SDGs 大学プロジェクト × Baiko Gakuin Univ.

大学が企業やNPO法人等と連携して取り組む海洋ゴミ対策に対して山口県から支援を受けられる事業「やまぐち海のSDGsサポーターズ支援事業」に、梅光学院大学の「HIP HOPを通したエシカルツーリズムの促進」が採択されました。

この記事では、取り組みをはじめたきっかけやHIP HOPを通したエシカルツーリズムとはどういうものかなど、具体的な内容について紹介していきます。実際に活動を行うゼミの担当をしている馬場先生から、インタビューを通じて詳しい話をお伺いしました。

梅光学院大学の紹介

梅光学院大学は、2022年に開学150周年を迎えた、山口県下関市に位置する私立大学です。2019年には、開放的な空間が広がるキャンパス「CROSSLIGHT」が新設されました。

学部学科編成は、国際学部国際言語文化学科国際教養専攻、英語コミュニケーション専攻、国際ビジネスコミュニケーション専攻、東アジア言語文化専攻(中国語コース・韓国語コース)、子ども学部子ども未来学科児童教育専攻、幼児保育専攻の2学部2学科6専攻です。

梅光学院大学は、主体的な学びである「アクティブ・ラーニング」を大切にしています。また、将来社会に飛び出す事前準備として、国内・海外の企業、NPO、施設、教育機関など実社会に出て活動する「サービスラーニング」や、海外留学、ボランティア活動等、体験するプログラムが多いのも特色の一つです。

さらに、社会の課題を先取りして体験するために3年次では全員、近隣の企業、学校、ボランティア団体等と一緒になって、そこで起こっている課題を解決するにはどうしたらいいか考え、提案する「PBL型ゼミ」があります。

今回ご紹介する取り組みも「サービスラーニング」の一つとなっています。

サービスラーニングを通じたSDGsへの取り組み

–「やまぐち海のSDGsサポーターズ支援事業」に採択された、ゼミの活動でもある「HIP HOPを通したエシカルツーリズムの促進」について教えてください。

私のゼミでは、主にサービスラーニングと呼ばれる教育手法を取り上げております。この手法は、インターンシップとボランティアが融合したようなアプローチで、地域の問題に取り組みつつ、地域の活動を通して学びを深めるものであり、地域の問題へコミットするのがその特徴となっております。

昨年度、梅光学院大学に着任し、ゼミを担当させていただいていますが、ゼミにおいてもサービスラーニングの手法に基づいた取り組みを導入しており、その中で私は海洋ゴミ対策に注目しています。

実は、私は本学に着任するまで山口県と縁がなかったため、山口県の地域の問題について調査をすることからはじめました。その過程で、山口県、特に下関が海洋ゴミが漂着しやすい場所であり、海洋ゴミ漂着量が日本一であることが問題視されていることを知りました。山口県がこの問題に真剣に取り組んでいたこともあり、ゼミでの活動に取り上げるべき地域問題であると判断しました。

サービスラーニングにおいて重要なポイントとして、「参加者の興味・関心への配慮」が挙げられます。「サービスラーニングで海洋ゴミ対策を行い、海をきれいにしましょう」と単に述べるだけでは、学生たちはなかなか興味を示さないかもしれません。

そのため、私はできるだけ多くの学生に関心を抱いてもらうために、HIP HOPを導入することを決定しました。

また、山口県における課題として、海洋ゴミの多さに加えて観光魅力度の低さが挙げられます。この二重の課題に対処し、「HIP HOPを通じたエシカルツーリズムの促進」というアプローチを検討しました。

観光で環境問題対策

–「HIP HOPを通したエシカルツーリズムの促進」についてもう少し詳しくお伺いします。この活動は具体的にどんなことをされているのですか?

ゼミ生たちは、海洋ゴミの漂着が多い角島と阿武町に分かれ、地元の観光を体験しつつ海岸清掃に積極的に取り組みました。このプロジェクトでは、各地域での体験をもとに観光PR動画を制作し、その動画を活用して観光振興や海洋ゴミ削減のためのクラウドファンディングに取り組んでいます。

具体的に地域で活動に取り組んだ時期は、今年の8月〜9月にかけて、角島および阿武町で合宿を行い、海岸清掃活動を実施しました。阿武町ではABUキャンプフィールドにおいて、自然に囲まれた田舎暮らしを体験するプログラムにも参加し、地域の自然と触れ合いました。一方、角島ではフィールドワークやマリンアクティビティの実施を通じて、地域の特徴や魅力への理解を深めました。

その後、学生たちは各自が得た体験をもとに、ラップ形式の観光PR動画を制作し、2023年11月からこの動画を用いたクラウドファンディングがスタートしています。クラウドファンディングで集まった支援金の1割は、海洋ゴミ対策に充てられ、具体的には、海洋プラスチックゴミからアップサイクルされたボールペンの配布や近隣の小中学校を巻き込んだ海岸清掃イベントなどに活用されることで、地域社会への貢献を目指します()。

※支援金の1割は次年度のゼミで使用することを予定しているため、上述した海洋ゴミ対策への使用法はあくまで現時点での案となります。

▼梅光学院大学 馬場ゼミの皆さんが作ったPR動画はこちら
【山口県PRラップ】下関No.1ゼミが作ったラップが神すぎたwww

HIP HOP型教育を取り入れるきっかけ

– 学生に関心を持ってもらうための「HIP HOP」ということですが、そもそもHIP HOP型教育とはどのようなものですか?

HIP HOP型教育は、アメリカで普及し始めている教育手法で、HIP HOPの要素を取り入れながら授業を進めるものです。HIP HOP型教育の代表的な事例として、コロンビア大学教育学部のクリストファー・エムディン教授が提唱した「サイエンス・ジーニアス」が挙げられます。

このプログラムは、理科に興味を持たない高校生に対して、ラップを通して学習意欲を高める独自のアプローチです。参加する生徒たちは理科に関連する専門用語を駆使してラップの歌詞を作り、他の生徒と競い合います。ストーリー性のあるラップを構築するためには、ラップに使用される用語の意味を理解する必要があります。用語の意味を理解せずには、十分なクオリティのラップ詞を生み出すことが難しいのです。

生徒たちは他の生徒に負けないように優れた歌詞を生み出す意欲を持ち、そのために理科の知識を深めることになります。実際、プロジェクトに参加した生徒たちからは、理科の学習習慣が形成され、興味が湧くようになったというデータが得られています。この手法は、良い成果を上げた事例として知られています。

私は約10年前にこのプロジェクトに関する論文を読み、自身の教育でも導入してみたいとの思いから、HIP HOP型教育を始めるきっかけとなりました。

HIP HOP型教育は現代に合致した手法

「サイエンス・ジーニアス」はラップを用いた事例ですが、HIP HOPにはラップ・DJ・ブレイクダンス・グラフィティという四大要素というものがあります。グラフィティはストリートにある壁に書かれた絵(壁画)などを指します。

HIP HOPは、音楽の一ジャンルやダンスの一形態と思われがちですが、実際には音楽だけでなく、ブレイクダンスというスポーツ、そしてアートといった多岐にわたる要素を有する複合的な文化です。私がHIP HOP型教育を導入している背景には、学生の興味を引きつけると同時に、近年日本においてHIP HOPが注目を集め、四大要素全てに触れる機会が増えていることが挙げられます。

例えば、フリースタイルのラップが急速に広がり、それに伴いラップのテレビ番組が制作されたり、DJバトルの世界チャンピオンであるDJ松永が東京オリンピックの開会式で演奏するなど、メディアへの露出が増えています。

ブレイクダンスについても、ストリートダンスのプレイヤーが増加しており、中学のダンスが必修科目となったことも大きな要因です。学習指導要領には、現代的なリズムのダンスも取り入れるとあり、その中にはHIP HOPの音楽を用いたダンスも含まれています。このため、2008年以降の中学生は特にHIP HOPに触れる機会が増えています。

さらに、都会ではグラフィティを目にする機会も増え、壁画(絵)と親和性の高い「漫画」を通してグラフィティという存在が若者に認知され始めています。これらの理由から、私が推進しているHIP HOP型教育は、時代のトレンドと調和していると考えています。

– ゼミに入ってくる学生の中にはHIP HOPにあまりなじみのないような学生もいるかと思いますが、HIP HOP型教育を取り入れるに当たり苦労した部分はありますか?

学生がどのように考えているかは完全に理解できませんが、彼らは楽しく取り組みを行っているように感じます。特に、ラップを用いた観光PR動画の制作時には、HIP HOPに親しみのない学生たちも、楽しそうに制作に取り組んでいるように見受けられました。このようにHIP HOPを導入することで、学生たちの意欲が向上していると考えられます。

ゼミに興味を持つ学生はHIP HOPに関心を寄せており、ほとんどの学生がラップをきっかけにゼミに参加しています。しかしながら、四大要素について十分な理解を持つ学生は少ないため、学生たちがHIP HOPの四大元素や歴史、ルーツなど本質的な部分にも関心をもてるようサポートする一方で、四大要素の理解を深める過程には苦労があるのではないかと考えています。

また、学生以外の関係者に対してHIP HOPと教育について説明する際には、初めは理解が進まない事もあるかもしれません。しかし、具体的な事例や仕組みをしっかりと説明することで、理解してくれる方がほとんどです。今後もこのような実践への理解を促進し、HIP HOPが教育に浸透していくプロセスを着実に進めていければと考えます。

社会問題やCSRにも意識を高める教育

– HIP HOP型教育やサービスラーニングを通して地域や社会の課題解決をすることは、学生にどのような影響を与えると思いますか?

学生たちは様々な取り組みを通じて、思い出を作り、それによって地域への愛着も深まっていることでしょう。海洋ゴミの課題に対して、海外から流れ着くものだけでなく、町のゴミが川を経由して海に流れ着いていることも多いのです。このため、普段の生活範囲でのゴミ削減やポイ捨て防止が、海洋ゴミ削減の重要な手段となります。学生たちはこうした取り組みを通じて、身近な課題に対する意識を高めていることでしょう。これが社会問題への意識を高め、より良い社会への貢献に繋がればうれしいです。

海岸でのゴミ拾い活動も行われており、学生たちは目に見える形でゴミの問題を実感しています。これにより、ゴミに対する意識が一層高まり、自身の生活習慣の見直しも必要であることに気づいていることでしょう。個々の意識改革が、ゴミ問題の解決に繋がることを期待しています。

一方で、学生たちにはCSR(企業の社会的責任)についても話をしています。企業の社会的責任は、単なる利益追求だけでなく、提供するサービスや商品が社会に与える影響に対しても責任を持つべきという考えです。近年では、企業がCSRに特化した部署を設けている例も増えており、営業利益だけでなく社会問題解決にも積極的に取り組んでいます。学生たちには入社後も、ゴミ問題などから始まり、社会的責任を意識して働いてほしいと思っています。

今後めざしていきたいこと

– 今後の展望について教えてください。

実践面では「HIP HOPを通した社会貢献」というテーマを基盤に、HIP HOPとサービスラーニングをいかに融合していけるかという点を追究していきたいと思っています。このテーマで実践に取り組み始めて2年が経ちますが、うまくいっている部分もある一方で、まだまだ改善の余地がある部分があると思っています。例えば、うまくいっている点としてはHIP HOPをきっかけに活動へのモチベーションが上がっているだけでなく、学生同士の関係構築やゼミの一体感を生み出すこともHIP HOPが大きな要因となっていると思います。

他方、改善点としては、実体的な地域への効果を生み出していかなければならないという点だと思います。これは私の実践だけでなくサービスラーニング全体の傾向でもあるのですが、学生の学習成果や地域の活性化といった点には一定の効果が報告されていますが、「地域に対する目に見えるような成果(実体的な成果)」はなかなか生み出しにくいとも言われています。

ですので、今回のクラウドファンディングで観光客数を増やすことで観光魅力度問題に取り組み、観光客(観光希望者)からの支援金で海洋ゴミ問題に取り組むといった今年度の活動は、「数字」という見える形で「地域に対する実体的な成果」を生み出す挑戦だと考えています。

研究面での展望は、上述した地域への効果検証に加え、「学生への効果検証」を行っていきたいと考えています。「HIP HOPと教育」というユニークな実践で注目は集まりやすいですが、学習効果を生み出して初めて「HIP HOP型教育は日本においても効果的な教育手法である」ことが証明できると考えています。

この点については、今取り組んでいる実践が終わる年度末までに学生に調査を行い、分析・考察していきたいと考えています。また、この研究結果は現在執筆中の共著の本に掲載される予定ですので、刊行された際には是非ご一読頂ければ幸いです。