
SDGs 大学プロジェクト × Nara Institute of Science and Technology
目次
奈良先端科学技術大学院大学の紹介

奈良先端科学技術大学院大学(奈良先端大:NAIST)は、情報科学、バイオサイエンス、物質創成科学の3つの分野を中心に研究・教育を行っている大学院のみの大学です。この3つの分野の研究・教育活動は、大学設立の1991年からそれぞれ独立した研究科で行ってきました。
それぞれの分野で最先端の研究を進める一方で、コンパクトな大学の強みをいかし、2010年からは異なる研究分野の研究者が集まり、新しいテーマを掲げて分野横断的な融合領域研究も行ってきました。その取り組みを一層進めるために、2018年からこれら3つの分野を融合し、一つの先端科学研究科として研究・教育活動を行っています。その結果、これまで以上に奈良先端大の多くの研究者が各々の最先端の研究を持ち寄り、協力することで、個々の研究だけでは解決が困難な様々な問題に取り組むことが可能となりました。
2022年には、多様なアイデンティティや多彩なバックグラウンドをもつ学生や教職員が安心して学び、働き、能力を発揮できる場としてのあるべき大学の理想像を示す「共創コミュニティー宣言」を発表しました。
この宣言では、多様性の理解に努めるとともに多様性がもたらす豊かなキャンパス環境を大切にすること、一人ひとりの人権・人格及び個性を尊重し公正かつ公平なコミュニティーの維持に努めること、課題やアイデアを共有し常に相互に敬意を持って議論し協働すること、を明文化しました。SDGsに通ずるこの理念のもと、これまで以上に本学に関わる多くの方々が一致団結して、新たな価値の創造を目指し研究・教育活動を進めています。
デジタルグリーンイノベーションセンターの紹介


近年注目を浴びるSDGsは、様々な要素が複雑に絡み合い、解決が困難な課題が多く存在します。奈良先端大でもSDGsの達成に向けた幅広い活動が求められていることから、大学全体でSDGsを考え、その解決に向けた活動を行うためのプラットフォームを提供するために、2021年1月、デジタルグリーンイノベーションセンター(CDG)を設置しました。
本センターではデジタル技術とグリーン技術を融合した「デジタル×グリーン」科学技術を創出し、「イノベーション」を推進することで、様々な社会的課題やニーズに対して、環境への配慮と最先端の科学技術を融合させたアプローチを目指しています。このコンセプトに基づいて、環境および生態系への負荷を考慮した「バイオエコノミー」や、最近では地球温暖化への対策としてのカーボンゼロを目指した「グリーンエコノミー」を展開し、持続可能な社会の実現に向けた取り組みを展開する融合領域研究を推進しています。
これに加え、国際連携、地域連携、産学連携といった多様なパートナーシップを築きながら、研究力と教育力の強化を図り、人材育成に力を入れた活動も行っています。近年注目を浴びる社会人へのリカレント教育の分野においても、本学の教員と学生と共に最新の科学技術について学び、考える場を提供することを目指しています。加えて、奈良先端大は、起業家などを含むイノベーションを牽引する人材育成にも力を入れており、イノベーション人材教育の取り組みを学内だけでなく社会人の方々にも展開しています。
これらの取り組みを通して、デジタル×グリーン科学技術の成果やそれらを担う人材を社会に実装し、SDGsへの貢献を果たすとともに、環境や食料に関わる課題の解決、持続可能な社会の構築に寄与することが、本センターのミッションであると考えています。
センター活動の概要
デジタルグリーンイノベーションセンターの主な活動として、研究者と社会を繋ぐ取り組みとSDGsの達成のための取り組みがあります。
研究者と社会を繋ぐ取り組みには、デジタルグリーンイノベーション教育プログラム、NAISTグリーンエコノミーコンソーシアム、研究者のための社会実装ワークショップがあります。
デジタルグリーンイノベーション教育プログラムは、本学の学生が選択可能な融合領域教育プログラムで、自らの専門以外の幅広い分野の基礎知識を得る科目群、イノベーションに関わる科目群に加え、企業・地域連携に関わる科目群を設定しています。その中には企業の方々を講師に招いた「グリーン科学の産業展開」、企業や地域の方々と連携し、実習を含めた課題解決に向けたグループワークを行う「デジタルグリーンイノベーションPBL」等があります。
NAISTグリーンエコノミーコンソーシアムは、センターに所属する研究者を中心として、企業、自治体や団体等が協働し、環境に配慮した経済活動を促進する「グリーンエコノミー」に焦点を当てた様々な活動を行う場として設置しました。その活動の一つであるNAISTグリーンエコノミーセッションでは、企業などの関係者からの話題提供を通じて、学生との交流を図る場を提供しています。
研究者のための社会実装ワークショップでは、自らの研究成果を広く社会に役立てるために必要なことを学ぶ場として企画運営しています。現在、研究者には自らの研究を追求するだけでなく、それを広く社会に還元することが求められていますが、基礎研究を中心に行っている研究者の多くは、社会との関わりをもつ機会が限られています。そのような状況を変えるために、この取り組みでは研究者が自らの研究成果を「社会実装」するための知識や情報の共有を進めています。
SDGsの達成のための取り組みとしては、NAIST SDGs ActionとSDGs×CDG セミナーがあります。
NAIST SDGs Actionでは、企業、自治体、団体などの多岐にわたるステークホルダーの方々と共に、体験型の様々なイベントを実施しています。SDGs×CDG セミナーでは、様々な分野で先駆的な取組みを行なっている方を講師にお招きし、SDGsについて学び、考える場を提供することを目的として実施しています。これまでに行なった具体的な取り組みについて以下にご紹介します。
SDGs施策①:NAIST SDGs Action

この取り組みは、全国的に知られている靴下メーカーであるタビオ株式会社と連携して行われています。タビオ株式会社は「靴下の街」として有名な奈良県の広陵町で、近年増加する休耕田におけるワタ(綿花)栽培を進めています。休耕田では1年間放置するだけで雑草雑木が生い茂り、それらの根により田んぼの底が壊されて水を溜める機能が失われ、田んぼとして再利用するためには多大な労力、時間を要します。しかし、ワタは根が浅いため、水田を壊すことなく栽培ができ、その後、ワタ栽培から稲作に切り替えることが可能です。この作業は、広陵町のシルバー人材の方々が担っており、新たな雇用を生み出す施策としても注目されています。
さらに近年、ウイグルでの綿花栽培における人権侵害問題などが知られるようになり、使用する原材料やその生産過程にも配慮するトレーサビリティも重要視されています。国内でのワタ栽培を進めることでその問題をもクリアにすることが可能です。
休耕田でのワタ栽培は、SDGsの観点から見て非常に模範的な事例であり、私たちがSDGsについて考える上で非常に良い題材になります。奈良先端大ではタビオ株式会社のこの取り組みに賛同し、令和3年から学生、教職員、関係者と共に休耕田でのワタ摘みに参加しました。また今年度から、種まきや草取りにも参加し、ワタ栽培の全容を体験する実践的な活動を通じて、新たな問題点や課題を発見し、解決に向けた取り組みにも挑戦しています。
SDGs施策②:SDGs×CDGセミナー


このセミナーは、様々なSDGsに関連する分野の専門家を講師として招き、SDGsについて学びを深める場として企画運営されています。
これまでに、奈良県御所市の棚田で無農薬での農業を営む杉浦農園Gamba Farmさんから、農山村の過疎化、就農者の高齢化といった課題を抱える地域での里山保全に関するお話をお聞きしました。現在、この取り組みに賛同する学生、教職員が棚田での稲作にボランティアとして参加しています。
令和4年にはNPO法人気候ネットワークの方々と「どうする?気候変動」シリーズと題した計3回のセミナーを行いました。近年、頻発する自然の脅威に直結する気候変動の現状やその主な原因であるエネルギー問題への対策、脱炭素社会実現のためのアクションについて学び、議論しました。
また、本学の男女共同参画室と共同で「ジェンダーがわかると科学は拡がる!」というテーマでセミナーシリーズを企画し、研究の分野においても男女の違いを考慮することで新たな発見が生まれるジェンダードイノベーションやジェンダーに配慮した科学教育についても学び、議論しました。
今年度は4月にセンターに着任した人文科学系の研究者である得能想平助教によってSDGsのベースにある「正義」について考えるセミナーを実施しており、今後、SDGsに関する様々なテーマについて広く取り上げ、学生、教職員に対しSDGsへの興味を抱かせ、積極的に取り組める機会を提供します。
SDGs施策③:これからのこと
今後の展望として、これまで取り上げることがなかったSDGsに共通する理念「誰一人取り残さない」に焦点を当てたセミナーシリーズを開催する予定です。特に、障害分野における社会的な課題に対して、研究・教育活動を行う上でどのようなことに注意すべきか、考え議論したいと思っています。また、これまでセミナー等で関心を持ってもらったSDGsのテーマについてさらに理解を深め、解決に向けた行動へと発展させていきたいと考えています。
センターと学生との関わり


センターとして様々な活動を行う拠点として、多目的コワーキングスペース「CDGコモンズ」という名称の部屋を準備しました。CDGコモンズでは、奈良県の吉野杉を利用した床材を設置し、ベッドやソファーなどの家具に使用したウレタン廃材を再利用したブロックを椅子や机として使用しています。このブロックの配置を変えることでセミナーや会議の会場としての利用、授業の一環であるグループワークの実施だけでなく、学生、教職員が集まって思い思いの活動ができる場として利用されています。
平日の朝から夕方まで学内の関係者には常時開放している他、グリーンバイオエコノミーフェローシップ学生やDGIプログラム履修学生には、スマートフォンを使ったスマートキーを発行しており、休日夜間を問わず常時CDGコモンズの利用が可能となっています。
また、センターの重要な活動の一つとして、先にご紹介したデジタルグリーンイノベーション教育プログラムがあります。このプログラムは、融合領域に興味を持つ学生や幅広い知識を追求する学生、社会で自らのスキルをすぐに役立てたい学生、そして起業家を目指す学生などが受講しています。
今年度は情報科学領域から11名、バイオサイエンス領域から37名、物質創成科学領域から8名、計56名がこのプログラムを選択しています。ここでは多くの科目群から自らの目的に合わせた講義を選ぶことができ、異なる専門領域の学生との交流も図れることから、非常に好評を博しています。
先生の研究とSDGs
私はバイオサイエンス領域の植物科学分野に所属する植物代謝制御研究室で研究をしています。デジタルグリーンイノベーションセンターにも所属していることからSDGsと関りのある研究をご紹介します。
かつてから私は、樹木の遺伝子を組換えて、木材の特性を変える研究を進めてきました。この研究をもとに現在、大阪大学の永井健治 教授(本学客員教授)と協力して、光る樹木の開発を進めています。これが実現すれば、光る樹木が街灯として使用され、エネルギー効率の高いクリーンな社会の実現に寄与できる可能性があります。実際に、樹木であるポプラを光らせる技術の開発に成功しており、その成果は確かなものとなっています。この光る樹木が、夜間の街を照らす未来を実現するためにはさらなる研究が必要です。
この光る樹木の開発は、デジタルグリーンイノベーションセンターが進めている“研究成果の社会実装”の一環であり、SDGsの達成、グリーンエコノミーの実現に向けて重要な役割を果たすと考えています。そして、この“研究成果の社会実装”に向けて、近々に永井教授を中心にしたベンチャーを起業する予定です。遺伝子組換え技術は極めて有用な科学技術ですが、国内では未だ多くの方に受け入れられているとは言い難い状況です。その社会的受容性(パブリックアクセプタンス)や公共の理解を考慮しながら、ベンチャーでは光る樹木を含む光る植物を産業として実用化する努力を続けていきたいと考えています。
学内には多くの研究者が様々な最先端の研究を展開していますが、それぞれの研究がどのSDGsにつながるかについては、きちんと把握できるまでに至っていません。デジタルグリーンイノベーションセンターとしては、学内の研究シーズを適切にSDGsに結び付けるための取り組みを進めることが今後の重要な課題です。
さらなる社会実装へ向けて
近年、国内のスタートアップ支援体制が充実しつつある状況を鑑み、その恩恵を最大限に活かし、基礎研究を推進しながら社会への実装をする手段として、スタートアップの設立や産学連携に注視しています。
やはり大学として、知的財産を実用的な形に昇華させていくには、会社をつくる方向に教員が目を向けるということが必要だと思います。大学同士が連携して起業に向けた活動に対し、国を挙げた支援の例を挙げると、京都大学や大阪大学を中心とするKSAC(京阪神スタートアップアカデミア・コアリション)という大学ネットワークが、起業家の養成や大学シーズを社会実装する取り組みを推進しています。本学もKSACに参画しており、起業やそのための研究資金の獲得が進むことを期待しています。
さらに、企業との連携に関しては、長年にわたり教員が研究活動の中で築いてきた関係性が根底にあります。しかし今後は戦略的な観点から、大学が主導したプロジェクトを通じて、複数の研究者と企業が連携するさまざまな取り組みに挑戦する方針です。
今後の施策
現在、情報系の領域では、学生が自ら起業するという流れが大変強くなっています。最近では、スマートフォン一台あれば新たな会社を設立することが可能であることを考えると、これはごく当然の流れだと言えるでしょう。
実際、本学においても、情報系の学生が起業する事例は、今後増えると思います。一方で、バイオ系や物質系の学生においては、いくら優れたアイデアがあったとしても、基盤となるリソース(知財等)が不足していると起業することは困難です。
こうした状況において、知財を保有する教員が主導し、学生たちが新たな知財を創出するプロセスに積極的に関与することで、卒業後においても共に活躍する機会を創出できれば良いと考えます。例えば、一旦、社会に出た学生をCEOとして迎え入れたスタートアップを設立することも一つの方法です。
今後は、これらのアプローチを通じて、学生と教員が連携し、新たな研究シーズの開発、それをベースとした起業が可能な環境を整備していくことが、本学および本センターの使命であると考えています。