春日晃章教授の研究から見る子どもたちの運動能力低下問題と今後の取り組み

春日晃章教授の経歴と研究のきっかけ

春日晃章教授は、日本の岐阜大学教育学部に所属する教育学の専門家です。
春日教授の研究分野は、主に発育発達学と教育政策に焦点を当てており、日本の学校教育の課題について、特に発育発達学において様々な研究を行っています。また、最近では、教員養成や教育行政などの分野にも関心を寄せています。国内外の多くの研究会や学会で発表を行っており、学術的な論文や著書を数多く出版しています。そして、教育現場での実践的な経験も豊富であり、教育政策の立案や学校のカリキュラムにも関わるなど、実践的な教育分野にも深い関心を持っています。春日教授は、教育学の研究者としての専門知識や実践的な経験を活かし、教育に関する問題に対して深い洞察力を持っています。研究成果や実践的な経験は、多くの教育関係者や学生たちにとって貴重な情報源となっています。

研究をはじめられたきっかけとは?

幼い頃から祖父母が開園した幼稚園で育ち、金沢大学・大学院で教育学を専攻し、高齢者に関する研究を行っていました。修士の学位を大学院で修めてからは、岐阜県に帰郷して岐阜の岐阜聖徳学園大学で教鞭をとりました。もともと、日本が超高齢化社会に突入することでの医療費問題が頭にあり、高齢者の健康や運動が維持されるかどうかについての研究をしており、博士(医学)の学位も高齢者の研究で取得しましたが、社会的な問題をクリアするためには、やはり個人での健康を維持する必要があると考えました。

その頃(30年前)、私の周りには多くの小さな子どもたちがいて、ゲーム世代に移り変わっていくことを肌で感じました。それこそ、昭和の世代での塾は 小学校高学年から中学校からの受け入れでしたが、少子高齢化に伴いそれぞれの領域のこどもが減り、通い始める時期が早まり、結果として塾や習い事に通う時間が増える一方で、より外で遊ぶ時間が減ってしまうのではないかと懸念しました。10年後、20年後、あるいはその先を見据えたときに、大変なことになると危機感を抱きました。だからこそ、多くの小さな子どもたちを守ることを考えたとき、保護者や保育園・幼稚園の関係者、そして行政の方々への情報発信をする必要性を感じ、研究をはじめました。正直なところ、研究当初は我々の領域においては子どもの研究はほとんどありませんでした。高齢者関連の研究には予算が費やされますが、一方で幼児に興味をもたれていた方は少なかったように思います。いまでこそ、子どもの研究がされていますが、私が第一人者でいられるのはいち早くに問題意識を持ち、ずっと現場の最前線を観ながら取り組んだことが要因としては大きいと考えています。

30年前に未来予想をした際、子どもの身体活動を通した非認知能力(こころや社会性)が重要になると予測していました。しかし、現在の若者を見ると、様々な問題が起きており、その予測が悪い意味で当たってしまったと感じています。特に、現在は政治において子どもに関する施策が話題になっていますが、その施策が子どもにとって本当に良いものなのか、まだわかりません。
政策立案をする際には、子どもたち自身のニーズを踏まえた上で考える必要があると思います。「働く親」の目線では良い施策かもしれませんが、「子ども」の目線では必ずしも良い施策なのかどうか。それこそ、子どもの本来の願い(欲求)で云えば、もしかしたら「お母さんともっと一緒にいたい」や「もっと外で友達と遊びたい」かもしれません。しかし、その欲求を満たすような施策が整備されていないことが現状であり、子ども目線でニーズを考えることが重要だと思っております。

最近、全国的に子どもたちの体力や運動能力の低下が話題になっていますが、実態はいかがでしょうか?

実際に、スポーツ庁が毎年行っている調査「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」でも、その結果が示されています。同じような項目での調査は昭和39年から続いており、昭和60年代生まれの世代が最も高いレベルを示していたことがわかっています。

全国的に子どもの体力・運動能力が低下している理由を教えてください

昭和60年代以降は、コンピューターゲームや習い事の低年齢化などの影響もあって、体力や運動能力がどんどん低下しています。平成10年代には特に低い水準に落ち込んでいたため、国が小学校を中心に体力や運動能力向上の取り組みを推進しました。

その結果、種目によっては上昇傾向も見られましたが、全体的には昭和世代に比べるとまだまだ低い水準にあります。令和に入ると再び体力や運動能力の低下が顕著になっており、問題が深刻化しています。個人的な見解も混ざりますが、昭和から平成にかけては、ゲームが大きな要因だったと思われますが、平成から令和にかけては、コロナウイルスの影響(外出の自粛・体育授業の制限)やソーシャルサービス(ゲームやYouTubeをはじめとするSNS)の台頭によって、子どもたちの身体活動量が減少したと捉えております。また、学校の教育指導要領の変更により、ICTが重視され、体育や運動に注力する時間が減ったことも一因です。このように、複数の要因が絡み合って、子どもたちの身体活動量が減少したと考えられます。

小学校の指導要領にも「表現運動」としてダンスが組み込まれましたが、運動能力の向上には寄与しなかったのでしょうか?

向上につながるかはわかりませんが、横ばいにはなるかもしれないと思っています。体育の授業の中で行われることが多く、年間に数回しか行われず、皆が想像しているようなハードなダンスではありません。学校によって自分たちでダンス(動き)を決めることもあります。ダンスの授業は、意外に身体活動が少なく、座って考える時間が多いため、ダンス発表を見る時間が長いことが多いのが現状です。だからこそ、ヒップホップダンスを彷彿とさせるようなキッズダンスのようなものを開発して、幼稚園や小学校の朝の会に取り入れていただいています。

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朝の時間にダンスをすることが理想だと思いますが、ほかに改善する方法があれば教えてください

子どもたちを取り巻く大人たち、保護者、学校の先生、保育園や幼稚園の関係者、自治体の方々は、子どもたちの体力向上よりも、非認知能力の向上に目を向けるべきだと考えています。研究によると、子どもたちは小さい頃から遊んでいると非認知能力が高くなることがわかっています。体力が高い子どもたちは心や社会性も高く、遊んだ経験が非常に重要だと考えています。大人たちは子どもたちの時間をしっかり確保し、「心や体、社会性の非認知能力の成長に繋げていくことが大切」だと認識を改めていく必要があります。
もちろん、子供たちが怪我や喧嘩などでダメージを受けることがありますが、それらは身体活動や社会性の発展につきものです。小さなリスクを恐れずに運動や遊びを楽しむことが人間として成長することにつながると考えています。そして、子供たちのウェルビーング(幸せな生活や心身の健康)を充実させるためには、運動や遊びが重要です。全ての子供を取り巻く大人たちは、これを理解し、子供たちが運動や遊びを楽しむことを支援する覚悟が必要です。とはいえ、行政の方はまだまだ理解が追いついていない状況だと思います。教育関係者、特に先生方は体感では気づいておりますが、研究者ではないため数字としては理解していないと思っています。そこでサポートすることが使命だと認識しています。

子供を取り巻く大人たちへ、情報を伝える方法をどのようにお考えでしょうか?

結論、大きなメディアに取り上げて頂いて、浸透するのが理想の一つではあると思います。
私も学会で発表していますし、学校へ訪問し教師と話もしますし、文科省やスポーツ省とも話し合っています。しかし、一般的にはまだ広がっていません。だからこそ、インフルエンサーに情報を発信してもらい、教育者や学校の先生にも情報を提供することで、研究を広めていくことが必要だと考えています。いまは、岐阜を中心に活動を広げているので、体育の授業のひとつのコマの時間を頂戴して、今までとは違う「楽しい体育」を日本スポーツ協会と進めています。

今後の取り組みについて教えてください

アクティブチャイルドプログラムという取り組みを進めており、第 3 期スポーツ基本計画にも組み込まれました。今までの体育だけではなく、体育で鬼ごっこをやったりと主体的に楽しめる遊びを組み入れます。既に岐阜の小・中学校で多く実践してもらっていますので、成功例を増やし視察されるような活動に変えていくことで、このプログラムを広めていくつもりです。子どものためにリスクを取りながら進めることが重要です。政治家や教育者は、正直思っていても言えません。必然的に、無難な政策になってしまいがちです。「怪我してもいいから、遊ばせるように」と発言したら、世間にたたかれるのは必然です。でも、無難な政策は子どものニーズには一致しません。だからこそ、地道な作業にはなりますが、周りの人を巻き込んで共感する仲間を集め、手を広げていく必要があります。私はこれからも、「子どもたちのために楽しい」という信念をもって取り組み、100%の満足は得られなかったとしても、子どもたちのためになったと言ってもらえるよう取り組んでいきたいと考えております。

▼取材にご協力いただいた春日 晃章 教授のHPはこちら
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