太陽光システムの未来への光明:神奈川工科大学の板子一隆教授が語る

研究テーマや専門分野を教えてください

電気製品などで幅広く利用されている”パワーエレクトロニクス制御”が私の専門です。簡単に言うと、半導体スイッチング素子を用いてエネルギーを効率良く制御する技術です。現在は新エネルギーの利用技術について研究しています。その中でも特に太陽光発電システムの効率向上に関する研究を行っており、パネルが本来持っている発電能力を最大限に引き出すための新しい制御技術を開発しています。

なぜ太陽光発電に関心を持ち、そのシステムを開発しようと思ったのでしょうか?

私がドイツの大学に留学していたときに、人々の環境保全への意識が非常に高く、自然とうまく共存していることに驚かされました。ドイツ政府も再生可能エネルギーを積極的に推進しており、その代表的な政策の 1 つである再生可能エネルギー法が導入された当初から今の日本でも導入されている※固定価格買取制度(FIT :Feed-in Tariff)と呼ばれる仕組みが既に取り入れられていました。私はこのドイツでの取り組みに関心を持ち、太陽光発電システムの様々な問題を探索するようになりました。そして、それらの問題点を克服したいという欲求から帰国後に太陽光発電システムの効率向上に関する一つのアイデアを論文発表したことをきっかけに徐々に研究テーマを太陽光発電システムにシフトしていったという経緯があります。それまでは、主に電磁環境問題に関する研究に取り組んでいました。

※固定価格買取制度:再生可能エネルギーで発電した電気を、電力会社が一定価格で一定期間買い取ることを国が約束する制度です。

多くの困難に立ち向かうなかで、克服するためにどのようなアプローチを取られたのでしょうか?

太陽光発電システムの研究を始めた頃、影による出力の大幅な低下が問題となっており、この課題の解決のための新しい制御法を見出し、国内外の学会で多くの論文を発表してきました。しかし、その実用化はなかなか進みませんでした。そこで、この課題を克服するためにまず、太陽光発電の主要な展示会に出展して関連企業の経営者や技術者とコミュニケーションをとることを試みました。そこでは、企業や世の中が求めているものを理解し、考慮に入れていくことが重要でした。発明技術が原理的には良いものであっても実フィールドで本当に力を発揮してくれるのかという疑問や、製品化を考えた場合にコストなどの新たな問題も次々と出てくるわけです。また、発明した技術をより製品に近い形にしてイメージしやすいようにすることも重要です。これにより、多くの企業との共同研究が実現し実フィールドでの効果も実証でき、当研究室で発明した新しい制御技術の実用化に成功しました。これまで国内外の多くの関連企業の皆様との技術交流や共同研究等で協働させて頂いた貴重な経験は大学での研究だけではとても得られるものではなく、今でも私の研究活動の大きな原動力になっています。

日陰での発電効率を向上させるために、どのような仕組みを導入していますか?

太陽光発電システムでは、太陽電池から最大電力を取り出す※MPPT(Maximum Power Point Tracking)制御のアルゴリズムに”山登り法”という方式が用いられています。この方式はLMPPT(Local MPPT)に分類され、太陽電池の電圧を出力が増大する方向に少しずつ変化させて山を登るような動作をさせながら最大電力となるポイントを探索するアルゴリズムです。この方式では、太陽電池アレイに部分的な影が発生すると電力の極大点が複数発生するため、最大電力点ではない極大点を間違って捉えてしまい、出力が大幅に低下してしまうという問題がありました。そこで、当研究室ではこの部分影が発生したときに生じる複数の極大点を短時間で全てスキャンして最大電力点を正確に捉えるGMPPT(Global MPPT)型の”スキャン法”というアルゴリズムを新たに開発し実用化しました。この方法により、あらゆる環境条件に対して太陽電池から常に最大限の出力を得ることが可能となりました。

※MPPT(Maximum Power Point Tracking):太陽電池が発電する時に出力を最大化できる最適な電流×電圧の値を自動で求めることができる制御のことです。

開発を通じて、社会やビジネスにおいてどのような変革が起こりうると考えられますか?

変革とまではいかないかもしれませんが、近年、日本発の有機系ペロブスカイト太陽電池の変換効率がSi結晶タイプ(普及型)に迫ってきているということで、このタイプの太陽電池が注目されています。この太陽電池は、現時点ではコストや耐久性の面で更なる改善が求められますが、低照度でも効率よく発電ができること、また軽く、建物の形状に合わせたセルの製造が容易なため、国を挙げてその実用化に力を入れています。今後は災害時にも強い蓄電池と組み合わせたオフグリッド型の太陽光発電システムが主流になっていくでしょう。この発電システムが実用化されれば各家庭による脱炭素の要にもなり得ると考えられます。我々は、このペロブスカイト太陽電池を実装できる新しい発電システムの開発によって、大規模太陽光発電所や今まで太陽光発電システムの設置が不可能であった建物への導入を加速させ、日本の太陽光発電関連市場規模の拡大、脱炭素社会の実現に向けて僅かながらではありますが貢献できるのではないかと期待しているところです。

教授が関心を持っている研究や開発テーマはありますか?

太陽光発電とは全く違う分野になりますが、ギターの音色に関心があります。私は幼少の頃からクラシックギターを習いはじめ、その魅力にとりつかれ、一時期プロを目指していましたので伝統的な高級手工ギターと安価な量産型のギターの音色の違いを耳で判別することができます。しかし、入門者にとってこの音色を聴き分けるのは難しいかもしれません。私は、これらの音色の違いはいったいどこにあるのか?という謎を解き明かしたいという欲求がありました。そこで、当研究室ではギターの音色を人間の感性に頼らずに定量的に評価する方法を研究しており、最近成果が少しずつ出てきています。具体的には、一つの音色に含まれている多くの音程を良いものと悪いものに分類し、良いものがどの程度含まれているのかを表す評価係数を考案し、音色を定量的に評価することを試みています。近い将来、ギター選びのための定量的な指標が得られるようになるかもしれません。最終的には、安価な材料で高級手工ギターの音色に迫る新しいギターの開発を目指しています。

新社会人へのメッセージ

みなさんは若いですので、いろいろなアイデアや夢を持っているでしょう。しかし、どんなに良いアイデアを持っていたとしてもそれを発信し、価値を伝えることができなければせっかくのアイデアも埋もれてしまうでしょう。これは社会にとって大きな損失だと思うのです。コミュニケーションや情報発信の力を磨いて是非それを形にして頂きたいと思います。また、小さなものでも大きなものでも良いので夢や目標を持って頂きたいです。それは今後の活動の原動力になります。そして、その実現のために一歩前に踏み出す勇気をもって頂きたいのです。一歩前に踏み出すことは非常にエネルギーのいることですし、失敗するかもしれません。しかし、失敗を恐れて何もしなければ前進しません。たとえ失敗したとしてもそれが今後の活動に活かされて前進に繋げることができます。この勇気がいずれ大きな成功へと導いてくれるでしょう。
厳しい社会の中で今後、数々の困難が待ち受けていると思いますが、強い信念でそれらを乗り越えて、大いに活躍されることを期待しています。

▼取材にご協力いただいた板子 一隆 教授のHPはこちら
板子研究室 | 環境に優しい未来を目指す