
再生可能エネルギーの導入に関する規制条例の役割と課題:増原直樹准教授に聞く
増原直樹准教授の研究と活動
―SDGsや脱炭素について幅広く研究をされているそうですが、具体的な内容を教えてください。
現在、様々なプロジェクトに参加し、基本的に県や市町村といった自治体を対象に「SDGsや脱炭素に、どう取り組めばいいか」という視点で研究をしています。
例えば、兵庫県や宍粟市、朝来市、丹波篠山市、豊岡市など、各県・市の環境審議会に参加しながら、その自治体の環境政策をどう進めるべきか、現場目線・実務的な視点も交えてアプローチしています。
そのためにはまず、再生可能エネルギーや脱炭素などのSDGsのゴールやターゲット、そして自治体のSDGs政策の問題点や現状を明らかにすることが必須です。率直に申し上げて、目的のために使える研究手法は何でも使うというのが現状です。
―研究手法というと、たとえば?
これまで25年関わってきた全国各地の自治体政策の成功・失敗要因の分析や地域における合意形成、川の環境調査など、総合的に取り扱います。いま学生が行っている研究で興味深いのは、SNSを使った5,000人規模の大規模調査です。例えば、「SDGs」という言葉の認知度は高く、様々な調査で9割程度の認知度があるものの、具体的に「脱炭素社会を知っていますか」などSDGsの内容に関する質問になると途端に3割程度まで認知度が落ちるんですよ。そこでゼミの学生がSNSを使用して大規模なサンプルを取りました。いま分析中ですが、SNS世代と他世代のSDGsに対する意識の違いがわかりそうです。
他にも、県内の神河町で昔の水力発電所の跡地を再利用し、水力発電を復活させようという研究をしている学生もいます。越知川という河川を利用した研究で、地元の方々と協力しながら流量を測定し、また水位を調べることで、発電していた昔に比べて川の水量が非常に少なくなっていることが最近判明しました。その理由はまだ定かではないですが、上流の森林に手が入っていないことが恐らく原因だろうと考えられます。水力発電を復活させるためには、そうした点まで考慮した調整が必要だといえます。
―かなり広範囲に手を広げられているんですね。
自分では広範囲と思いませんが、特に最近はSDGsへの反対論や地球温暖化に対する懐疑論など、国際社会や政府が進めようとする政策には反対論がつきもので、それが商売になっています。そうした声が全て間違いだとは言いませんが、科学的根拠の乏しい反対論にはきちんと異議をいえるような論拠を示せるようにという視点から、様々な実証研究を進めています。
再生可能エネルギーの導入状況と規制条例について
―再生可能エネルギーの導入において、規制条例はどう影響を及ぼしていますか?特に太陽光発電の規制についてお考えをお聞かせください。
まず前提としてお伝えしたいのは、「再エネは条件付きで推進するべき」だということです。
2011年に東日本大震災があり、再生可能エネルギー特別措置法に基づくFIT制度(固定価格買取制度)などが始まりましたが、当時から「無秩序にやるべきではない」と論文に書いていました。
というのも、再生可能エネルギー設備を建てる時、必ずそこには「地元」があって、もともと住んでいる人たちがいます。その人たちへの配慮なしに、メガソーラーや一部の風力発電、バイオマス発電が進められてしまったことは、この10年をふりかえって反省すべきことだと思います。そういった問題のあるプロジェクトが地元の生活環境に迷惑をかけることで、「再生可能エネルギーは全て悪」という極端な議論も出てくるのだと考えられます。
―確かに太陽光発電などは急激に事業の参入が増えました。
結果論ですが、太陽光発電が政府の当初の想定以上に導入されてしまったのは、最初の買取価格設定で1kWhあたり40円以上の高値で買い取るということを、2年3年と続けてしまったが故でしょう。特に外資系の企業が参入したり、最近では発電所の所有権売買が繰り返されて誰が責任者かわからなくなり、何か問題が起きた時に対処してもらうことが難しくなりました。このあたりは事前の予想は難しかったかもしれませんが、もう少し早い段階で対処するべきだったと思います。
FIT制度に基づく規制のなかでも、発電所を柵や塀で囲わなくてはいけない、連絡先の看板を設置しなくてはいけない、売り上げの数十%は地域で使えるようにしなくてはいけない、という仕組みは途中から出てきました。残念ながら性悪説に立って、「お金儲けだけを考えるようなグループがいる」ということを想定した制度がやはり必要なのだと考えています。
―ある程度の規制はやはり必要だと。
そうですね。ただし、規制には懸念もあります。規制を逆手にとり、悪意を持って使用されるケースも予想されますから。そもそも再生可能エネルギーの推進条例に関しては、20年くらいの歴史があるんです。
当時は再生可能エネルギーという言葉はなく、「新エネルギー」と呼ばれていました。水力発電は入らないなど現在とは少し定義が違いますが、新エネルギー推進条例など各地でたくさん条例が作られました。この時代を「第1世代」と呼んでいます。
「第2世代」は、「新エネ・再エネ事業を行う場合は地元主導で」という時代です。長野県飯田市の条例が有名で、「地域環境権」という言葉が使われています。水力・風力あるいはバイオマスでも、再生可能エネルギーは地域の資源を使ってエネルギーを作っているので、エネルギー事業を進める権利は原則的には地域住民にある。そのことが初めて書かれた条例です。ここから「再生可能エネルギーは地元主導で」という流れになり、同様の条例が各地でたくさん作られました。こういった仕組みがある地域では、前述したような無茶苦茶な開発は明らかに少ないと考えられます。これはFIT制度が始まる前の話なので、こういった先進事例を政府はなぜきちんと整理して活用できなかったのかと疑問ですね。
そして最後の「第3世代」として、太陽光発電などに対する「規制条例」が増えています。この嚆矢は大分県の由布市で、由布岳の景観を阻害するメガソーラーが計画され、裁判にまで発展し非常に大きな問題となったことが背景です。その後、由布市では景観の良いスポットを複数設定し、そこから見える場所には太陽光発電を設置してはいけないという条例ができました。これを発端に、榛名湖がある群馬県高崎市など各地で同様の規制条例が広がっています。
しかし、性悪説に立って、この条例を無理矢理破るとどうなるか。何らかの措置はありますが、業者名の公表程度の罰則なら「儲かればやる」という業者も出てくるのではないでしょうか。また、逆に「なぜ、そこに設置してはダメなのか」と訴える業者も出てくるかもしれません。その辺りの対応も併せて考えなくてはいけませんね。
―なるほど。規制のバランスが難しいですね。
とはいえ、やはり脱炭素のことを考えると、再生可能エネルギーはまだまだ増やしていかないといけません。トラブル予防策をしっかりと講じた上で、これからも進めていくべきでしょう。
私が各地の審議会などで言っているのは、とにかく「太陽光発電を屋根に置けるだけ置く」ということです。家庭であれば古民家に無理に置かなくてもいいですが、新築や建て替えの時などに置くのが当たり前にならないといけない。業務用建築物であれば、様々な店舗・スーパー・ドラッグストア・倉庫・工場などの屋根はまだまだガラ空きです。現状は絶対に得ができる電力価格ですし、今は初期投資がいらないというプランまで出ています。
―導入しやすくなっていることを一般の方や企業が知らない、興味が薄いということはありそうです。
そうですね。ただ、徐々に状況や意識は変わっていくと思います。東京都でも賛否両論ありましたが、太陽光発電設置義務を含む条例は通りましたし、川崎市ではもっとスムーズに通りました。こうして時折、反対論にぶつかりながら、あるいは情報不足に悩ませられながらも、大都市からどんどん動きが広がっていくでしょう。。
地道にやっていくしかないですね。私もできるだけ兵庫や近隣県の講演会などでSDGsや脱炭素についてお話させて頂いています。一回につき数十人から多くても100人くらいですが、小さな一歩だと思って活動しています。
自分の目線で環境問題を捉えられる人が一人でも増えるように
―最後にこれからの取り組みや、将来的な展望についてお聞かせ下さい。
今大学で進めている企画として、環境やSDGsのことを学んだ学生が地元の中小企業を訪問し、現場を見たりヒアリングを行ったりした後、その企業へSDGs関連の提案を行うという取組みです。学生はもちろん、企業にとっても相当なチャレンジだと思います。既にSDGsへの取り組みをしている企業から、SDGsについて何をしていいかわからないという企業もありますが、普段の顧客や取引相手ではない20歳前後の学生が企業にどういったインパクトを与えるのか大変興味があります。中小企業のSDGsに対する意識を変えるきっかけとなるかもしれません。
また、私の授業では、一方通行の講義だけでなく学生が自ら手を動かすような内容を導入しています。自宅の電気やガスの検針票を持ってきてもらってCO2を計算したり、普段の生活がどれくらい地球に負担をかけているのか実感してもらうなどですね。
そうやって自分の例、あるいは自分の会社の例を通じて環境問題を考えられる人が増えないと社会は変わりません。自分で「何が必要なのか」を判断できる人たちが一人でも増えるよう、地道な活動をこれからも続けていきます。
▼取材にご協力いただいた増原 直樹 准教授についてはこちら 増原 直樹| かんなび【兵庫県立大学 環境人間学部】