的ではありません。金融リテラシーを向上させるには、努力と勉強が不可欠です。自己学習だけでなく、実際の取引の経験も重要です。ただし、個人の資金量を考えると、実践のみに頼るのは限界があります。本を読むことが基本です。投資は、大学受験や国家試験を受ける際の学習に匹敵するほどの努力が必要です。情報収集だけでなく、実際の経験を積むことも重要です。ネットや他人の話だけでは、投資には十分ではありません。自身で情報を吟味し、自己学習に真剣に取り組むことが必要です。
金融教育の推進は大切ですが、これには時間とお金が必要です。自己学習の成果は短期間で出ることもありますが、株やFXの取引はプロフェッショナルと同じ土俵で行われることを忘れてはいけません。
これに対する真剣な姿勢が重要です。自己学習や自己啓発を通じて、安定した投資利益を得るには高いレベルまで到達する必要があります。投資を行う際には、それなりの覚悟が要求されることを忘れないように注意してください。株式市場やFX市場で成功するには、半年や1年の時間ではなく、むしろ2年から5年といった長期間をかけて努力して学び続ける必要があります。
基礎を学ぶことが大切
ネットなどで手軽に「簡単に儲かる方法」などの情報が出回ることで、容易に成功を想像してしまうことがありますが、実際に試してみると違うということがわかります。
中学や高校での金融に関する学習や、従来通りの英語や数学の勉強の重要性について考えてみましょう。一部の国会議員や業界団体などが金融教育の推進を提唱していますが、金融の知識は基本的に中学や高校で学ぶ英語・数学・歴史などが基盤となります。金融の専門用語は英語から由来しているものが多く見られます。また、例えば利息の計算やローンの返済額、保険に関する理解も、基本的には中・高の数学や歴史(特に世界史)が基礎となります。
金融教育の導入は個人的には肯定的ですが、導入されたからと言って数学や歴史を勉強しなくて良いことにはなりません。金融の学習を進めて中級や上級のレベルに進むと、数学の知識が欠かせなくなるからです。金融の知識を学ぶ際には、数学や歴史がどのように基盤となっているかを理解しておく必要があります。利息の計算方法や資本主義の歴史などがきちんと理解できない状態では、金融の概念を正しく理解することは難しいでしょう。
金融教育の導入は必要だとは感じますが、それに伴い英語や数学、歴史といった基本的な学習の重要性を見逃さず、しっかりと理解を深めることが肝要です。
金融教育を通じて学生に伝えたいメッセージとアドバイス
株式投資やFXにおいて基本的なことを軽視しないことが肝要です。
基本をしっかり理解し、習得した後に次の段階へ進むべきです。株式投資やFXに関する本を読み、シミュレーションを実践することは有益です。実際に株式投資を行うときには、重要だと思ったことや自分が意思決定した際の判断基準をメモやノートに残すことが重要です。
例えば、購入した株の銘柄や株価、取引内容、なぜその株を購入したかなどを記録します。これに似たことは学校教育でも行っていることですが、投資においては多くの人がこれを怠りがちです。株やFXの取引を行う際には、自身の行動や意思決定の背景を記録し、失敗した場合はその原因を分析することが重要です。失敗を修正し追求することなくして、上達は望めません。
学習を深める際には、本の読書やセミナー受講、YouTubeの動画視聴の際にも、必ずノートを取るか、Excel などでコンピュータに記録を残すことが大切です。学んだ情報や知識は、学生時代と同じように整理してまとめることが有益です。これにより、成果が大きく変わることがあります。
また、自分自身で成功した理由や失敗した理由を探求することが近道です。個人投資家の場合、機関投資家と違い上司も先輩もいないので、自分の過ちを指摘してくれる人はいません。誤りを修正するのは、自分自身でしかできません。この段階に到達することが大切です。逆にこれを怠ると、上達が望めず、投資家としての損失を被る可能性が高まります。
▼取材にご協力いただいた三井秀俊 教授の研究室はこちら 三井秀俊ゼミ | 日本大学経済学部