SDGs 大学プロジェクト × The University of Nagano.

長野県立大学の紹介

長野県立大学は、2018年に長野県長野市で開学しました。県の「知の拠点」となる総合大学として、グローバルな視野で地域を創生できるリーダーの輩出を目標に掲げています。

本学は2学部3学科で構成されています。グローバルマネジメント学部には、「グローバル・ビジネスコース」「企(起)業家コース」「公共経営コース」の3コースを設置。健康発達学部には、食健康学科とこども学科があります。

1年次は少人数教育や全寮制による仲間との共同生活などにより、大学で必要な基礎能力を養成。2年次からは専門的な学びを深めつつ、全員参加の海外研修プログラムでグローバルな視野を育てます。

その一方で、産学官連携や地域との連携を通し、地方創生のリーダーの輩出に注力しているのも特色です。県内の優れた企業や起業家と学生の交流を促すことで、現代社会や地域の問題を解決できるイノベーティブな人材の育成に力を入れています。そして、この取り組みの軸となるのが、「ソーシャル・イノベーション創出センター(CSI)」です。

今回は、CSIセンター長の 秋葉芳江 教授にお話をお聞きしました。

未来の子どもたちに「かっこいい社会」を

-まず、ソーシャル・イノベーションとはどういうものか教えていただけますか?

イノベーションと聞くと科学技術的な革新をイメージする人が多いと思いますが、本学では「多様な利害関係者に配慮する、あるいは社会課題の解決に関わるイノベーション」をソーシャル・イノベーションと呼んでいます。CSIは「未来の子どもたちに『かっこいい社会をのこしてくれてありがとう』と言わせたい」という思いのもと、ソーシャル・イノベーションの創出を目指す組織です。

ここでいうイノベーションについて、私たちは①新商品の開発 ②新生産方式の開発 ③新市場の開拓 ④新しい仕入れ先の獲得 ⑤新組織の構築・再構成 ⑥社会変革・自己変革と定義しています。技術面での革新のみならず、商品・サービスの売り方やそれを売る人の働き方、仕入れの方法や材料を変えてみるといったアプローチですね。

6つ目の「社会変革・自己変革」は、要するに固定観念や思い込みのようなマインドセットを変えていくことです。今の日本社会では、まだまだ古い制度が通用している部分は多いです。例えば、家庭に専業主婦がいるのが前提の社会制度も多いですよね。

こうした今の時代にそぐわない社会の制度を変えることもソーシャル・イノベーションの一つですし、それを支える人々の意識や思考のフレームワークを変えていくのもソーシャル・イノベーションです。既存の社会が問題だらけで、従来の方法では解決できない状況に直面しているために、この考え方が必要とされています。

そして、誰かに言われた通りに行動するようなマインドでは絶対にソーシャル・イノベーションは起こせません。ですので、ソーシャル・イノベーションを起こして社会の問題を解決する為にもアントレプレナーシップ(企(起)業家精神)を持った人材が求められています。

「アントレプレナー」育成のために

-アントレプレナーの素質を持った人材を育成するために、大学やCSIはどのような役割を担っていますか?

本学のグローバルマネジメント学部では、「企(起)業家コース」というアントレプレナーシップ教育のカリキュラムを設けています。そしてCSIでは、学生だけでなく県民の方々も一緒に学べる公開講座も実施しており、1年間におよそ10回の頻度で定期的に開催してきました。

また、私たちCSIでは、学生が地域と関わる機会を積極的に創出しているのも特徴です。CSIは、いわば黒子役としてそれをサポートしています。

本学は2018年に開学しましたが、おかげさまで地域の方々に愛される大学になっていると感じます。所在地の長野市は人口が約36万人で、大都会と比べると人と人との距離が近い都市です。その規模感も一つの要因かもしれません。

例えば地域でマルシェを開きたいという学生がいたら、「うちの商店街と連携したらいいのではないか」や「店舗のスペースを提供協力しようか」といったお声掛けをしてくださるなど、学生のチャレンジを温かい目で応援していただいています。

お膳立てはせず、主体的な挑戦をサポート

-長野県立大学には東京などからはるばる入学する学生も多いとのことですが、どのような理由で選ばれているのでしょうか?

本学は学生の約半数、年度によってはそれ以上が県外出身です。1年次は全員寮生活なので、出身も学部もさまざまな同級生たちと共同生活するという点も大きな成長の機会となっているようです。

将来的に起業したいので入学を決めたという学生は毎年一定の割合でいますし、他にも充実した海外研修プログラムなどを特色として挙げる学生が多いです。

-学生たちにとって、やりたいことを実際に行動に移す上ではさまざまな壁があると思います。秋葉先生は、ただやりたいと考えるだけで終わらせずに挑戦することの意義はどのようなところにあるとお考えですか?

学生たちには、小さなことでいいからとにかくたくさん挑戦するようにと伝えています。その後押しをするのが私たちの役目です。

漠然とでも何かやってみたいと思うことがあったら、まずCSIに来てほしいですね。職員相手に話をしているうちに発想が広がるかもしれません。在学中に起業した学生も複数いますので、相談相手を紹介することも可能です。そのような形で経験を積むことができるモデルは出来上がりつつあります。

私たちは、学生たちがすてきな経営者に出会えるように関係をつなぐことを意識しています。CSIが学生につなげたい経営者とは、年商の大きさではありません。地域で持続可能な経営をしているかは重要なポイントです。こうした経営者と出会い、インターンシップやさまざまなプロジェクトに参加する中で、学生たちはいろいろなことを学ぶことができます。

また、学生をお客さん扱いしてしまうと学生が受け身になってしまうため、お膳立てしすぎないことも心がけています。失敗することも大切な経験ですから。学生たちが自分の好きなように、かといって独りよがりにはならずに決めていけるよう、最低限のフォローはしつつ見守るようにしています。

自ら問いを立て、答えを導き出せる人材へ

-最近の学生は失敗を恐れ、最短で正解の道を進みたがる人が多いという話を耳にしたことがありますが、そのような学生は先生の目から見ても多いですか?

私はむしろ大人がそういう方向に持っていってしまっているのではないかと感じます。

私は学生たちに、「世の中に正解はない」と言い続けています。自分が考える正解が他の人にとっても正解とは限らないのです。

高校までは正解があることを勉強してきたかもしれませんが、そこから先は正解がない世界に飛び出し、自分で答えを作り出していく必要があります。むしろ、その問いを自ら立てられるようになってほしい。アントレプレナーとはそういう人ですから。

-起業する・しないに関わらず、自分で問いを立てて生きていく力は全ての人にとって必要ということですね。

その通りです。アントレプレナーに期待されているのは、新しいものを生み出していく力です。アントレプレナーとは、必ずしも起業して自分で事業を起こす人だけを指しているわけではありません。

例えば会社などの組織でも新事業や新製品を生み出していく必要があるため、組織の中でもアントレプレナーの存在は不可欠です。組織の中でこうした資質を発揮する人のことを「イントレプレナー(社内起業家)」と呼ぶこともあります。

企業にとって、市場における新しい付加価値をどう生んでいくかは死活問題です。ところが、この新しい付加価値を生むことは難しい。日本の約30年にもわたる停滞の遠因とも言われています。ですので、正解を誰かに教えてもらうのを待つのではなく、自分で問いを立てて答えを出していけるアントレプレナーが必要とされているわけです。

その答えは100%正解ではないかもしれません。しかし、改善をしながら常に前進していくことができれば、社会全体でみると新しい付加価値が生まれ、結果として多くの社会課題が解決されていくのではないでしょうか。

-自分で立てた問いを信じて突き進むことは決して簡単ではないと思いますが、そのためにはどのような考え方が必要だと秋葉先生はお考えですか?

学生たちには、自分がワクワクすることをしっかり見つけようねと言っています。例えば人から「ありがとう」と言われるのが幸せでワクワクするなら、そう言われるような商品や商いの仕方を考える。どうでもいいやと流してしまうのではなくそうした自分のワクワクする部分を突き詰めていってほしいですね。

理事長の裁量経費でチャレンジを後押し

-長野県立大学では理事長の裁量で経費を支出し、学生の活動を支援する「理事長裁量経費採択事業」という取り組みを大学全体で実施しています。実際に利用した学生はどんな事業に挑戦してきたのでしょうか?

このユニークな制度は、2018年の開学当初から続いています。初年度からの6年間で、累計19件の学生の提案が採択されました。CSIでは応募を希望する学生の相談にのる他、必要に応じて採択された学生のサポートをしています。 

印象に残っている事例の一つが、学内へのウォーターサーバーの導入事例です。学内で出るペットボトルなどのプラスチックごみを減らしたいと考えた学生によるアイデアで、結果として学内にウォーターサーバーが3台導入されました。

その学生は、学内の自販機の利用者数や入れ替えにかかるコストなどのさまざまなデータを集めた上で、マイボトルが使えるウォーターサーバーを設置するプランを提案しました。さらに学生のマイボトルの利用率を上げるため、職員も巻き込んで大学オリジナルデザインのマイボトルを考案し、製造事業者や大学生協などの協力も得て、販売にこぎつけました。

こうした取り組みを経て、本学でのマイボトルの普及率はかなり上がってきています。提案した学生にとっても、この成功体験は大きな自信となったようでした。 

また、県南にある松川町の森林資源を活用した事例もあります。松川町とCSIの共同プロジェクトに参加していた学生が、森林の重要性に気付き、森林課題をPRできないかと考えたのが発端です。最終的には松川町産木材を使い、学内でパンフレット類を掲示するラックが製作されました。

この制度では理事長の判断で採択事業を決定しますが、重要視しているのは採択後の継続性です。そのため、裁量経費で土台を作って起業したケースが複数あります。

アルバイトで貯めたお金と合わせて裁量経費で開店資金をまかない、念願のコーヒーショップを開いた卒業生もいます。また、ある学生は裁量経費を足がかりにして地域の商店街の方々と連携し、マルシェを定期的に開催してにぎわい創出にもつなげてきました。

SDGsの浸透に注力

本学では開学当初からSDGsの浸透にも注力してきました。大学としてSDGsに取り組んでいる項目を挙げると10項目以上ありますね。長野県にはSDGs推進企業の登録制度があり、本学はその第一期事業者として登録されています。

例えば、本学では使用電力の100%を水力発電などの再生エネルギーで調達しています。これを達成したのは、全国の国公立大学ではまだ本学だけかもしれません。また、バイオ燃料も導入済みです。県がゼロカーボンを目標に掲げているので、県立大学である本学でも責務を果たしたいと考えています。

他にも、「SDGs・地域貢献アイデアコンペティション」という取り組みもあります。これは学生によるSDGsアクションのコンペで、採択されると地域の事業者さんから大学にご寄附頂いた資金を使ってアイデアを実現できるありがたいものです。

2023年度は、高額な教科書などを代々譲っていける仕組みを作る「巣箱の図書館」というアイデア等が採択されました。

CSIとしても、SDGsの題目を掲げるだけでなく現場で実践していくことは大前提です。自分たちだけが良いのではなく、一緒に関わる方々も含めて誰1人取り残さないよう、黒子役として支援しています。

▼長野県立大学のSDGsの取り組みについて詳しく知りたい方はこちら
長野県立大学のSDGsへの取り組み

思い描く幸せへ、小さな一歩を

-コロナ禍により学生時代の貴重な時間が失われ、無力感や諦めムードが強い若者が多いという話をよく聞きます。そういう若者たちが一歩踏み出すにはどうしたらいいか、アドバイスやメッセージをお願いします。

確かにコロナ禍の3年間は、さまざまな制約を受けた学生時代を過ごした人は多かったと思います。ただ私は若い世代にだけでなく、むしろ大人にこそ、小さくていいから一歩踏み出そうと伝えたいです。

今日1日、「どうせ」という言葉を一度も使わず過ごせましたか? アントレプレナーに関する仕事を30年以上続けてきた私からすれば、「どうせ自分なんか」とか「どうせやっても無駄だから」と言っている自分がいるから変わらないのだと思います。

どんな自分になりたいのか、妄想でもいいからバックキャストで考えてみてください。バックキャストとは、未来を先に構想し、それを実現するには過去をどう積み上げていけばいいかを今に戻って考える発想法です。

「自分はこうなっていたい」「社会はこうなる方が善いんじゃないか」という幸せな姿や素敵な未来を思い描き、そこに向かって小さいことでいいからアクションを起こしてみてください。きっと何か変化が起きますよ。

そういった意味では、起業はその手段とも捉えられるでしょう。実は起業を意識して将来を考え始めると、前向きにしかなりません。現在、起業しても9割は潰れてしまうと言われていますが、起業プロセスによって得るものは非常に大きい。私自身も起業をしてそれを実感しました。

起業するということは、自分の人生に主語を取り戻すということでもあります。例えば誰かの母親とか妻とか夫とか子どもとしてではなく、自分自身を主語にして人生を生きることだと私は思います。

-最後に、今後の展望をお聞かせください。

これまでお話ししたように、CSIは黒子としてのサポートを続けていきます。あくまで主役は学生や地域の方々です。

CSIのメンバー間でも、自分たちがワクワクするように楽しく仕事をするという意識は日頃から共有しています。結果は自ずとついてくるもの。その先には明るい未来しかありません。CSIは3~4人の少人数で運営している組織ですが、パフォーマンスは自慢できると自負しています。

本学には挑戦できる環境はたくさんありますし、私たちもずっとサポートし続けます。だから学生たちには、起業に限らず挑戦したいことがあれば気軽に相談に来てほしいですね。