井田民男教授に聞く!バイオコークス研究における異分野領域との連携とその循環

井田民男 教授の経歴について

近畿大学 バイオコークス研究所 所長/教授 井田民男
     平成23年 新エネ大賞 資源エネルギー庁長官賞 受賞
     平成24年 地球温暖化防止活動環境大臣賞 受賞
     令和 元年 日本機械学会 環境工学部門 研究業績賞
        現在 近畿大学バイオコークス研究所 所長/教授 に至る
     ISO/TC238 Solid biofuel 日本代表

バイオコークスに関する研究を始めたきっかけ

–井田民男教授がバイオコークスの研究を始められたのはどのようなきっかけでしょうか?

日本が使っているエネルギーは運輸部門、電力部門、産業部門(鉄鋼部門)の3つの分野に分かれるのですが、運輸部門というのはほとんど石油で、原油からエネルギーを作っていますし、電力だと石炭や天然ガスから電気を作り、 産業分野の鉄鋼分野は石炭を24時間焼きなました石炭コークスという燃料を使っており、ほぼこの3つの領域で90%近いエネルギー消費になっています。

西暦2000年に「バイオマス・ニッポン」がスタートし、バイオのエネルギーから脱炭化をしないといけないという話になり、その時に木や廃材からエタノールという液体燃料を作って自動車を走らせたらどうかという研究がスタートしましたが、現在2023年のこの世の中にエタノールで走っている車はほとんどありません。

また、電力に関してはバイオを炭素の塊にして発電をすればいいということで、多額の研究資金を我が国は投入して研究開発をしたのですが、思うような効果は得られていません。小~中規模バイオ発電についても経済産業省がFIT制度を進めていますが、ほぼ8割のバイオマスがインドネシア、タイ、マレーシアなどから輸入し、日本の森林はほぼ活用されていませんし、大電力供給は未だに石炭を燃料とする電力が主力となっています。

私は2000年に近畿大学に奉職をしたのですが、先輩後輩にエネルギー関係の関係者がいっぱいおり、2000年には彼らは既に企業や大学でスタートして始めていて、今更、液体燃料(エタノールなど)や電力用の炭化バイオエネルギーを作っても面白くないなと思い、誰もやっていない鉄鋼分野で消費できる固体バイオエネルギーの開発に乗り出したのがきっかけです。

2000年の段階で誰1人として鉄鋼分野の石炭コークスの代替になる固体バイオ燃料を作っていませんでしたし、23年経った今も日本の中でバイオコークスという石炭コークスの代替の燃料を作っているのは未だに私1人です。

–他の方が代替エネルギーを作れないと判断された最大の理由はどんな所でしょうか?

鉄を溶かすのに1500℃の熱エネルギーが必要ですが、バイオではそれが基本的に1200℃ぐらいまでしか届かないというイメージしかなく誰もやらなかったんだと思います。

でも100年後200年後化石資源がだんだんなくなっていく中で、鉄を作らなくていいのかという話になると、やっぱり作らないといけないですよね。
日本の政府は15年くらい前から水素でその鉄を溶かそうとしているのですが、上手くいかず、今の段階でもバイオで1500℃で溶かすことを誰もイメージできてないんです。現実としてバイオコークスはできて溶けているのですが、未だに厳しいと思っている人が多いのでしょうね。

バイオエネルギーにおける諸外国との比較

–いわゆる再生エネルギーの中で、あえてバイオを選ばれる国や組織はまだまだ少ないと感じるのですが、日本よりもバイオエネルギーやバイオコークスに対して発展している国はありますか?

シンガポールやタイ、マレーシアでも少し取り組まれていますが、やはりバイオのエネルギーの一番は北欧とカナダですね。ペレットと呼ばれる木を圧力だけで固めたようなものがストーブで使えたりと発達しています。

日本はどうしても炭の文化で、木炭、備長炭など、木を炭化して何かをする文化が息づいていて、だからなかなかそこから発想が離れないですね。日本の古き良き文化がある種イメージを狭めてしまっているようにも思えます

バイオコークスの研究で注力する点

この章では、現在の研究内容と今後の研究展望について、触れていきます。

量産化できる体制づくり

既に製造方法は開発されましたので、どうしたら量産して商業化できるかという所に注力をしています。
日本は年間約2500万トンの石炭コークスを使っていますが、これは日本の国土の68%を占める森林の中の木が4か月で全部なくなるぐらいの量に値します。

現状としては、ほとんど中国とオーストラリアから輸入していますが、非常にすごい量を使っているので、バイオコークスといえどもサプライチェーンを作る時に日本のバイオマス資源ではやっぱり供給できないんです。
そういう意味でタイやマレーシアでバイオマス資源をいただいてバイオコークスを作り、日本の社会の基盤を支える所に注力しています。

循環型社会に向けた教育活動

一般の人達に普及させたり、幼い子に教育をしないといけなくて、日本は30億着も服を作っているのですが、その内の15億着しか服が売れていなくて、残りの15億は廃棄をしているんです。実はアパレル産業ほど循環型社会になっていない業界はありません。

木更津で、6月8日にKISARAZU CONCEPT STOREという所がオープンするのですが、ここでは売れ残った古着30万着を展示して販売します。近畿大学と文化学園大学で衣服から次世代再生可能なバイオコークスを作る研究活動を行い廃棄される売れ残った服からバイオコークスを作るという子ども達への教育の場を三井不動産と今手掛けている所でして、衣類から肥料、紙、次世代型の再生可能エネルギーを作るブースが3つ並んでいて、そういう教育活動も必要になっていると感じます。

異分野とのコラボレーション

–異分野研究や国際連携が必要とされる複合領域での研究において、異分野の研究者とのコラボレーションで大変だったことや、より効果的なコラボレーションの工夫や秘訣などがあれば教えてください。

まさに僕が1番力を入れている所ですが、今までのCO2削減の取り組みは1社あるいは同業者間の話でした。

元々バイオコークスという技術は今までのバイオの技術とは異なり、今までエタノールを作る時なら木のセルロースをターゲットにしたり、電気を作る時ならバイオマスの中の炭素だけをターゲットにするのですが、バイオコークスはバイオマス原料そのものを対象にしています。

例えばリンゴやレモンの皮、漢方薬、コーヒーのカス、さらには琵琶湖の藻など、全てのバイオから作ることができるのです。

しかし原料側がCO2を削減できるかというとそんなことはできなくて、原料を供給して作る人がいて鉄鋼業に持っていくことで直接的に石炭コークスを削減できるので効果はあるのですが、ここだけでサプライチェーンを回していたのではサプライチェーン全体のモチベーションが上がらないんです。

CO2共有削減に向けたそれぞれの役割

今鉄鋼業界にお願いしているのは、作っている人や原料を持っている人にも分け与えるということで、100のCO2を削減したら、自分達は60、作った人は20、原料を持っている人は20といった、いわゆるCO2共有削減というサプライチェーンづくりをいろいろな分野で融合した循環型社会を作っていくことによって新しい社会の構築ができるのではないかと思っています。

–お互いにとってメリットがありビジョンを共有できているからこそ上手くいくということでしょうか。

トレンドのカーボンニュートラルで言うと、カーボンニュートラルに対する取り組み方がみんな違っていて、例えばパンの耳やコーヒー滓などを廃棄しなければいけなかったものがなくなるということはゼロエミッションになるんです。
原料を持っている人達がバイオコークス化技術のサプライチェーンの中に入ることによって、自分達の会社がゼロエミッションになりゼロエミッション活動がカーボンニュートラルの循環型社会の一つの助けになっているという話です。

再生可能エネルギーを作る人達はグリーンエネルギートランスフォーメーションというGX事業の一員になることができるのですが、それを鉄鋼業に持っていくと、鉄鋼業の人は実際に化石資源を使っているので、化石資源を削減するという直接的なCO2削減事業に取り組むことになり、その全体がカーボンニュートラルと言われるサプライチェーンとなります。

そのため各々の役目が異なるので、ここに書いてあるゼロエミッション社会の取り組み、再生可能エネルギーの導入、脱炭素社会の3つの取り組みが連携することで初めてカーボンニュートラル社会が出来上がるというイメージを私は持っています。

–まさに各企業の立ち回りや役割を担うことで最終的にカーボンニュートラルの世界が実現するのですね。

そうですね。そういう社会を作っていかないことにはこの社会はなくなってしまうでしょうね。

海外での施策~シンガポールでの事例~

–ちなみに海外だとこういうことは既にある程度実現しているものなのでしょうか?

近畿大学と南洋理工大学とJFEエンジニアリング社で、シンガポールでバイオコークスを使った取り組みを行っています。シンガポールは日本と一緒で小さい国なので、ゴミの処理に手を焼いているんです。

このシンガポール環境省の資金で今バイオコークスを作り、非常に大きいテストプラントを使ってバイオコークスで燃焼試験をしています。

導入にあたっての課題

–こちらは日本の技術を海外に輸出するような形ですが、バイオコークスを導入するにあたっての足かせになりうる法律などはありますか?

ゴミの廃棄物の問題があります。
ゴミって一般廃棄物と産業廃棄物に分かれるのですが、一般廃棄物は国や地方自治体が管理するゴミで、産業廃棄物は自分の所の加工場で出たゴミを適正に自主的に廃棄処理をしないといけないゴミとなります。

これを燃料化するのは企業のゼロエミッションの取り組みとして難しくはないのですが、今やっているのはシンガポール政府が責任を持って処理をしなければいけないゴミで、そのため各家庭から出てきたゴミなどの一般ゴミを処分しないといけないのですが、日本のようにゴミを燃やして灰にして埋め立てにするという国は稀で、ほとんどの国は、埋め立て地にそのままゴミを捨てているんです。大きな社会問題になっています。

今後の取り組みについて

この章では、再生可能エネルギーの普及を促進するために、大学においてどのような取り組みが適切であるかについて解説いたします。

バイオコークスの標準化・規格化

ほとんど基礎研究は終わり量産に入ってきているので、そういうことは大学ではなく企業さんがやらないといけないと思っています。
利益を生み出す研究にまで今なってきているので、あまり大学が出ていく必要はないと思っていますが、とはいえバイオコークスの性質やバイオコークスをこれから使う人にとってはいかに規格化であるISO、世界基準に持っていくのかといった規格および標準化というのは大学のやるべき仕事かなと思っています。

企業は元々バイオコークスをどうやって評価したらいいかというものさしがないので、我々が持っているその評価装置を使い、そういうバイオコークスを作られた方の規格に沿った承認をして証明を作らないとちゃんとした売買ができないですよね。
そこに対する規格化と法整備、それに対する企業さんへの情報発信みたいな所が課題ではあります。

エネルギーの争奪を回避するために

大学の取り組みとしてはほぼ私はやりきったと思っているのですが、これからバイオコークスを普及させていった時に、今の日本のエネルギー構造は中国やオーストラリアなど海外にあるエネルギーから日本のエネルギー基盤を支えていますが、それをバイオのエネルギーに置き換えても結局マレーシア、タイ、インドネシアなどのバイオマスに頼らざるを得ないので、化石資源がなくなった所で日本及び資源のない国は中近東の依存から東南アジアへの依存に変わるだけなんですよね。

国家のエネルギー基盤を安定させるために、結局エネルギーの争奪が起こるんです。
「人類の未来と幸福のために何を研究すべきか」を研究するという大きな理念がある国際高等研究所という所があるのですが、通常大学の先生や研究者はバイオコークスを研究するとはどうすることなのかを研究しているのですが、その次の世代にとって何が必要かを研究しないといけないとこの国際高等研究所は言ってくれているんですよね。

私が長年、取り組んでいる研究の最終バージョンは、エネルギー争奪を回避できる研究であって、この答えの一つにバイオコークスがあるかもしれませんが、その研究とは何かをやっぱり自分自身で問わないといけないですし、それを問うた先にある大きな課題は領地の拡大、あるいはエネルギー資源の争奪に他なりません。

これを回避するためには自由で平等なエネルギーが必要ですが、私たちが本当に考えなきゃいけないのはどのエネルギーをどの程度リプレースできるのか、例えばバイオコークスに置き換えた時に世界紛争が本当に変わるのかというインパクトを予想すること、そして予想した時にそれが平和に繋がるだろうか。
例えば日本に原料がないからマレーシアに侵攻する可能性もあるわけで、そういった起こり得る新たな紛争とは何かを考え、それを回避するためにはどうしたらいいのかということまで考えながら我々は研究しないといけないんです。

若い人達にこういう考えを伝えて次の世代に持っていかないといけないという研究を今スタートさせた所ですが、バイオコークスはそこまで考える時期に来ていると思っています。まだ我々も答えがあるわけではないので、これから着地点を見つけたいとは思っています。

▼取材にご協力いただいた井田民男 教授のHPはこちら
井田 民男 (バイオコークス研究所) | 近畿大学 教員業績管理システム