
SDGs 大学プロジェクト × Hirosaki Univ.
目次
弘前大学の紹介

弘前大学は、北東北地方の総合大学の一つとして、また青森県唯一の国立大学として1949年5月に誕生しました。「世界に発信し、地域と共に創造する」をスローガンに、地域社会と手を携えながら、国際的な視野を持った人材育成に力を入れています。全国のみならず世界で活躍する人材を輩出しており、企業からも高い評価を受けています。特に、地域社会への貢献や、変化の激しい社会に対応できる人材育成に力を入れている点が評価されています。
学生一人ひとりが、教室での学びだけでなく、友人との交流や地域活動、留学など、様々な経験を通して、自ら成長できるよう、充実したキャンパスライフを提供しています。また、知性だけでなく、人間性や社会性を育み、「見通す力」「解決していく力」「学び続ける力」といった力を身につけることができるような教育課程を編成しています。
さらに、急速に変化していく社会の中で、データサイエンスやAIなど、未来を見据えた教育改革を進めるとともに、学生の生活面をサポートする体制を強化しています。弘前大学は、学生が自信を持って未来を切り開けるよう、多様な学びの機会を提供し、学生一人ひとりの成長を全力で応援します。
りんごの産地から生まれる、剪定枝を活用した研究開発とは

― 廣瀬准教授が所属されている弘前大学 教育学部 技術教育講座 木材加工研究室では、どのような研究が行われているのでしょうか? 普段取り組まれている研究や専門分野について教えてください。
私は、中学校の技術科教員を養成する講座に所属しています。中学校の技術の授業では、木材加工や金属加工など幅広い内容が扱われますが、私の担当は木材加工です。


木材加工研究室では、木材の価値を高めるための化学的処理や、物理的手法を用いた木材加工について研究しています。木材加工には、木材の切断や化学処理、熱や圧力を加える加工など、多岐にわたる工程が含まれます。その中でも、私はりんごの剪定枝(※1)やスギを用いた活性炭の製造、接着剤を使わないバインダーレスボード(※2)などの研究を中心に取り組んでいます。
※1剪定枝(せんていし):公園の樹木や街路樹、庭木などの生育や樹形の管理を目的に切りそろえられた枝の切りくずのこと。( EICネットより引用:https://www.eic.or.jp/ecoterm/index.php?act=view&serial=1571 )
※2バインダーレスボード:バインダーレスボードは、植物由来の素材を活用して作られたエコフレンドリーな建材です。通常の合成樹脂系接着剤の代わりに、植物のセルロースや樹皮成分を自然の接着剤として使用します。これにより、環境に優しく、人体にも安全な製品が製造されます。リサイクルも容易で、環境保護に寄与する素材として注目されています。
― 桜やりんごなどの剪定枝を活用する研究に取り組まれるようになった経緯や目的について教えてください。
本学が位置する青森県は、日本有数のりんご産地として非常によく知られています。しかし、りんご栽培では大量の剪定枝が発生し、その有効活用が地域特有の課題となっています。従来、これらの枝は焼却されたり、チップにして土に戻されたりしていましたが、剪定枝の潜在的な価値を十分に活かしきれていないのが現状でした。
私は現在、弘前大学に在籍して7年目になりますが、前職である青森県の研究所でも、さまざな地域の課題に取り組んでいました。その中で、りんごの剪定枝をはじめとする地域資源の有効活用に強い関心を抱いていたのです。もともと、私は活性炭に関する研究を専門としています。自分が持つ知識・技術を活かして剪定枝の課題に取り組むことで新たな価値を見出し、資源を有効活用できる解決策を見出せないかと考えたことが、研究の出発点となりました。
弘前大学に移った後、コロナ禍でマスク不足が問題となった際、「紙でマスクを作る」という内容をニュースで見ました。その取り組みを参考として、剪定枝を利用して紙を製造する可能性を考え始めました。こうして、剪定枝を活用した紙の開発研究が始まりました。このコロナ禍での経験がなければ、紙の分野での研究に着手することはなかったかもしれません。
剪定枝を利用した布の開発とその挑戦

― 今年6月には、アサヒ印刷社と共同でりんごの剪定枝を有効活用した布を開発したと発表されました。この布の特徴や用途について教えてください。
剪定枝を活用した布の開発に取り組み始めたのは、昨年10月頃のことです。紙の開発研究を進めている中で、布の開発にも興味を抱くようになりました。しかし、開発費用の調達などの都合で、結果として今年6月にようやく発表に至りました。
▼ 詳しくはこちら りんご剪定枝を 「技術」で布に【アサヒ印刷 × 弘前大】 (hirosaki-u.ac.jp)
通常、布の開発には「紙糸」と呼ばれる、紙を細く加工して作られた糸が使われます。通常、紙糸の素材には、強度が高く、薄い紙を作るのに適したマニラ麻が用いられます。このマニラ麻で作られた紙糸を紡いで、1枚の布を作り上げます。
今回の布の開発では、マニラ麻に加え、りんご剪定枝から作られたパルプを混ぜることで、地域の特色を活かした新たな布を開発することができました。布となる紙糸の生製には、素材をひねる工程が必要です。マニラ麻だけであれば特に問題ないと思われますが、異なる素材を混ぜると強度が低下するリスクがあります。強度があまりにも低下すると紙糸として成り立たないため、まずは最適な混合比率を見極めることが重要でした。

実は、この布の開発に先立ち、NEXCO東日本様から助成金をいただき、高速道路の間伐材であるニセアカシアを利用した紙や紙糸を作るプロジェクトにも取り組んでいました。そのプロジェクトでは、マニラ麻90%、ニセアカシア10%という比率で成功を収めていたのです。
▼ 詳しくはこちら 高速道路間伐材由来パルプを混合した紙(薄葉紙)を糸化、シャツ等を試作しました (hirosaki-u.ac.jp)
この経験で得たノウハウを活かし、りんご剪定枝の布の開発では、ニセアカシアの倍にあたる20%の剪定枝を混ぜることに挑戦し、紙糸の強度を維持しつつ、独自の布を作ることができました。現在も、より多くの剪定枝を含むバイオマス活用するために、その比率を少しずつ上げる取り組みを続けています。この取り組みにより、剪定枝の有効活用が進み、廃棄物の減少にも貢献できると考えています。

― 貴学とアサヒ印刷社が共同開発を行うことになった経緯を教えてください。
共同開発のきっかけは、2020年に始まった、りんごや桜の剪定枝を和紙にするための研究会です。私はその研究会の会長を務め、会員として参加していたアサヒ印刷さんとともに、りんご剪定枝を用いた紙の開発に取り組んでいました。
▼ 詳しくはこちら 未利用資源に新たな価値を!りんご・さくら剪定枝で和紙づくり (弘前大学公式ウェブマガジンHIROMAGA)
紙の開発が一定の成果を見せ始めた頃、学内のトライアルファンドに応募する機会が巡ってきたため、私から研究会内に「次は布の開発に挑戦してみませんか?」という話を持ち掛けました。その際、アサヒ印刷さんが共同開発に名乗りを上げてくださったのです。
実は、アサヒ印刷さんは、以前から剪定枝を活用した紙の開発構想をお持ちでしたが、具体的な開発ノウハウに課題がありました。そのため、私たちとの共同開発は非常に相性が良く、互いの強みを活かす形で進めることができました。
基本的には私たちが開発の中心を担い、アサヒ印刷さんは開発した布に対する印刷の適性を確認するという役割を担っています。このようにして、双方の強みを活かしながら、共同でプロジェクトを進められていると感じています。
困難を乗り越えた軌跡と学生の貢献
― これまでの開発において、特に大変だったことはありますか?
以前取り組んだニセアカシアを活用した開発では、木材を化学処理して繊維状にしたパルプをそのまま糸にしようと試みましたが、樹皮等の未分解物が十分に溶解せず、紙に粒状の不純物が残り、それによって強度が不足して切れてしまうという問題がありました。そのため、ニセアカシアの比率をなかなか高められなかった状況がありました。
今回のりんご剪定枝を用いた開発では、同様の問題を回避するため、比較的太めの剪定枝を選び、まずは樹皮をすべて取り除く作業を行いました。特に、私の研究室に所属する八島くんという非常にやる気に満ちた学生が中心となり、約250キロもの剪定枝の皮を剥いてくれました。学生たちの尽力のおかげで、剪定枝を原料として使用する準備が整いました。
ただし、この方法で本当に布が作れるかどうかは、実際に試してみるまでわかりませんでした。これが最も大変で、長い期間不安を抱えていた点でもあります。ゼロから1を生み出す作業には成功の保証がなく、常に失敗の可能性が頭をよぎりますが、全員が「成功させたい」という一心で取り組んでいました。その結果、思いが実を結び、樹皮を剥いだことでニセアカシアの2倍の量の剪定枝を使用できるようになり、当初の目論見どおり無事に成功を収めることができました。
特に印象深かったのは、試作品が完成した瞬間です。学生たちに試作品を見せたところ、全員が驚きのあまり言葉を失い、ただ「やばい」としか言えなくなってしまった光景は、今でも鮮明に覚えていますね。この瞬間に出会うことが、真剣に取り組んだ彼らにとっても今後の大きなモチベーションになったのではないでしょうか。
― 学生の方々は、普段どのような活動や役割に携わっているのでしょうか?
私の研究室では、毎年7件から8件ほど地域企業との共同研究を進めています。卒業後は教員としてのキャリアを目指す教育学部の学生にとって、企業との共同研究に携わる機会はとても貴重と考えられます。
そのような思いもあり、私は学生に可能な限り多くの共同研究に参加してもらうよう努めています。この取り組みを通じて、学生たちは企業の持つスピード感や責任感を実際の現場で学んでいると思います。
学生にとって、社会人と関わる初めての経験となることが多く、例えばビジネスメールの書き方や社会のルール・マナーに苦労している場面も見られます。私も時折サポートしながら、学生が実際の研究プロジェクトに積極的に関わり、成長できるよう努めています。
廣瀬准教授が抱く研究への思いと、今後の展望

― 剪定枝の活用や資源の再利用など、新たな挑戦を続けるモチベーションはどのようなものから生まれていると感じていますか?
例えば、紙の開発と布の開発プロジェクトでは、制作過程も用途も大きく異なるため、最初は私自身もイメージが結びつかない部分がありました。しかし、未知の領域に踏み込み、これまで見たことも考えもしなかったものが実際に形になる瞬間は、とても楽しいものです。このような経験を通じて「また新しいものを見つけたい」という思いが生まれ、それが私の研究のモチベーションにつながっています。
こうした経験は頻繁に得られるものではありませんが、それがかえって良いのかもしれません。もしも頻繁に成功体験を得られていたら、むしろ研究を続ける意欲が薄れてしまうかもしれませんよね。たまに訪れる「ご褒美」とも言える瞬間があるからこそ、次の研究へのモチベーションが高まるのだと思います。
また、剪定枝を活用して開発した布や紙は、いわゆる「リサイクル品」です。しかし、一般的には「リサイクル品だから」という理由だけで選ばれることは少ないのではないでしょうか。
品質が同等であっても、それだけでは不十分です。消費者や企業に選ばれるためには、品質の高さや利便性など、何かしらの付加価値が求められると考えています。だからこそ、研究や開発の際には、素材の特性や強みを見つけ出すことが重要だと感じています。素材と対話するような気持ちで「君の良いところや特徴はどこですか?」と問いかけ、日々楽しみながら開発を進めています。
― 今後の展望を教えてください。
これまで、ホタテの貝殻やりんごの剪定枝など、青森県を中心とした地域資源を活用して研究を進めてきました。ちなみに、果樹剪定枝の賦存量・剪定枝の保存量に関する資料によると、本学が位置する青森県をはじめ、静岡県や和歌山県における剪定枝の発生が多い状況であるというデータが出ています。剪定枝に関する開発や研究において、これほど適した土地はないと感じられますよね。
参考:2022 年度成果報告書 情報収集費/再生可能原料アベイラビリティー調査(NEDO)
しかし、日本全国にはまだ多くのバイオマス資源があり、これまで取り組んでこなかったものも多く存在します。たとえば、国内ではスギが代表的な課題となっており、全国的にその利用方法を見つけていく必要があります。
今後は全国的な視点に立って、さまざまな資源や廃棄物の活用に取り組んでいきたいです。これまで培ってきたノウハウをさらに広げていくことで、今はまだ想像もしなかった新しい発見やアイデアが生まれるのではないかと思います。それが今後の研究の展望であり、新たな挑戦につながると信じています。