
SDGs 大学プロジェクト × Kobe Institute of Computing.
目次
神戸情報大学院大学(KIC)の紹介

社会の加速度的な変化に伴う事象は、ChatGPTをはじめとする生成AIの誕生によって、経験や基礎知識だけでは対応できない時代となっています。近年、文部科学省では「総合的な探究の時間」を実施し、社会で求められる力の育成や、新たな技術である生成 AIを使いこなす「情報活用能力」の育成を求めています。
それらのニーズを先進的に取り入れ、2005年に開学した神戸情報大学院大学(KIC)は「Social Innovation by ICT and Yourself」を教育方針に、情報通信技術(ICT)の専門家として、社会に貢献できる探究型技術者の育成を目指している専門職大学院です。
世界的コンサルティングファーム「マッキンゼー·アンド·カンパニー」出身の炭谷俊樹学長が指導する「探究実践」を軸に、AIなどICT技術を活用しながら、国内外のIT業界や国際機関と連携した課題解決や価値創造が可能です。
2年の修学期間の中で、学生は、自らの強みを磨きながら、社会課題に対して具体的な解決策を立案し、実行するリーダーシップを発揮することが求められます。神戸情報大学院大学はこのような「探究型」人材の育成を使命とし、世界をより良い方向へ導くための一歩を、同じ志を持つ仲間と共に踏み出すことができる学生を育てています。
探究力をもったICT人材を育成する「探究実践プログラム」

― 「ICT×探究力」を通じた貴学独自の「探究実践プログラム」について、概要を教えてください。
まず、KICでは「ICT×探究力」を教育のコアコンピタンス(本学独自の強み)として位置づけ、ICTを活用することを前提とした教育を推進しています。そして、この中核に基づいた教育プログラムにおいて重要なことは、「ICTを活用して何を成し遂げるか」です。
また、KICでは「ICT」を教育の基本的な手段であると位置づけておりますが、一方で「探究力」は単なる手段ではなく、自分で物事を深く考えていく思考力であるとしています。
「この二つを掛け合わせることで、あなたには何ができますか?」という質問について修士課程の2年間を通じて学生自身に考えていただくことを、教育の柱としているのです。
思考のメカニズムを深め、強化することが、真の人材育成につながります。学生の皆さんはKICの「探究実践プログラム」を通じて、探究力、すなわち人間力を強化しているのです。
― 「探究実践プログラム」の目的や学生が得られる成果には、どのようなものがあるのでしょうか?
本プログラムの目的のひとつは、学生が自ら物事を深く考え、探究するスキルを磨くことです。特に、ICTの活用方法や目的について深く考えることは入学基準のひとつにもなっています。
KICは、ICTを単なるお金儲けや趣味ではなく、社会に貢献するための手段として重要視しています。学生は、どのような社会的な課題に取り組むのか、独自の問題意識を持ち、深く考える探究心が求められているのです。
つまり、学生一人ひとりが異なる社会課題に取り組むことになります。ICT技術をどのように組み合わせるかによって、解決策の幅が広がるでしょう。探究実践プログラムを通じて、課題解決に必要なスキルを身につけてもらいたいと考えています。
― 特定の社会課題に固執せず、幅広い問題解決に取り組むことができる人材育成において、どのような点を重視されていますか?
一つは、学生が自ら具体的な課題に取り組むことです。実際に何かを試みるからこそ、自身の考えている方向性が適切かどうかを客観的に評価できます。
KICは留学生が半数以上を占め、多国籍な環境です。各出身国には異なる社会的な課題が存在します。たとえば、ベナン出身の西アフリカの留学生が、自身の研究課題として「気候変動影響による海洋資源の減少問題」を選んだ場合、ICTを活用してこの問題をどのように解決できるかを熟考し、自らの修士論文につなげていきます。学生は2年間かけて修士論文を作り上げ、その過程で幅広い思考能力を身につけていくのです。
多国籍の学生が集まる学習環境から生まれた好事例

― 多国籍の学生が集まる学習環境には、どのような特徴があるのでしょうか?
多様な背景を持つ学生たちが集まることで、日本の課題だけでなく、世界各国の課題にも目を向けることができます。実際に、日本人学生と留学生が混在することで、多面的な課題に関する議論や知識の交換が日常的に行われています。このような多様性は、ICT人材の育成において非常に重要です。
たとえば、開発途上国ではまだICT関連機器や設備が整っていなかったり、通信状況が悪い地域もあるなど、日本とはICTの利用状況や使い方さえ異なる場合があります。
開発途上国の学生は、そのような限られたリソースの中で独自の知恵を発揮しており、日本人学生にとっては新たな視点を得る機会になっています。逆に、日本人学生は、少子高齢化に伴う課題など成熟した社会の視点や問題意識を、開発途上国の学生に伝えています。
日々活発な意見交換の中で、KICの環境ならではの価値が生まれ、お互いに良い影響を与え合っています。
― 開発途上国出身の学生から得られる気づきや捉え方について、先生の中で印象に残ったエピソードはありますか?
KICで学び、母国へ帰国した後に起業し、成功を収めている修了生は多数おります。その中でも特に印象に残るのは、東アフリカのウガンダ出身の修了生のエピソードです。
彼はウガンダの現地事情に合わせたカスタマイズされたスーパーアプリを開発し、アフリカの農業を効率化するビジネスを展開しています。
現在、彼のビジネスはウガンダ国内で約5万人のユーザーを抱え、業界内ではトップ2に位置するビジネスに成長しており、国外からも高い評価を受け始めています。
類似した事例は他国にもあると思われるかもしれませんが、ウガンダという独特な環境にローカライズした点が特に価値があるのです。

― 開発されたアプリやビジネスの特徴について、詳しく教えてください。
ウガンダは、特に地方の通信インフラが未発達であり、スマホも高価なので、多くの地域でガラパゴス携帯が使用されています。また、回線事情でSMS(テキスト)のみが利用可能な地域も多いです。
このような環境においても、彼のスーパーアプリは農業保険や農業金融、肥料購入などの機能を提供しており、ガラケーしか持っていない人々にも利用可能なプラットフォームとして活用されています。
もちろん、一方でスマートフォンを持つ人々には、農業保険や天気予報、農業用品のオンラインショッピングなどソリューションをワンストップで提供しています。
この事例は、私にとっても非常に印象深いものです。多くの外国人投資家が彼のビジネスに出資し、世界銀行が主催したビジネスアイディアコンテストでも最優秀賞を受賞しています。ウガンダの通信環境下で、このようなイノベーティブな発想を持ち、実行に移すこと自体が驚異的ではないでしょうか。
また、地方の人々も利用できるようにローカライズした点は、彼の行動力と技術力の高さを示しています。
実家が農家だった彼は、KIC留学中に「探究実践プログラム」を通じてビジネスモデルを策定し、ICTを適用する実装可能なモデルを練り上げました。今後も彼のビジネスが発展し、世界的な影響を与える人物になることを期待しています。
▼ウガンダからの留学生 ダニエル・ニンシイマ氏 ・ウガンダの小規模農家を支援するスーパーアプリ「M-Omulimisa」 ・アフリカ農業スーパーアプリ「M-Omulimisa」ダニエル氏インタビュー!
探究実践プログラムの成り立ち
― 「探究実践プログラム」の構成や内容について教えてください。
このプログラムは約4ヶ月間で4つのステップから構成されており、学生全員が学ぶ必須科目となっています。
第1段階では、自分自身の問題意識を棚卸し、自分が何者であるか、どのような環境で育ち、なぜKICを選んだのかを自己分析します。ここでは、自分の価値観を形成している過去を振り返り、自分が解決すべきだと考える問題を明確にし、「私はこの社会課題を解決したい」という強い問題意識を掘り下げることを学びます。
第2段階では、学生自身が抽出・設定した社会課題に対し、現状に対する「あるべき理想の姿」を文章で具体化します。この段階では、現状と理想を具体的に文章にする能力を求められます。
第3段階では、現実と理想の間のギャップに焦点を当て、それらを埋めるために、課題解決に必要な人的資源や金融的資源、適用可能なICTについて考えます。第2段階までと違い、ビジネス的な思考と技術に対する理解が必要となってくるステップです。
最終段階では、ここまで考えた内容をビジネスとして成立させるため、さらに具体的な検討を重ねます。ビジネスモデルを実現するための収支計算や必要なリソース、資金調達方法、実施に必要な所要時間などを試算し、学生は自分なりの経営戦略に基づいたビジネスモデルを創り上げることになります。
これら4段階を総合したものが、KICの炭谷俊樹(すみたにとしき)学長が開発した「探究実践プログラム」です。炭谷学長は以前はマッキンゼー·アンド·カンパニーに在籍し、世界的コンサルティングファームの若手コンサルタント育成という難易度の高い業務に取り組んでいました。KICの「探究実践プログラム」は、それらの経験を修士課程レベルに落とし込み作り上げられた、独自の教育モデルなのです。

充実した学生へのサポート体制

― 社会課題へのアプローチ方法は、学生が考える解決方法以外にも多様に存在すると思います。学生が新たな知見や気づきを得られるようなサポート体制はありますか?
私たち教員は、学生のサポートを最優先の一つと考えています。私たちも全知全能ではないため、全ての答えを持っているわけではありませんが、学生の発想を最大限に引き出せるよう、持ちうる知識と経験を活かしたサポートに尽力しています。
例えば、地震や防災に関する社会課題をICTで解決しようと考えた際、完全な地震予知は不可能です。少子高齢化問題について考えた際も、出生率を急激に上昇させることは不可能です。教員はこのような現実的な制約を踏まえた上で、ICTを活用して問題を緩和するための、現実的かつ具体的なアプローチの提案や参考になる類似事例の紹介、思考をまとめるためのアドバイスを行っています。
また、学生がプレゼンテーションを行い、教員全員が多角的なアドバイスを行う機会が設けられているほか、日常的に学生から教員へ相談することも可能です。このあたりは、一般的な大学院と同様の環境ではないでしょうか。
― 大学では特定の先生にしか相談ができない状況もみられますが、貴学ではサポートや助言をお願いする機会が豊富にあるということですね。
その通りです。KICは比較的小規模であることが、このような環境を整えられている一因となっています。KICは修士課程のみを提供しており、2学年の定員は合計110名です。そのため、学生と教員の距離が非常に近く、学生は特定の研究室の教員に限らず、幅広く相談できる体制が整っています。
教員は、学生から持ち込まれる様々な課題や問題意識に対応する必要がありますが、一人で全てを担うわけではありません。例えば、AIに関する相談があればAIに詳しい教員を紹介しますし、ブロックチェーンに関する質問があれば、その分野の専門家へ繋ぐことができます。
このように、KICでは、教員と学生の間で特定の指導教員、研究室に捉われない情報交換や意見交換、フィードバックを行うスタイルをとっています。
― 大学院では理論の構築だけでなく、実際に仮説検証が必要になった場合は資金や制度の問題も発生すると思います。そのような面もサポートしてもらえるのでしょうか?
前提として、KICは必ずしも一般的な学術研究を深める大学院ではなく、専門職大学院として設立されています。修士課程を修了し、社会で活躍できる人材をいかに育成するかということが、私たちの大きな命題です。
そのような狙いもあって、教員の多くは「実務家教員」と呼ばれる、ビジネス界で活躍してきた経験豊富な方々です。彼らは自身の経験や広範なネットワークを活用し、学生をサポートしています。例えば、学生が持っている問題意識に対し、教員は自身のコネクションを活かして、ビジネス界や投資分野で活動されている方々との接点を提供し、意見交換の機会を提供しております。
学生には社会人経験をもっている人も多いため、彼らは同じ社会人としての視点から、現実的でないビジネスアイデアや収益を生まない提案などについても、率直かつオープンに意見交換を行っています。
一般的なビジネススクールやMBAプログラムのような環境に似て、学生と教員の距離は比較的近いと思います。互いのコミュニケーションを促進し、実践的な学習体験を提供できる環境が整っていますね。
今後の展望と学生へのメッセージ

― 「探究実践プログラム」における今後の拡大や展望についてお話しいただけますか?
KICは、必ずしも探究実践プログラムの拡大普及に積極的なスタンスを取っているわけではありませんが、複数の留学生から「修了後に自国でも探究実践プログラムを実施したい」という声をいただくなど、非常に高い関心が寄せられています。特にアフリカからの関心が高く、相性が良いようです。
これまでKICは「ICT×探究」を代名詞としてきましたが、最近では「AI×探究」を新たな代名詞として取り入れました。現代ではAIが広く普及し、生活にも知らずのうちに入り込んできている事実を受け、昨年から学生の探究力とAIの活用方法を組み合わせた教育を進めています。
ChatGPTの登場以来、KICでは教育への活用方法について議論を重ねてきました。一部の大学学部などではレポートや論文の盗作懸念からChatGPT利用を制限する大学もあるようですが、私たちはこの革新的な技術をむしろポジティブに捉えています。現代社会における多様な社会課題の解決には、AIの力が不可欠ではないでしょうか。
KICは、AIを積極的に使いこなすための視点を常に意識しています。これはスーパープログラマーを目指すという話ではなく、AIをフル活用することでどのように社会に役に立つものを提供し、必要とする人々と橋渡しをするか、を重視しているということです。
探究実践プログラムを通じて、学生の方々にはAIを積極的に活用したビジネスモデルの構築の考え方などを、身につけていただきたいと思っています。
― 最後に、起業を目指す学生に向けてアドバイスをお願いします。
現代社会では、情報が洪水のように溢れています。この情報の洪水の中で溺れず、自分の問題意識をどのように解決するかを常に考えられることが重要です。
私は日頃から、学生たちにこの点を常に意識するように伝えています。自分の問題意識に基づいて行動し、解決策を提供できる人材になれれば、自然とキャリアやビジョンが形成されていくはずです。
世界は広く多様であり、非常に多くの学びがあります。学生の皆さんには、このことを常に心に留めていただき、ICTをフル活用した社会課題解決にチャレンジしていただければ、と願っています。