
光触媒と再生可能エネルギー:前田和彦教授の研究と展望
目次
前田 和彦 教授の経歴
2007年 東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻 博士後期課程修了(半年短縮)。博士(工学)の学位を取得。
ペンシルベニア州立大学博士研究員、東京大学助教、東京工業大学准教授を経て2022年より現職。
英国王立化学会フェロー。
専門は光化学、触媒化学、無機材料化学。原著論文230報を発表。
2018年より、Clarivate AnalyticsのHighly Cited Researchersに4年連続で選出。
日本化学会進歩賞、日本学術振興会賞、文部科学大臣表彰若手科学者賞等、受賞多数。
光触媒に注目して研究を始めたきっかけ
当時の私の指導教員である堂免一成先生(現:東京大学特別教授・信州大学特別特任教授)が、たまたま私の通っていた東京理科大学に講演に来る機会がありました。その講演はプロジェクトの成果発表シンポジウムのような感じでしたが、当時私は学部3年生で、正直に言えばそれほど強い興味はありませんでした。「あ、なんとなく面白そうだな」くらいに思って友人らと一緒に見に行ってみたら、その講演が予想以上に面白かったというのが素直な感想です。
堂免先生が発表された当時の研究内容は、現在の私の研究内容とはやや異なりますが、本質的には同じようなものでした。すなわち、光エネルギーを利用して化学エネルギーを生み出す研究であり、特に水を分解して水素を得るための光触媒材料に関する研究に取り組んでおられました。
堂免研究室で指導を受けていた当時と比べ、現在の私の研究対象は大きく変わりましたが、太陽光のエネルギーを利用するとか、水を分解して水素を生成するなど、共通するキーワードは残っています。
研究の根幹にあるもの
現在、世界で使用されている一次エネルギーの消費量は、太陽光エネルギーの規模に比べてわずか0.01%程度に過ぎません。この割合は非常に小さいですが、一方で緑色植物は光合成によって地球全体で太陽光エネルギーの0.1%を自らエネルギーに変換しているのです。
こうした緑色植物の光合成が人工系でも再現できれば、素晴らしいと思いませんか。私たちが真似したいのは、まさに緑色植物の仕組みです。緑色植物は、光を吸収するパートと触媒反応を行うパートを備えています。すなわち、これらを組み合わせることで、緑色植物のシステムを模倣することが可能になります。これが、いわゆる人工光合成なのです。
私たちの研究の根幹は、まるでレゴブロックを組み立てるように、好きなパーツを持ち寄って自由にシステムを構築するというアプローチです。レゴブロックには様々な種類があり、どんな物質を組み合わせるかによって研究者の個性が表れるのです。
最も簡単なアプローチとしては、酸化チタン(数百ナノメートルから数マイクロメートル程度の微粒子)にナノ粒子の白金を付け加えた構造体が挙げられます。この構造体では、酸化チタンが光を吸収して電子とホールが生成され、それぞれが還元反応と酸化反応に寄与します。酸化チタンは光によって水を水素2個と酸素1個に分解してくれるのです。これが人工光合成における最も簡単な仕組みであり、水分解光触媒と呼ばれています。つまり、中学校の理科で学ぶ水の電気分解を光で行うようなアプローチですね。
人工光合成がもたらす良いこと
エネルギーが必要な理由は、人類が将来にわたって生きていくために必要なエネルギーを生産しなければならないからです。
人工光合成は、しばしば太陽電池と比較されます。太陽電池は特定の用途では非常に優れた技術ですが、本当に必要な電力量を貯めておくことは容易ではありません。
では、人類が必要なエネルギーを得るためにどれほどの広さのプラントが必要になるのでしょうか。もしも太陽光エネルギーを10%の効率(緑色植物の100倍)で変換すると考えると、2050年に人類全体で必要とされるエネルギーの3分の1を太陽光エネルギーで賄うとした場合、25平方キロメートルのプラントが1万基必要になるという試算結果があります。
この数字は、例えば世界中の砂漠の面積に比べれば非常に小さいものですが、そこへ太陽電池をすべて敷き詰めることは困難です。このような大規模な展開には適した技術が必要になるのです。粉末状の粒子の触媒(例えば、先ほどの白金ナノ粒子と酸化チタンの複合体)を使用すると、比較的広い面積に利用できるという利点があり、それが人工光合成が注目されている理由の一つですね。
また、人工光合成ならば化学燃料としてエネルギーを保持しておくことができるため、必要な時に使用できるという利点もあります。例えば、二酸化炭素を還元して得られるギ酸を使った場合、平時には液体燃料として保持しておき、必要なタイミングで何らかの触媒と作用させて水素を生成することが可能です。こうした特長は、まだ実用化されていないものの、将来的な技術として有望性を持っていると考えられています。
当然ながら、現時点ではこれらの技術は実用化段階には達していませんが、将来的にはこうした技術が必要になってくると、私たち研究者は考えています。
いろいろな可能性を考えて取り組む姿勢
太陽光パネルを屋根の上に設置し、蓄電池でエネルギーを貯める建物は、現在多く存在しますが、全ての建物に太陽光パネルを設置しても、必要なエネルギーを全量補うことが可能かどうかは確証がありません。
現時点では、何が最適か断言することは困難です。全ての住居にそのような設備を備えるには膨大な費用が必要であり、設置後も埃や汚れによって発電効率が低下する可能性など、さまざまな問題を考慮する必要があります。長期的な運用コストも検討しなければなりません。そのため、決め打ちをせずに様々な可能性を検討し、柔軟に対応していくことが重要だと考えます。
エネルギーを生成する手段として、人工光合成のアプローチも重要な選択肢の一つとなりますが、私たちが行っている研究においても、少なくとも個人的な意見としては、たとえ人工光合成がある程度のレベルで工業化されたとしても、太陽電池を完全に置き換えることは難しいと思います。
太陽電池には独自の利点があり、同じ再生エネルギーを得る手法でも、複数の方法を組み合わせて上手く使い分けることが重要だと考えます。
研究の原点にある「世界平和」
まず第一に、私は争い事が嫌いです。世界では無駄に戦争が行われたり、私に言わせれば奇妙に見える出来事が頻繁に起こっていますが、もし人工光合成が100%の達成度で実現できたなら、おそらくエネルギー供給の不安に端を発する争い事はなくなるのではないでしょうか。それにより、世界平和が実現すると私は信じており、その目標に向けて研究を進めています。
もちろん、様々な利便性を追求することも重要ですが、私は世界全体を俯瞰するときに、戦争や環境汚染などの問題に直面していることに対して、ちょっと良くないなというような窮屈さを学生時代から感じていました。
そのため、世界平和という言葉は冗談ではなく、同時に政治的なイデオロギーを持つわけでもありません。むしろ、この思いは素直な気持ちから生まれているように思います。
私自身、湾岸戦争や9.11などの衝撃的な事件に接し、偶然にもそれが自分の将来を決定する時期に重なったことが大きな影響を与えたのかもしれません。
▼前田和彦 教授が詳しく語ります! 人工光合成の研究で「世界平和」を目指す研究者(YouTube)
無機に代わる有機の光触媒
これまでの無機材料は有機材料に対応しており、その代表例は先ほど述べた酸化チタンです。無機の光触媒も水を分解して水素を生成する能力は優れていますが、実はこれらは太陽光の光を吸収することができないという限界があります。
少々専門的な話になりますが、光の吸収の度合いは波長によって異なり、400ナノメートル以上は我々の目に見える可視光とされ、400ナノメートル未満は紫外光と呼ばれる領域で、人間の目では見えない光です。酸化チタンは紫外光の領域、つまり400ナノメートルよりも短い波長の光を吸収する性質を持っているため、基本的には紫外光を当てないと光触媒として機能しません。
太陽光の波長成分と比べてみると、酸化チタンが吸収できる光は太陽光のわずか2〜3%程度です。このため、酸化チタンが吸収した光を全て水の分解に利用したとしても、太陽光エネルギーの変換効率としては満足できるものにはなりません。したがって、限界のある無機材料に代わる新しい素材を見つける必要があるわけです。
ここで最近私たちが興味を持っている材料のひとつは、炭素と窒素などからなる有機物の光触媒です。これらも酸化チタンと同じように光を当てて電子と正孔(ホール)を生成する仕組みを作り出し、分子の触媒などと組み合わせることで、二酸化炭素をギ酸に変換するなどの応用が期待されます。これらの有機光触媒は比較的最近になって見つかったものであり、その性能がかなり期待できることが分かっています。
完全に有機の材料であるか、あるいは半分が有機の特性を持つ材料など、これらの素材にはまだ解明されていない側面も多々ありますが、物質を精密に設計できる点や、構造や形の観点からのデザイン性など、有機物ならではの特長があり、その有望性が非常に高いと私たちは最近考えています。
無機材料では到底達成できない数値を有機材料で達成できるという点から、やはり有機材料には大きな可能性があると考えて研究しています。
再生可能エネルギーの今後
今後は、まずは太陽光エネルギーの変換効率を高めることが最優先です。同時に、太陽光エネルギー変換効率がまだ高いとは言えないので、かなり基礎的な研究も着実に進める必要があると考えています。
人工光合成は現在、実用化研究が進んでいます。私の師である堂免一成先生は人工光合成の実用化研究に取り組んでおり、東大の柏キャンパスにおいて100平米クラスの水分解装置を作成し、実際にリアルな太陽光を当てて水素が生成されるのを観測しています。このような実用化研究が進行中です。
また、水を分解して水素と酸素を得ることができる一方で、水素は可燃性があるため使用時に火災のリスクが考慮されます。そのため、水素を安全に分離して利用する方法についても研究が進んでいます。
▼取材にご協力いただいた前田和彦 教授の研究室についてはこちら 前田研究室 / 東京工業大学 理学院 化学系