
SDGs 大学プロジェクト × Nagahama Institute of Bio-Science and Technology.
目次
長浜バイオ大学の紹介

いのちを学び、自然を学び、人と地球の未来をつくる「バイオの総合大学」です。
生物学、農学、理学、工学、医学など幅広いバイオの領域で、基礎から最先端までの知識と技術を学びます。
2024年4月にバイオデータサイエンス学科を開設し、持続可能な社会の実現に向けて、データサイエンス的側面から貢献できる人材の育成をめざします。
SDGsに取り組まれたきっかけ
今回の取材では、SDGsに取り組まれている奈良教授にお話を伺いました。まずは、SDGsに取り組まれたきっかけをこの章で紹介します。
土倉の森の自然を守る
–SDGsを意識するようになったきっかけを教えてください。
滋賀県長浜市は自然がとても豊かで、琵琶湖は〈近畿の水がめ〉といわれていますが長浜はその水源地になっています。私たちは琵琶湖北東部の山深い場所にある木之本町金居原の「土倉の森」で活動しています。
「土倉の森」には250本を超すトチノキの巨木が原生しているのですが、いまから7~8年前に伐採の危機に直面しました。当時の嘉田知事が寸前で止めましたが、湖西の朽木地区の森では手遅れで、多くのトチノキが伐採され、ヘリコプターで運ばれてしまいました。そういったことをきっかけに、土倉の森の巨木を守ろうという意識が高まりました。
我々も森と水を守るということがSDGsにつながるのではと考えて、この企画をやってみようと思いました。当時はSDGsという言葉がいまほど広まっていなかった時期でしたが、先駆けてやれたら面白いのではないかと。私は電子顕微鏡を専門としていますので、巨木とセットでやれたらいいなと思ったのがきっかけです。
SDGs施策の内容
ここでは、奈良教授に電子顕微鏡の魅力とトチノキのプロジェクトについてお話を伺いました。
電子顕微鏡×SDGs
一見関係なさそうな電子顕微鏡とSDGs。一体どんな取り組みをされているのでしょうか。
電子顕微鏡で質の高い教育を

–電子顕微鏡×SDGsという画期的なアイデアはどうやって思いついたのですか?
電子顕微鏡はふつうの顕微鏡と違ってとても細かいところまで見ることができます。例えば200ナノメートル以下の大きさのコロナウイルスは電子顕微鏡でないと見ることができません。素晴らしい技術を集めた機器なのですが、学術に特化していて敷居が高く、一般的ではありません。おそらく多くの人たちが、難しい物というイメージを抱いているのではないかと思います。
電子顕微鏡がそれほど難しくない親しみのある機械だということを認知してもらいたいということで、YouTubeやTikTok、Instagramなどを活用して、森の新しい価値の発信をめざしています。それがSDGsの目標4〈質の高い教育をみんなに〉に合致するのではないかと思っています。
–実際、そんなに難しくないのですか?
地元の小学生たちが電子顕微鏡を操作している写真を見てもらえればわかりますが、教えたらものの2~3分ですぐに触れるようになります。普通の顕微鏡だと接眼レンズが双眼鏡のような形になっていて、目の幅を合わせ、対物レンズの倍率を選び、反射鏡で明るくし、ピントを合わせて・・・・・・といろいろ操作しますが、我々の走査型電子顕微鏡はそういう操作をする必要がありません。
モニター画面を見て、レンズもダイヤルを回すだけで自由に変えられます。このあたりは普通の顕微鏡のイメージとは全然違うのではないでしょうか。そんなに大きくない物なら何でも見られるので、小学生たちに自分が見たいと思う身近な物を持ってきて観察してもらうところから始めました。
電子顕微鏡の写真をSNSで発信
–電子顕微鏡を知ってもらう活動の一つの手段が、YouTubeやTikTok、Instagramを使った発信ですね。
そうです。電子顕微鏡で撮ったいろんな写真で森の魅力を発信できないかというのは、いつも意識しています。TikTokは結構若い層に見てもらえているようで、特にアクセス数が多いですね。
–他に意識していることはありますか?
多くの大学では電子顕微鏡をオープンキャンパスなどでお宝のように扱って一般公開として見せるだけで、長浜バイオ大学でも数年前まではそのような扱いでした。しかし、触ってもらわないと意味がないですし、触ってもらって初めてこういうのも見たいとか、アイデアが出てきたりすると思います。もちろんその先にこの電子顕微鏡を触って仕事したいなど、進路選択にもつながってくればいいかなとは思うのですが、まずはこの電子顕微鏡の価値を知ってもらいたいと思って触ってもらう機会を作っています。
そしてもう1つ意識しているのは森を発信する上での新しい魅力を電子顕微鏡で作ることができないかなという部分です。森を知ってもらう、自然を知ってもらうために、だいたいどこも同じようにSNSを使って写真を投稿したりということはPRとしてやっているので、有名な自然がない長浜市はどうしても埋没しがちです。だからこそ電子顕微鏡を使って新しい切り口として何かできないかをいつも意識しています。
–具体的にはどんなことをやっていますか?
学生と一緒になって、アートとして取り組んだりしています。例えばウォーキングと電子顕微鏡を組み合わせるようなこととか。それとさっき言った小学生とのコラボレーション。電子顕微鏡で撮った写真を絵札にして、それに対する読み札を俳句で詠んでもらうといった企画を春と秋にやっています。理系と文系の融合ですね。
4年生はまだ俳句を習っていないので、新しい試みとしては電子顕微鏡で撮った植物の花粉の画像を3Dプリンターで打ち出してそれに絵付けするっていうこともやりました。これは図画工作みたいなものですね。


–面白いですね。奈良准教授の研究室に配属された学生さんたちは、研究する過程で意図せずして森×電子顕微鏡という部分でいろんな可能性を知ることになると思います。そういう学びを経た学生さんたちに変化は見られますか?
この取り組みを学生と一緒にやり始めて3年目なのですが、彼らが自分から何かアイデアを持ってやり始めたっていうのは実は今年が初めてなのです。つい先日、学生がゲームと電子顕微鏡を組み合わせることができないかと提案してきました。それはまだ計画段階ですが、電子顕微鏡で撮った写真を使ってシューティングゲームを自分でプログラミングする。そういうアイデアが学生のほうから出てきたというのはありがたいと思うし、彼らの成長を感じます。
–周りで起こった変化はありますか?
土倉の森のトチノキの巨木はおよそ樹齢700年〜800年の老木なのですが、実際、生きているのかどうかは見た目ではわかりません。しかし葉っぱの細胞や花びらの構造などを電子顕微鏡の写真で見せることで、生命を感じることができます。電子顕微鏡を使ってそういったことを知ることができるということがガイドの人たちにも伝わってきたようには思いますね。
あまり知られていないことではありますが、森にある石や鉱物などがどういう組成なのか、例えば化石はあるのか、そういうのも実は電子顕微鏡で見えるんです。そういう石を拾ってきて電子顕微鏡で見ましょうという取り組みを8月中旬に行いました。ルーペで見る世界と電子顕微鏡で見る世界の違いを届けられたと考えております。
トチノキのプロジェクトについて
トチノキを守るために、奈良教授が行っていることを伺いました。
森の自然を仮想空間で体感

–トチノキのプロジェクト面について伺いますが、学外にまで広まって、皆で守っていこうみたいな動きになっているのでしょうか?
そうですね。「トチノキ学ネットワーク」という学会のような組織が、ちょうど今年度に設立されました。そして、去る5月に第1回の会合が開催され、私も発表の場をいただきました。
「トチノキと人とのつながりの再生」という理念を掲げており、単にトチノキの保護をめざすだけでなく、縄文時代から受け継がれてきたトチノキから採れる栃(トチ)の実をどのようにして「食」として生かすかという、トチノキと人とのつながりを守ってこられた方々も存在します。その実はアクの含有量が多く、そのままでは食べることができないため、栃の実をどう処理するかは結構難しい問題なのですが、その解決には電子顕微鏡が一役買っています。
これにより、先人たちの知恵と工夫が凝縮された食の文化に対する研究も、是非とも取り組んでみたいと思う貴重なテーマの一つですね。
今後の施策
この章では、奈良教授に今後の施策をお話しいただきました。
メタバースでチームビルディング
–最後に今後の展望や新しい取り組みを教えてください。
土倉の森はとても険しい所です。昨今は軽装で山に登る人も結構いますが、本当は非常に危ないことで、このトチノキの巨木も例外ではありません。トチノキ自体が急斜面の岩場に育つ性質があるからです。だから誰でも行けるわけではない。行きたくても時間的な問題でいけない方や、身体的、体力的に難しい方もおられるでしょう。
そんな課題を解決するために、VRや森のメタバースを創ってみたらどうか、つまり土倉の森を再現した仮想空間を作り、そこに電子顕微鏡のミクロ画像が現れるようにしたら、マクロとミクロを同時に体験できて非常に面白いのではないかと考えています。メタバースの作成ソフトはいっぱい出ているので、いろいろ試しながら制作中です。
–仮想空間を使うことで何が期待できますか?
全く新しい旅のプラットフォームを形成して、森の持つ課題の解決に寄与したいですね。メタバースの仮想空間では、誰でも森を体感することができます。本来は苦労して山に登らなければいけないところを、その人なりのカスタマイズで瞬時に行けるところがよい点ではないかと思います。また、個別に課題設定ができるので、達成感を得られたりもします。例えばルートを設定して課題や道筋を与えてオリエンテーリングみたいな感じで巨木のある所までたどりついてもらうとか。
–なるほど、それは面白いですね。
そういうことは環境教育という目的ももちろんありますが、それ以外にもチームビルディングみたいな教育にも利用できるんじゃないかというふうにも考えています。もしかしたらいまの人たちは、メタバースである程度満足できてしまう可能性もありますね。
–つまり現地まで行かなくても仮想空間で体験して満足できてしまうということでしょうか?
そうです。それは気持ちとしてはすごくよいことで、メンタルヘルス的な向上にもつながりますし、自然環境保全の考え方も生まれたらありがたいですね。さらには、メタバースにいろんな企業が入り込んできて新しい業界が生まれ、いままでになかったような会社がおそらく生まれてくるのではないかと思うのです。
–メタバースに企業が入ってくるとどんなことが期待できますか?
現実の世界では、会社に新しく入った社員と既存の社員のつながりっていうのは結構大変で、そういう世代間のギャップをどう埋めるかというのは多くの企業の課題ではないでしょうか。例えば自然が豊かな森で合宿して、皆で共同で何か一つの課題に取り組んだりすることでチームワークや連帯感を育む。それは従来からすでに多くの企業がやってきたことだと思いますが、そういうチームビルディングを我々の電子顕微鏡を使ったメタバースやVRによる仮想空間で実現できたら面白いですね。
単に森の繁栄や保全だけが目的ではなく、人口が減少傾向にある日本で今後いろんな企業が活躍していかなければいけない中で、我々の活動がそういう面でもサポートできればいいなと考えています。