繊維の未来を紡ぐ花田朋美准教授の研究と環境への貢献

今回の取材では、環境負荷低減を目指す繊維の研究と普及に取り組まれている花田准教授にお話を伺いました。

花田朋美准教授の経歴

東京家政学院大学家政学部家政学科卒業
大塚テキスタイルデザイン専門学校Ⅱ部ウィービングデザインコース卒業
文化学園大学大学院生活環境学研究科被服環境学専攻単位取得満期退学 博士(被服環境学)取得
東京家政学院大学助手、助教を得て現職

2011-2014 相模原准看護学院非常勤講師
2012-2015 郡山女子大学非常勤講師
2019-2023 日本女子大学非常勤講師

専門は、繊維学、テキスタイル材料学、染色加工学

ポリ乳酸繊維の活用で衣服の環境負荷低減へ!

–花田准教授は2021年12月から2022年2月までの期間「ポリ乳酸繊維の活用で、衣服の環境負荷低減へ!」という学術系クラウドファンディングに挑戦されています。ユニークな研究をされていると感じたのですが、どのようなことをされているのでしょうか。

近年、ファッション産業の環境負荷に関するさまざまな問題がクローズアップされています。皆さんもマイクロプラスチックによる海洋汚染の問題を耳にされたことがあると思いますが、実は私たちが日常的に行っている洗濯からも小さな繊維くずが排水と共に放出され、マイクロプラスチックの一因になっているといわれています。

その問題解決の一つのアプローチとして、「ポリ乳酸繊維」という植物由来の合成繊維に簡単な加工を施して衣服の材料として活用することで環境負荷低減を目指そうという取り組みをしています。

–ポリ乳酸繊維についてもう少し詳しく教えてください。

はい。ポリ乳酸繊維はとうもろこしなどのでんぷんから作られる植物由来の合成繊維です。通常の環境下では長期間の使用が可能ですが、コンポストや土中では微生物によって、最終的に水と二酸化炭素に生分解されます。

原料となる植物は育成中に大気中の二酸化炭素を吸収することから、カーボンニュートラルで持続可能な環境配慮型繊維として注目され、最も研究開発が進んでいる生分解性繊維です。しかし、海洋中では生分解しにくいといわれています。

用途展開としては、産業資材や生活資材としては活用されているのですが、熱に弱いという欠点から、アパレル生産のシステムの中では取り扱いにくく、衣料用への展開があまり進んでいないのが現状です。

繊維に付加価値を付与する加工法の研究

–繊維に簡単な加工を施すとのことですが、どのような加工ですか?

私たちの研究室では、繊維を溶かす溶媒(良溶媒)と繊維を溶かさない溶媒(貧溶媒)を混合した処理液を用いて繊維を収縮させる『混合溶媒法』という加工法を発案しました。今までにポリエステルやナイロン、アクリルなどの汎用の合成繊維を試料として、繊維に新たな機能性とデザイン性の付加価値を付与する加工法として基礎研究を進めてきました。

更にその応用例として、染色技法を活用して一枚の布の中に収縮による凹凸感と色彩変化のあるテキスタイルを作製し、衣服の制作まで取り組んでいます。ポリ乳酸繊維についてもこの混合溶媒法を適用して、ポリ乳酸繊維の良溶媒と貧溶媒を混合した処理液を使用して収縮加工を行いました。

–混合溶媒法で収縮加工をしたポリ乳酸繊維布はどのようになるのですか?

収縮加工を施したポリ乳酸繊維布を試料として、収縮に伴う生分解性と染色性の変化を評価する実験を行いました。その結果、未加工の布に対して収縮加工をした布では初期の生分解が促進される結果が得られました。更に収縮加工をした布では、未加工の布より染料の染着量が増大する知見も得られました。

即ち、初期生分解性が促進されるということは、収縮加工したポリ乳酸繊維布で作られた衣服を洗濯した場合に、環境中にマイクロプラスチックの一因となる繊維くずが放出されたとしても、海にたどり着く前に生分解される可能性があると考えられます。また、染着量が増大するということは同じ濃さの色に染めるなら、使用する染料の量を少なくすることができるということになります。いずれも、環境負荷を軽減することに繋がる結果です。

ポリ乳酸繊維の衣料用としての実用化に向けて

–ポリ乳酸繊維は衣料用としての展開が進んでいないとのことですが、展開を進めるために取り組まれていることはありますか?

はい。熱に弱いという欠点から、衣料用への展開が発展途上です。しかし、研究室では、ポリ乳酸繊維布を染色して、きれいにアイロンをかける作業を学生が上手にこなしています。布の取り扱いに少し配慮することで、実際に着用できる衣服の制作は可能だと考えています。

まずは、ポリ乳酸繊維を多くの方に知ってもらうこと、そして、衣料用への展開が可能であることを実例を見て実感してもらうことが大切だと考えています。そこで、繊維に興味のない方にもポリ乳酸繊維について知ってもらう機会として、実験の結果を応用したテキスタイルアート作品を制作し美術展で展示をしたり、実際に着用できる衣服の制作を行っています。

更に、大学と地域との連携活動の中で、「知る!触る!」をテーマとして学生たちが先生となって教える「ポリ乳酸繊維布でコサージュを作ろう!」という体験教室を行っています。

–取り組みの成果はみられますか?

ありがたいことに、体験教室は毎回満員御礼となります。毎年楽しみにして参加してくれる子どもたちやポリ乳酸繊維に興味を示す保護者の方も増えてきました。ある年には、地域の小学校のPTA企画として学校に来て体験教室を開催してほしいというご依頼もありました。

少しずつ、ポリ乳酸繊維を知り、触ったという経験者が増えていると思います。また、学生が生分解性繊維を身近に感じるようになっていると思います。実体験に基づく知識は記憶に残ると思いますので、環境教育としての効果は大きいと感じています。

衣服の環境負荷低減と今後の展望

–衣服の環境負荷低減に向けて私たち一般の生活者ができることをお聞かせください。

まずは、ご自身が着ている衣服の繊維材料やその衣服が作られた背景に興味を持ってほしいと思っています。衣服のデザインや色には興味を持っている方が多いと思いますが、どのような材料で作られているのか、そしてどのように作られた衣服なのか、あまり気にしていないのではないでしょうか。私たちは衣服を着用することで、体温調節をし、自分を表現して、心と身体を快適に保っています。自分にとって快適な衣服とは何かを考えてみましょう。

それから、一着を長く着ることや衣服の手放し方もよく考えてみましょう。リユースやアップサイクル、リサイクルなどの情報を集めると良いでしょう。最近では、ケミカルリサイクルといわれる廃棄衣料品から新しい材料に再生するための技術開発も進み、新たなイノベーションを起こしている企業もあります。そのような企業の取り組みを応援することも個人ができる取り組みの一つです。

個人ができることは決して大きなことではないかもしれませんが、一つ一つの小さな積み重ねが環境問題への大きな対策になるのです。

–先生のご研究の今後の展望は?

はい。今回のお話のようにポリ乳酸繊維の衣料用への展開が進むことにより、合成繊維の一部代替え材料として活用できるようになり、衣料品における化石資源由来の合成繊維の使用量が少しでも削減できると良いと考えています。

そのためにも、『混合溶媒法』による繊維収縮のメカニズムを明らかにすることを目指して、更に研究を進めたいと思っています。また、私たちは毎日衣服を着て生活をしていますので、よく学生には、お料理が素材を理解することで美味しくなるように、衣服も快適で良いものを作ったり選んだりするためには、材料である繊維について理解することが大切ですという話をしています。

私たちの生活をよく観てみると、インテリア製品やキッチン用品をはじめ沢山の繊維製品が使われています。これからも生活を快適にする繊維について、楽しく学べるような研究ができると良いと考えています。