SDGs 大学プロジェクト × Iwate Univ.

プロジェクト「岩手大学野生動物園」の概要

(髙橋さん)岩手大学の上田キャンパス内の自然観察園や植物園、実験用の圃場では、キツネや二ホンアナグマといった野生動物が生息しています。岩手大学野生動物園は、センサーカメラを使用して野生動物を撮影した映像をインターネット上で公開し、動画と共に動物の解説を提供しています。

これにより、大学生や地域住民の皆様に野生動物の生態についての理解を深めていただき、動物との適切な関わり方を考えるきっかけとなることを期待しています。

次世代アグリ学生プロジェクトとは

(原科教授)次世代アグリイノベーション研究センターで展開されている学生プロジェクトでは、1プロジェクトあたり最大10万円の予算を活用して、SDGsに関連した興味深い取り組みを行う機会を学生に提供しています。今回の岩手大学野生動物園も、この学生プロジェクトの一環として実施されました。

プロジェクトのきっかけ

(髙橋さん)私は岩手大学で動物関連のサークルに所属していました。サークルの活動を通じて獣害対策に関わる機会があり、その過程で農村部と都市部の住民の獣害対策への意識に違いがあることに気づきました。この違いがプロジェクトの立ち上げ動機となりました。

住民に正確な獣害対策の理解を促進し、実践するためには、まずは野生動物との関わり方を理解してもらうことが必要と考えました。都市部の住民に野生動物の姿を実際に見てもらうことで、少しでも理解が深まることを願い、このプロジェクトを開始しました。

野生動物に対する意識の低さ

(髙橋さん)農村地域では獣害が身近な課題となっており、特に農家にとってはクマなどは被害をもたらす存在です。一方で都市部では獣害の実感が薄いため、クマやイノシシといった野生動物の危険性について認識していない人々が多く見受けられます。

都市部の住民の中には、野生動物を「可愛い」と評価する人々もおり、中には駆除行為を不快に感じる方もいます。同じ野生動物でも、農村部と都市部では「危険」と「可愛い」などの評価が異なる傾向があります。

(原科教授)高橋さんはこれまで農村地域でクマ対策を手伝った経験から、野生動物に対する意識の地域間の違いを感じていたのではないでしょうか。高橋さんが卒論の調査で住民の意識を尋ねた際、アナグマとハクビシンの在来種と外来種の区別に関する質問に対しても、理解が不十分であることを示す回答がかなりありました。

在来種であるアナグマに対してもアライグマ同様に害獣として嫌悪感を示す住民も存在します。都市部の住民は野生動物との接触が少ないため、現実感を持ちにくい状況かもしれません。岩手大学がある盛岡市は自然に恵まれており、都市緑地内でもカモシカなどの野生動物との遭遇機会があります。大学キャンパスでもカモシカ、シカ、タヌキ、キツネ、アナグマ、最近ではハクビシンなどが見られ、カメラにも映っていることが確認されました。

多くの住民は野生動物との共存を望んでおり、このような環境を活かして、正しい野生動物に関する知識を住民に提供していく取り組みが望ましいと考えています。

岩手大学野生動物園立ち上げの背景

この章では、岩手大学野生動物園の立ち上げに至る背景について詳しく触れていきます。また、人間と野生動物との軋轢について、原科教授から伺いました。

人間と野生動物との軋轢について

(原科教授) 農山村や都市とその周縁部に生息する野生動物は、タヌキやシカのように可愛らしいといった地域のシンボルとしてのポジティブな側面がある一方で,農林業被害を引き起こすなど人間との軋轢を生じるネガティブな側面も持っています。農林業被害以外では,動物との交通事故(ロードキル)の問題があります。

ここでは、動物の死亡だけでなく、運転手のケガ等の人身被害も懸念されます。岩手県内ではシカのロードキルが増加し、問題となっています。また、過去10年ほどで都市部にも生息域を広げてきたハクビシンは、寝屋裏に住みつき、糞尿を出し、夜中は走り回るといった衛生上の問題や生活環境被害の側面が指摘されています。

このように、野生動物は人間にとってポジティブな面とネガティブな面の両方を持っています。野生動物について知識がないと、必要以上に恐れたり、逆に餌付けするなど近づきすぎてしまうことがあるので、正確な知識を持つことが必要だと考えました。

SDGsの観点から

(原科教授)岩手大学野生動物園の取り組みは、SDGsの17の目標の中では,「陸の豊かさも守ろう」(目標15)や「質の高い教育をみんなに」(目標4)を達成するために展開されました。岩手大学は自然に恵まれた地域に位置しており、ここで野生動物について理解を深める機会を提供することができます。学生や地域住民に対して正確な知識を提供し、野生動物との共生に向けた適切な行動を促す役割を果たすことが、私たちの使命と考えています。

カメラに映った動物たち

(原科教授)センサーカメラ16台には、アナグマの親子、ハクビシン、キツネ、アライグマなどの野生動物が映っていました。特にアライグマは岩手県内ではこれまで報告の少ない外来種で、全国的にも注目されている問題です。また、ハクビシンも家族単位で行動する様子が記録されました。家族単位での行動は繁殖の可能性を示唆しています。

アンケート結果からわかる反響

 (髙橋さん)2022年の6月〜12月までカメラを設置し、どのような動物が映っているかを調査し、まとめました。その後、学内にQRコードが印刷されたパネルを設置し、野生動物の情報を発信していました。同時に、QRコードをスキャンした先にアンケートを用意し、観察された方にアンケートにご協力いただくようお願いしていました。さらに、周囲の住宅にも約1000枚のアンケートを配布しました。

アンケートの回答数は私たちの予想には届きませんでしたが、住民の方の回答で多かったのは「まさか身近な場所に動物がいるとは思わなかった」という意見でした。動物との関わりについては直ちに結びつけるのは難しいかもしれませんが、意外なことに、動物が身近に存在することに対する意識の変化が見られ、意識の向上を感じています。

 (原科教授)また、アンケートの回答方法に関して、大学内に設置した6か所のパネルよりも、インターネット経由での回答が多かったことがわかりました。今後は、パネルの効果を高めるためにも、パネルの設置場所を通行人が多く、関心を示してくれる場所に工夫を凝らしていこうと思います。

プロジェクトを通しての将来展望

(原科教授) 将来的な展望として、市民参加型の動物調査を推進することを考えています。近年では「市民科学(シチズンサイエンス)」という言葉も使われており、盛岡市のように約30万人の市民がいる場所では、市民一人ひとりが観察に参加すれば、より多くの情報を収集できるでしょう。具体的な方法はこれからですが、この取り組みを通じて、野生動物に対する理解が深まることを期待しています。

その他にも、都市部では動物追跡にエアタグ等を導入することも面白いと考えています。これは、市民がスマートフォンを持ち歩く際に、動物に装着したエアタグ等に自動的にBluetoothで接続し、動物の位置情報を提供するというものです。現在使われている動物追跡用のGPSは高価格であるほか、重量の課題があり小型動物には適していません。一方、エアタグ等は比較的安価で軽量であり、都市部では多くの人がスマートフォンを使用しているため、広範な範囲で利用可能です。

(福島さん)都市に住む方々は、野生動物と接する機会が少ないため、自分には関係ないことと捉えてしまいがちだと感じています。一般的には、野生動物は田舎に生息し、都市には野良ネコがいる程度と考えられることが多いですが、実際には岩手大学のキャンパス内でもシカが出現したり、ハクビシンが住宅地に侵入したりする事例があります。

都市部の人々にも野生動物を”自分ごと”として認識してもらうことが、将来の潜在的な被害を予防する上で重要だと考えています。後輩たちには、野生動物への理解を広め、このプロジェクトを盛り上げていく役割を引き継いでほしいと願っています。