
SDGs 大学プロジェクト × Okayama Prefectural Univ.
目次
岡山県立大学の紹介


岡山県立大学は、保健福祉学部、情報工学部およびデザイン学部というユニークな3学部で構成される複合大学で、2023年に開学30周年を迎えました。
建学の理念である「人間尊重と福祉の増進」の実現に向けて、保健福祉学部では人間の健康や福祉、情報工学部では人間の知性や行動、デザイン学部では人間の感性や感動の探求といった、人間・社会・自然の関係性を重視した実学を中心とする教育を実践しています。
超高齢社会の到来、情報化・国際化の進展等、世の中の急激な変化により未来予測が困難な現代社会において、知性と感性を育み、豊かな教養と深い専門性を兼ね備えた、新たな時代を切り拓くことができる優秀な人材を輩出することで、地域社会および国際社会に貢献しています。
『コオロギ酵母プロジェクト』の概要
–『コオロギ酵母プロジェクト』の概要について教えてください。
田中教授:このプロジェクトは「コオロギ酵母って何だろう?」という素朴な疑問をきっかけに、コオロギという昆虫を食料として有効利用しようとする動きが出てきていることを、一般の方々に広く知っていただくことを目的としています。
SDGs達成に向けて、国連食糧農業機関(FAO)は、少ない環境負荷で効率良く動物性たんぱく質を生産する方法として、昆虫食を推奨しています。しかし、実は最初は私もそうだったのですが、多くの人は昆虫を食べるという行為に嫌悪感を抱きます。従って、昆虫食を一般に普及させるには、ネガティブな先入観や偏見を緩和する必要があります。
そこで、その第一歩として、食用に養殖される昆虫に対して間接的な接点を持ってもらってはどうかと考えました。私たちの研究室では、自然界から酵母や乳酸菌などの微生物を採取し、それらを発酵食品に活用する研究を行っています。この経験を活かして、コオロギから酵母を取り出し、その酵母をお酒やパンといった食品に利用することで、昆虫食を知るためのきっかけ作りができるのではないかと考えました。
–初歩的な質問ですが、酵母というのはどういったものなのでしょうか?
田中教授:酵母というは、1ミリの100分の1ほどの大きさで、肉眼では捉えることができない微生物の一種です。私たち人間と同じ真核生物の仲間で、カビやキノコなどと一緒に真菌類というグループに分類されています。これまでに自然界から数100種類の酵母が見出されていますが、その多くは糖を分解してアルコールと炭酸ガスに変える「アルコール発酵」という能力を持っています。この性質を利用して、酵母は古くからパンや日本酒、ビール、ワインなどの発酵食品の製造に用いられてきました。
協業の経緯

–コオロギを知ってもらうきっかけ作りという立ち位置で、コオロギから採取した酵母を使ってクラフトビールやワインを作られたのが『コオロギ酵母プロジェクト』ということですが、食用コオロギを養殖されている「陸えびJAPAN株式会社」との協業の経緯について教えていただけますか?
田中教授:「陸えびJAPAN株式会社」は、同じ岡山県の「吉備土手下麦酒醸造所」と共同で、原材料にコオロギの出汁(だし)を加えたクラフトビール(跳(ハネル))を造られていました。また、「吉備土手下麦酒醸造所」と私たちは、野生酵母を用いてクラフトビールを開発するという別のプロジェクトで協働したことがありました。これらの関わりが縁となり、今回のコオロギ酵母を使った『コオロギビール(跳Ⅱ(ハネルツー)』の開発へとつながりました。
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–ビールだけでなく、コオロギ酵母を使用したワインの開発にも関わっておられますね。
田中教授:ワインのほうは、「陸えびJAPAN株式会社」が吉備中央町にある「kibi VALLEY」というワイナリーにお声がけされて、そこで技術指導をされている岡山理科大学ワイン発酵科学センターの金子先生と川俣先生もこのプロジェクトに興味を持ってくださったので、みんなで一緒に開発しましょうという流れになりました。
金子先生たちには、ワイナリーで醸造を開始する前に、私たちが採取したコオロギ酵母を使って実際にワインを造ることができるかどうかをテストしていただきました。その結果、非常に香り高いワインができることがわかったので、これなら大丈夫と安心して本格的な醸造を開始することができました。このワインプロジェクトは、それぞれのメンバーの得意分野を活かして、足りない部分を補い合いながら進めた感じです。
SDGsを意識するようになったきっかけ
–コオロギ以外にも幅広く連携をされているようですが、SDGsを意識するようになったのは、このプロジェクトの前からでしょうか。それともプロジェクトに携わるようになってからでしょうか?
田中教授:私たちは栄養学科に所属していますので、食品については常々意識しています。SDGsについても、食品に関連する部分においては、プロジェクトの開始前から関心を持っていました。
農産物の生産や食品加工の過程で出る規格外品や食品廃棄物が非常に多いことが問題になっていましたので、それをアップサイクル*した商品を何か開発できないかと漠然と思ってはいましたが、具体的な行動には移せていませんでした。今回、「陸えびJAPAN株式会社」からコオロギ酵母に関するお話をいただいた際に、私たちの研究がSDGsに少しでも貢献できたら良いなと思い、一緒にプロジェクトに取り組む運びとなりました。
*アップサイクル:元々捨てる予定だった廃棄物に、新しいデザインやアイデアなどの付加価値を加えて、新しい製品として再利用すること。
–ご自身の研究や学生の皆さんが取り組んでいることがSDGsに結びつくというご経験を経て、何か先生の中で変わったことはありますか?
田中教授:プロジェクトに取り組む前は昆虫を食べるなんてありえないという印象でしたが、研究を進める過程で実際に自分でコオロギを食べる機会があり、それをきっかけに大きく意識が変わりました。昆虫食を一般に普及させるにはたくさんの壁が立ちはだかっているという認識は変わりませんが、最初の壁さえちょっとでも越えてしまえば、あとはそれほど抵抗なく受け入れてもらえるのではないかと思えるようになったのが大きな変化です。
食品廃棄物問題への取り組み
–食品廃棄物を活用した商品開発に興味を持ったきっかけは、先生の研究の原点であると聞いています。どのような経緯でそうした関心が生まれたのでしょうか?
田中教授:実は、ビールの研究を始める際にその起源を調べてみたところ、雨などに濡れたパンが自然に発酵したものがビールの始まりと言われていることを知りました。これはある意味では廃棄するパンのアップサイクルといえます。この考え方を基に、発酵の力を借りることで、さまざまな食品廃棄物をビールや他の食品に活かすことができるのではないかという可能性を感じたのです。
–実際、食品廃棄物はそんなに多いのですか?
田中教授:かなり多いと聞いています。例えば市場に流通せずに廃棄される規格外の野菜や果物の問題があります。市場に出ていないので、厳密には食品廃棄物の統計には含まれないのですが、農家の方々によれば、生産した農産物の約3割近くを規格外品として捨てているとのことです。
岡山は果物の生産が盛んな所ですが、形や色がきれいに整ったものは商品として出荷されますが、わずかでも傷がついていたり、色や形が少しよくないというだけで、味や栄養に問題が無いのに廃棄しなければならない。すごくもったいないので何とかならないかという生産者からの相談を時々受けることがあるので、意識をするようになりました。
プロジェクトの反響
–『コオロギ酵母プロジェクト』の反響はいかがでしたか。
田中教授:地域の皆様からは、「コオロギ酵母ってなに?」という驚きや物珍しさから、商品にとても興味を持っていただきました。また、食品企業の方々からは「面白い試みをされていますね」といったお言葉を賜りました。
最初は物珍しさからだとは思いますが、非常に多くの方々が商品を手に取ってくださったようで、いまではビールもワインも売り切れてしまったそうです。
また、味も美味しくできていて、特にワインに関しては、国内外の評価も高く、海外の品評会にも出展されたという話を聞いています。
コオロギ酵母のビールやワインを飲んでみたい、また販売して欲しいという声が私たちのところに寄せられることもありますが、今回の取り組みにおいては、「陸えびJAPAN株式会社」が資金を提供し、「吉備土手下麦酒醸造所」がビール、「kibi VALLEY」がワインの醸造を担当しています。私たちは直接商品の製造にタッチしていないので、「早く次の商品を作りなさい」と無理強いすることはできません。ですが、また新たな醸造についてお声がけいただければ、喜んでコオロギ酵母を提供したいと思っています。
学生とプロジェクトの関わり
–実際にプロジェクトに携わった学生さんの反応や変化について教えてください。
田中教授:このプロジェクトは、卒研生として配属された4年生の学生が担当してくれました。最初に卒業研究のテーマとしてこの内容を提案した時は「ええっ、コオロギ?」と驚いた様子でしたが、彼女は小学校・中学校の子どもたちに食と健康に関する教育を行う「栄養教諭」を目指していたので、自分の将来と照らし合わせて考え直したところ、ぴったりのテーマだと思ったそうです。
実際に研究を始めると、彼女の興味は一層高まり、精力的に実験に取り組んでくれました。最終的には、教員の採用試験にも試食用の乾燥コオロギを持って行くくらいの昆虫食サポーターになりました。このプロジェクトの経験を通じて、食の重要性をSDGsと関連付けて子どもたちに伝えたいという意欲を持つようになったそうです。
–研究室のウェブサイトを拝見しましたが、学生の皆さんはひとりひとり異なるテーマで研究を進めているのでしょうか?
田中教授:そうですね。研究室の学生たちには自分のペースで自由に研究を進めてもらっていますが、1つのテーマに複数の学生が携わると、一方が熱心に取り組んでいるのに、もう一方が努力を怠るなどの問題が発生することがあります。
こうした問題を避けることや、学生の主体性を高める教育効果を狙って、私の研究室ではひとりひとりが別々のテーマで研究を進める形を採用しています。学生たちには「自分が頑張らなかったらいつまで経っても結果は出ないけど、頑張ったら頑張った分たくさん成果が出るよ」と伝えています。
1人で研究を進めるのは大変そうというイメージを持つ方もいますが、近くで研究している同級生や先輩に気軽に相談できる環境なので、学生たちはお互いに協力して高めあいながら、和気あいあいと楽しく研究を進めているようです。
–協業を続けるモチベーションについてお伺いしてもよろしいですか?
田中教授:本学は県立大学ということで、設置者である岡山県に対して貢献できる研究を行うことが、重要な役割の一つだと感じています。
ノーベル賞級の大発見でない限り、普段の研究成果を身近な人に知ってもらう機会はなかなかありません。しかし、地域の企業と連携して商品の形にすることで、すぐに研究成果を社会に役立ててもらうことができます。
コオロギ酵母の研究をした学生も、自分が開発に携わったビールやワインを飲んで家族が喜んでくれたことがとても嬉しくて、今までの努力が報われた気持ちになったと言っていました。
このように、具体的な目標があることで学生たちのモチベーションが維持されることや、商品が完成した喜びを、学生や企業の担当者、そして地域の方々など、たくさんの人と分かち合えることが、企業と協働する魅力だと感じています。また、学外の方と連携する経験を積むことで、コミュニケーション能力や責任感、協調性など、学生の社会人基礎力の向上にも繋がっていると思います。
今後の展望
–『コオロギ酵母プロジェクト』SDGsの昆虫食という部分と、先ほどの協業という部分での今後の展望を、お話しいただいてもよろしいでしょうか?
田中教授:コオロギ酵母プロジェクトの今後については、先ほどお話ししたように、大学は商品の製造には直接関与しませんので、私たちが積極的に新商品の開発に乗り出す予定はありません。しかしながら、今回私たちが採取したコオロギ酵母は、食品に利用することができる安全な酵母で、非常に発酵力が強く、パンやビール、ワインの発酵に適するなど、とても魅力的なポテンシャルを持っていますので、チャンスがあればこれからもどんどん活躍して欲しいと思っています。
「陸えびJAPAN株式会社」や協賛企業などからコオロギ酵母の活用に関するお話があれば、いつでも協力させていただきますし、コオロギ酵母に興味を持ってくださる企業を新規開拓するために、記事やテレビなどで積極的に情報発信していけたらと考えています。ちなみに、コオロギ酵母は研究室の冷凍庫で保存しています。酵母は超低温で凍らせておくと半永久的に休眠状態で維持することができますし、必要なときは溶かすとすぐに復活してくれるので助かります。
協業に関しては、こちらも先ほどお話しした通り、私たちは県立大学として地域に貢献する使命を担っています。また、私の研究室への配属を希望する学生の多くが企業との協働による商品開発に興味を持っていますし、私自身も協業の楽しさや可能性を実感しています。これからも様々な企業と協力しながら、私たちの研究成果を地域社会に還元していきたいと思っています。
私たちが研究対象としている酵母の用途としては、どうしてもお酒関係が多くなります。酒造業界はコロナ禍で大きなダメージを受け、岡山県内にも大変な思いをされた企業がたくさんあります。そういった背景もあるので、私たちの活動が少しでもお力になればと考えています。コオロギに限らず、大学と協力して開発した新しい商品ということで、一般の人たちが興味を持ってくださることを期待して、これからも積極的に地域企業との連携活動を展開していけたらと思っています。