
SDGs 大学プロジェクト × Osaka Electro-Communication Univ.
『ニコニコのデザイン』プロジェクトは、我々大阪電気通信大学と大阪府住宅供給公社が連携し、2022年にスタートした寝屋川市の香里三井団地再生プロジェクトです。北澤デザイン研究室「Create For Smile」で学生たちとプロジェクトを立ち上げた北澤誠男 准教授と学生メンバーの古本直輝さんにお話を伺いました。
目次
大阪電気通信の紹介


大阪電気通信大学は、1941年に当時の先端技術領域であった電子工学や通信工学といった電気通信技術の学校として発足し、1961年に大学として設立されました。現在は、4学部(工学部、情報通信工学部、医療健康科学部、総合情報学部)14学科、大学院3研究科3専攻からなる「技術系総合大学」です。
2023年8月に寝屋川キャンパスリニューアルが完成。学部学科の垣根をなくした研究室や学内コンペを行い、学生の提案をベースとした広場があり、学生同士の新たな交流の場となってイノベーションを起きることを期待しています。
さらには、15年ぶりとなる新学部「建築・デザイン学部」を2024年4月に開設します。デジタル技術で時代をリードする建築士の資格をめざす「建築専攻」と、デジタル技術だけでなく仮想空間をも駆使して都市・建築・インテリアなどをデザインする「空間デザイン専攻」の2専攻を設置します。
大阪電気通信大学は、情報教育を進化させ、「人間力」と「技術力」を備えた人育成を行い、社会に「役立つ」大学を目指します。
ニコニコの笑顔があふれる団地にしたい

–『ニコニコのデザイン』プロジェクトとは?
北澤准教授:この『ニコニコのデザイン』プロジェクトは、「Create For Smile」という母体でやっています。学生プロジェクト、創ると使うの同一性、シビックプライドなどをキーワードにしています。
「Create For Smile」は、建築学科の1期生と私で立ち上げました。上下関係の交流や設計コンペなどの技術伝承が目的でしたが、その活動を学外に広げてスマイルを増やそうという時に、寝屋川市の空き家問題を解決してみんなを笑顔にしていこうということが始まりました。その時にちょうど香里三井団地の空き家問題が取りざたされていたので、そこに注目して大阪府住宅供給公社さん(以下:公社さんと呼称)に声をかけて、一緒にプロジェクトがスタートしました。
北澤研究室の有志である「Create For Smile」と、大阪府住宅供給公社さんの経営理念「笑顔の暮らし」という2つの思いが重なり、「プロジェクトを通してニコニコの笑顔あふれる団地にしたい」という強い意志が『ニコニコのデザイン』プロジェクトの名前に込められています。
–公社さんを始めとして、さまざまなステークホルダーと関わることの難しさとは?
北澤准教授:プロジェクトが始まってまだ1年半にも満たないので、まだ見えていない状況です。連携といいながらも、片や民間の営利企業(公社)、片や我々はボランティアでやっていますから。その中で自己実現したいという気持ちはありますが、やるべきこと(Must)をしっかりと見極め、やりたいこと(Want)の区別をつけることを大切にしています。さらにそれらがプロジェクトを通じて学生の実学として浸透することで、彼らにもニコニコになってほしいという願いがあります。
これまでにない3つの新規性
–『ニコニコのデザイン』プロジェクトの特徴とは?
北澤准教授:これまでの団地再生の先行事例にない3つの新規性ですね。まず1つ目がマスタープランやコンペなどトップダウンではない方式です。公社さんみたいな官庁的なところはコンペ方式やマスタープラン方式で数年のデザインを決めているのですが、それではなく、課題を探して随時解決していくボトムアップ型で解決していきたい、学生の意見を吸い上げていきたいというところから始まっています。すでにこの1年間でいろいろな意見の抽出が始まっています。
2つ目は、民間主導ではない学生提案、学生の手を使った団地再生方式です。全く民間の手を入れない学生ボランティアだけでやろうと決めました。学生ならではのコミュニケーション手法を模索していて、イベントを通じて住民といかに仲良くなり、意見を抽出していくかということをやっています。
そして3つ目は、団地だけではなく地域を含めた団地資産の発掘に関する調査研究です。建築学科には、私を含めて8人の先生にそれぞれの分野があります。構造や環境やコンピュテーショナルや仮想空間などいろんな先生がおられますが、特に都市計画を専門にする佐々木先生に注目し、未発掘地域を含めた団地の発掘を研究するべく長期的な調査をしています。
状況の変化に応じてリノベーションしていく
–営利企業である公社さんと、ボランティアである皆さん。お互いの目線の違いはありますでしょうか。
北澤准教授:半分官庁である公社さんは人が変わるのが一番のネックで、コミュニケーションの取り方がなかなか難しい状況ではあります。うちもサークルの学生メンバーが年次で変わっていきますので、その辺りをどう接着していくかというのが私の仕事です。
–なるほど。半年なり1年なりのタイミングで双方の担当者が変わってしまうからこそ、情報の連携や進み具合がうまくいかないといったところに課題を感じているということなのですね。
北澤准教授:それがいま見えてきましたが、そこで新しい風が吹くというところがこのプロジェクトの新規性でもあります。住民も変わるし、事業主宰者も変わるし、大学生も変わっていく。それに応じて時代も変化していく中でプロジェクトの形も変えていく。まあ難しくなるのでしょうけれど、それを乗り越えていくことが趣旨でもあるかなと思っています。
–一人のキーマンが全てのプロジェクトを引っ張っていくというよりも、入れ替わり立ち替わり常に新しいことを受け入れていき、プロジェクトを変革しながら一緒に成長していくというのがプロジェクトの趣旨なのですね。
北澤准教授:よいことを言ってくれました、その通りです。
–〈次世代の建築には「周りを思いやること」「次世代を思いやること」が求められている〉というのは、北澤先生の教えですが、住民の声を重要視した設計過程について、どのようなことにこだわりましたか。
北澤准教授:住民の声を反映させるための時間軸のデザインプロセスが特に重要です。現在の状況や周囲の理解度を考慮し、何が必要であるかを把握することが、建築の最初の要点です。同時に、将来の世代がその建築をどのように利用し、受け入れていくのかを想像することも、同様に重要な側面です。これら2つの視点を常に意識して、私たちの授業やサークル活動を通じて伝えています。
時間軸のデザインプロセスに注力していると仰いましたが、現在では都市の歴史や成り立ちの研究と平行して、アンケート調査や様々なイベントを通じて住民とのコミュニケーションを築いています。これによって、単なる青写真やマスタープランにとどまらず、新たな視点を持った学生の提案を通じて、団地の改善やリノベーションを少しずつ進めていく方針です。急速に変化する社会の中で、「少しずつ」の取り組みが重要だと考えています。
今後も公共団体、大学、市、国交省からの補助金を活用し、オールドタウン化した街に新しい再生スキームを構築していく予定です。この取り組みの目的は、単なるイベントやデザインだけでなく、建築自体がどのようにこのストック時代に貢献できるかという点を検討することです。団地に限らず、他のプランタイプでも、建築の在り方や再生スキームを見直し、確立することを目指しています。建築サークルや建築学科、大学院の研究科の学生も協力しており、学際的なアプローチで取り組んでいく計画です。
特に高齢化の進行が顕著である現在、医療分野の学生と協力して、建築がウェルネスに寄与する方法についても構想中です。このような取り組みを通じて、私たちの目指す方向に向けて歩みを進めていきます。
さらに、2024年からは教員と学生の数を増やす予定です。仮想空間での建築設計が極めて重要です。我々は、団地を仮想空間上に再現し、情報へのアクセスが難しい高齢者にも提供できるような環境整備も考えています。この中で、多様なアプローチを通じて、コミュニケーションを深化させていきたいと考えています。
地域拠点、交流拠点の必要性

–古本さんにもお話を伺いたいと思います。実際に現地を訪れ、一部の方々は変化が必要であるという危機感を持ちつつも、多くの人々は今後も何とかなるのではないかという見方が広がっているのが実情だと考えます。このような立場の人々に、建築学生の得意とするデザイン案を提示することによって、共感を呼び起こし、有益なアイデアやアンケートへの参加を促す仕組みを構築するために、緊密な交流が鍵となるのではないかと考えます。このような密な交流や、信頼関係を築くための工夫があれば、お教えいただけますでしょうか。
古本さん:当プロジェクトの重要なテーマの一つとして「温故知新」を掲げており、1年目は「団地を知る」、2年目は「団地の実践」という2つの段階に分けて進めています。島﨑(筆者)さんがおっしゃる通り、住民とのつながりが薄れることを避けるために、1年目は団地をよく理解することに注力し、焼き芋など住民が参加しやすいイベントを通じてコミュニケーションを図っています。その過程でアンケートなどから少しずつアイデアを取り入れて提案に移行する方針です。
北澤准教授:彼は団地を知るために4月から入居して住み込んでいます。
–団地というのは人間関係を重視するようなコミュニティーなのかなと考えています。実際に住んでみて、そこで得られた気づきなどがあればお聞かせいただけますでしょうか。
古本さん:私も住む前までの団地のイメージとして、隣人同士の親しさや差し入れの交換など、人間関係が密なものと考えていました。しかしながら、実際に住んでみると、現代の背景も影響しているのか、人々の繋がりは意外と薄く感じられます。最低限の挨拶程度が交わされる程度です。踊り場で隣人同士が立ち止まって会話を交わす光景はあまり見られません。ただ、これは実際に住むことで初めて感じることですが、下の階の住人から急に梅を贈られるという経験もありました。
これは最初から心を開いて接してくれていたわけではなく、むしろ徐々に挨拶や日常会話を通じて築かれたものです。住民側も若い人とコミュニケーションを取りたいという思いがあるようで、このような地域拠点や交流拠点の存在が重要だと感じました。

–学生のアイデアを活かしたイベントで、喜ばれたエピソードはありますか。
古本さん:イベントそのものも私たちが企画から運営まで担当しており、公社側はあくまで支援役というより、私たちが実現したいアイデアを具現化するために協力いただく形をとっています。先ほど述べた焼き芋のイベントも、短時間で60人以上の参加者が集まる大規模なものとなり、その後住民の方々から「久しぶりに地域の人と話せて良かった」といった喜びの声をいただきました。
住民たちにとっても地域交流の需要があることがわかり、私たち学生が住民同士の繋がりを築く役割を果たせる可能性があると感じました。私の在学期間は限られていますが、次世代に引き継ぎ、地域拠点や交流拠点のデザインを継続的に発展させていけたらと考えています。
–なるほど。現在、公社とどのような関係を築かれているのでしょうか。先ほどのイベントにおけるスポンサーや支援役のような役割ですか、それとも助っ人的な位置づけですか。
古本さん:公社とは毎週約2〜3時間の会議を行っています。上下関係よりも協力関係が強く、共同で目指す方向性に基づいてイベントを進める姿勢です。公社側は私たち学生が提案するアイデアを実現させるためのサポートをしてくださる協力者として存在しています。
ホームページやSNSで情報発信
–北澤先生にお伺いしますが、産官学連携の学生主導プロジェクトにおいて、徹底的な情報発信を行っている点は注目に値します。この取り組みについて意識的に行っていることはありますか。
北澤准教授:まず第一に、私たちは得た補助金を活用して専用のホームページを立ち上げました。当初は団地内の住民に対して情報を発信することを主な目的としていましたが、運営を担当する公社からの提案により、「団地の魅力を広範な地域に伝え、空き家問題の解決にも繋げたい」という視点を取り入れ、ホームページの発信対象を全国の一般の方々に拡げる方針に変更しました。
結果として、住民の方々だけでなく、広い層からの閲覧が増加し、またSNSプラットフォームでもInstagramやX(旧:Twitter)を通じて繋がりが生まれてきました。この取り組みは効果を徐々に現しております。ただ、私は更に住民同士のコミュニケーションを促進したいと考えており、今後はホームページや情報発信の中でその展開を図りたいと思っています。ホームページは、広く一般の方々を対象にした情報提供を意図しており、一方で、InstagramやX(旧:Twitter)は特に若い世代に向けて短時間で理解できるコンテンツを提供し、その後に歴史的な背景や地域との連携などへとリンクさせる仕組みを考えています。
古本さん:ホームページの運営は公社が主導して行っておりますが、InstagramやX(旧:Twitter)は、プロジェクトメンバー内で広報部のような役割を担当する学生に完全に任せています。Instagramでは、現地の光景や会議の様子などを即座に共有することで、学生視点と大人視点をバランスよく提供しており、内容によって分けることで適切な情報発信を心がけています。
–そのような情報発信に関して、広報のチームとは定期的な打ち合わせを行っているのでしょうか。
古本さん:はい、その通りです。Instagramのアカウントは、僕と広報の学生の二人 でログイン可能なように設定し、二重チェックの役割を果たしています。日常の会議や準備過程を発信することで、住民の方々もイベントの進行や内容が透明になり、活動の透明性を確保するとともに、住民の皆様にとっても安心感を提供できるよう心掛けています。
〈For Usのデザイン〉を目指す
–『ニコニコのデザイン』プロジェクトを進める上での課題と今後の展望を教えて下さい。
北澤准教授:当プロジェクトにおいて、私が常に学生たちに強調していることがあります。それは「建物を単なる自己表現のためだけに設計する建築設計者は、現代においては成功しえない。今後の時代には、周囲の環境や次世代の需要を考慮した建築設計者であることが求められる」ということです。私たちは『Create For Smile』というコンセプトの下で、見た目だけでないデザインの手法を学生たちと共に追求しています。
今後の展望として、2つ のキーワードがあります。1つ目は「For Meのデザイン」。多くの若い学生が陥りがちなのは、自身の視点だけに基づいたデザインです。
これに対して、2つ目の「For Youのデザイン」は、地域の住民に対して配慮を持ったデザインを指します。
例えば、バリアフリーの配慮や公共スペースの利用性の向上などがこれに当たります。ただし、住民がそれに気付いていない場合もあります。そのため、この両者を結びつけて「For Usのデザイン」を追求し、自己と地域のニーズを調和させることを目指しています。
これが、団地の再生手法においても有効なアプローチではないかと考えています。