SDGs 大学プロジェクト × Ishikawa Prefectural Univ. 

今回お話をお聞きしたのは、石川県立大学 生物資源工学研究所所長の小林高範 教授です。

小林教授は植物栄養学や植物細胞工学を専門としています。特に、植物と鉄の関係性に着目。植物が鉄欠乏に応答するメカニズムの解明や、鉄欠乏に耐性がある作物の開発、鉄などのミネラルを豊富に含む作物の開発などの研究を進めています。

石川県立大学の紹介

石川県立大学は農学系の生物資源環境学部から成り、自然環境との調和をはかりながら、人間が持続的に生物資源を利活用することを目指しています。ここでは、農学の新しい展開として、農業生産、自然環境と農業環境、食と健康、さらにはバイオサイエンスとバイオテクノロジーの各学問分野で教育と研究を実践しています。

建学の基本理念は「バイオ・環境・食をキーワードに持続可能な社会の創造を目指す」にあり、国連が定めた2030年までに達成すべき「持続可能な開発目標、Sustainable Development Goals, SDGs」の達成はもとより、さらにその先を見据えた研究と教育を進めています。

植物と鉄の関連性を分子レベルで研究

–小林教授の研究内容を具体的にご説明いただけますでしょうか?

植物と鉄の関連性について研究をしています。鉄が生き物にとって必要な栄養素の1つであることはご存じだと思いますが、それは植物も例外ではありません。人間などの動物と同じように、植物も鉄がないと生きていくことができないのです。

生物が環境の変化を感じ取ると、体内ではそれに応じて必要な遺伝子を必要なだけ働かせるための調節が行われます。このような反応を環境応答といいます。私たちの研究では、土壌中の鉄が不足している、あるいは多すぎる場合に植物がどのように応答しているのかを、遺伝子やタンパク質などの分子レベルで解明することを目指しています。

具体的には、植物が土壌中の鉄を吸収する仕組みや鉄が足りない環境下での生き延び方、鉄が足りているかどうかを感知するためのメカニズムなどを調べています。

また、こうした研究成果を応用し、鉄を吸収しづらい土でもよく育つ鉄欠乏耐性植物の開発や鉄・亜鉛などのミネラル栄養を多く含む作物の開発にも取り組んでいます。

まだ世の中に出す段階までは行っていませんが、遺伝子組換えなどのバイオテクノロジーを使って、鉄が溶けにくい土でもよく育つイネや、鉄や亜鉛などを多く含むイネの開発に成功しました。最近は遺伝子組換えよりも効率がよく、ゲノム上の狙った場所のみを改変できる「ゲノム編集」という新しい技術も出てきました。現在はこれらを活用した作物の開発に向けた研究も積極的に進めています。

ミクロ視点で見る植物と人間の共通点

–人間と同じように、植物にとっても鉄の不足は良くないというわけですね。逆に、鉄が多すぎるのも良くないのでしょうか?

鉄に限らずどの栄養素でもそうですが、 少なすぎても多すぎてもいけません。全ての生物には、必要な栄養を適量手に入れるための調節機能が備わっています。

–植物は人間とは違う生き物というイメージが強いですが、今のお話を聞いて意外と似ている部分もあるのかもしれないと感じました。

確かに、分子レベルのミクロな視点で見ると共通点は多いですね。

例えば、鉄が多いか少ないかを感知するセンサーとしての役割を持つ分子により、生き物は鉄が足りているかどうかを判断します。植物ではこの分子の正体がまだはっきりと解明されていませんが、私が現在調べているタンパク質がその候補です。そして、このタンパク質と似た構造を持つタンパク質が、人間や他の動物で同様のセンサーとして働いていることが分かっています。つまり、似た部品を使って鉄の過不足を感じ取っているというわけですね。

また、人間に関する研究は医学や薬学の分野で発展しているため、それを参考にしながら植物の研究を進めることもあります。一方で、植物について調べることで人間のこともより解明できるのではないかとも思います。

イネ科独自の鉄吸収メカニズム

イネの水耕栽培の様子
左:鉄が十分なイネ(緑色)右:鉄欠乏のイネ(黄色)

–小林教授の研究は、植物の中でも特にイネに着目したテーマが多いですが、イネ科植物に焦点を当てた理由は何でしょうか?

理由は2つあります。まず1点は、イネ科植物が農業的に重要な植物だからです。イネ以外にもコムギ、オオムギ、トウモロコシ、サトウキビ、ソルガムなど、世界の主要穀物の多くがイネ科植物に含まれているため、応用研究にもつながりやすいです。

もう1点は、イネ科植物は鉄を積極的に取り入れるための独自のシステムを持っていて、鉄の研究の面でも重要な植物だからです。

土壌中に鉄が含まれていても、水に溶けにくい「三価鉄」という状態だと植物は根から吸収できません。しかし、イネ科植物は三価鉄を溶かして吸収するための特別な物質である「ムギネ酸類」を作ることができます。これにより、鉄を効率的に吸収できるわけですね。

–通常は鉄を溶かせない植物の方が多いのでしょうか?

溶かす力はあっても、あまり効率的に溶かせないものが多いです。生物にとって鉄は必須の栄養素なので、鉄が溶けていなければどうにか溶かして吸収する仕組みが備わっています。ただ、イネ科以外の植物だとその力が弱いということですね。

特に、土壌がアルカリ性になると、もともと水に溶けにくい鉄が沈殿しやすくなり、さらに溶けにくくなります。だからアルカリ性土壌では多くの植物が鉄不足で葉が黄色くなって生育が止まり、ひどい場合は枯れて死んでしまうのです。

日本にはアルカリ性土壌が少ないのであまり馴染みがないと思いますが、実は世界的に見るとアルカリ性土壌の土地は多く存在します。世界全体の耕地面積のおよそ3割がアルカリ性ですね。そういう地域では、鉄を吸収しづらい土でなんとか農業をやっているのが現状です。

アルカリ性土壌では鉄が沈殿してしまうので、普通の鉄肥料を撒いてもあまり効きません。私も企業と共同で新しい鉄肥料の研究をしているところです。これに加え、鉄欠乏に耐性がある植物を開発するなど、さまざまな面からアプローチしていく必要があります。

食糧生産や環境保全に期待

イネを形質転換しているときの組織培養の様子

–鉄欠乏耐性のある作物や鉄を多く含む作物を創り出すことで、どのような社会課題の解決につながるのでしょうか?

鉄欠乏耐性の作物を開発できれば、鉄を吸収しづらいアルカリ性の土壌でもよく生育できるようになるので、食糧生産や地球環境の保全に役立つと考えています。SDGsでいうと、「飢餓をゼロに」「気候変動に具体的な対策を」「陸の豊かさを守ろう」などの目標に多面的に貢献できるのではないでしょうか。

もちろん、飢餓を減らすにはこれだけではなく他の技術と組み合わせるなどの工夫は必要です。例えば、干ばつに耐える性質を合わせるなどですね。ただ、アルカリ性土壌に関していえば、鉄不足という問題をクリアするためにこの技術が使えると思います。

また、鉄などのミネラルを多く蓄積できる作物の開発により、人間の鉄不足の改善にもつながります。

日本人の場合、成人女性と子どもの約40%が潜在的に鉄が欠乏しているという報告があります。鉄が欠乏すると、貧血だけでなく倦怠感や免疫力の低下などさまざまな症状が出てくるので、自覚せず鉄が不足している場合はかなり多いでしょうね。

これを防ぐには食生活を改善するのが大事ですが、米にはあまり鉄が含まれていません。穀物中心の食事をしていると鉄が不足しやすいため、肉類などの鉄分豊富な食材で補う必要があります。

そこで、現在開発している鉄を豊富に含むイネを普及できれば、米からも鉄を摂取できるようになるわけです。日本だけでなく、例えば東南アジアの国々も米からカロリーを摂る割合が多いですが、これら米中心の食生活をしている地域の人々の鉄不足を防げるのではないかと期待しています。

高校時代からの熱意がモチベーションに

–小林教授はどのようなことがきっかけで、植物と鉄の研究を始めたのですか?

高校生の頃、化学、特に無機化学に関心を持ったのがきっかけです。中でも、生物の体内で金属元素などの無機元素がどのような働きをしているのかという分野に興味をひかれました。

また、もともと植物も好きでした。植物が持つ静かな生産性や環境にじっと耐え抜く健気な生き方には魅力があります。そこで、植物科学と無機化学の両方をつなぐ研究として、植物と鉄の研究にたどり着きました。

–研究の過程ではどのような苦労がありましたか?

研究の過程での苦労はたくさんあります。例えば、遺伝子が持つ情報はタンパク質を作り出すことによって働くのですが、タンパク質の性質は実に多種多様です。ですので、調べたいタンパク質の性質が分からないうちは、実験がうまくいかないことが多いです。

博士号を取って博士研究員になったばかりの頃、新しいタンパク質を調べようとしたら失敗続きで、1~2年の間ほとんど結果が出なかった時期もありました。

このように苦労は多いですが、高校生の頃から科学全般が好きで無機化学の分野に関係した仕事や研究がしたいと強く思っていたので、それが大きなモチベーションとなって現在まで続いています。

今後の展望

–最後に、今後の研究の展望をお聞かせいただけますか?

植物が鉄欠乏をどのように感じ取って環境に応答しているのか、遺伝子やタンパク質などの分子レベルで解き明かしたいと考えています。まずは先ほどご説明した植物の鉄センサーについて、私が調べているタンパク質が関わっているかどうかを明らかにするのが一つの目標です。

また、こうした研究成果を応用した鉄欠乏耐性植物や鉄・亜鉛を多く含む作物の開発にもさらに力を入れていきます。今後は開発した作物の普及も視野に入れ、関係団体とも連携していく予定です。

▼小林高範 教授の研究について詳しく知りたい方はこちら
石川県立大学 生物資源工学研究所 植物細胞工学研究室HP